数多くの人気番組を手掛けたことから「バラエティ界のカリスマ」と呼ばれてきたマッコイ斉藤氏が、単行本『非エリートの勝負学』(サンクチュアリ出版) を出版した。タイトル通り「コネなし」「学歴なし」「経験なし」だった田舎の青年が、野武士のような泥臭い戦術でテレビ業界の頂点に登り詰めた様子が描かれており、発売から1カ月が経った今も世代や職種を超えて熱い支持を集めている。


【写真】“バラエティ界のカリスマ”と呼ばれる演出家・マッコイ斉藤氏【6点】

現在のバラエティ番組に対してイラつきを隠さないマッコイ斉藤氏は、「老害と呼ばれても結構」と前置きしつつ、「このままではテレビはヤバい」と現在の状況に最後通牒を突き付ける。誰よりもお笑いを知り尽くす男の緊急提言に耳を傾けてほしい。

「正直なところ、今の若い人たちはテレビなんて観なくなっていますよね。もうテレビを楽しんでいるのはお年寄りばかりだということになり、あるときから60代以上のスーパースターたちをたくさん番組で見かけるようになったじゃないですか。かと思えば『若者のテレビ離れを阻止しなくてはいけない』とか言って、慌てて人気YouTuberを出しまくるわけですよ。すべてがチグハグすぎます」

もうテレビではバラエティなんて必要とされていないのかもしれない──。テレビの申し子であるマッコイ斉藤氏ですら、最近はそう感じることがあるという。「報道」「情報」「料理」。視聴者が求めているのは、つまるところ、この3つだけではないかというのだ。

「この前、チャンネルをザッピングしていたらメシの紹介番組ばかりやっていたんですよ。さすがにギョッとしましたね。日本に来た外国人は『この国はグルメのプログラム以外は放送してはダメなんですか!?』と驚くそうだけど、それも当然ですよ。


人を傷つけない笑い? 優しい笑い? 別にそれはそれで結構です。でも時代の流れがそっちに進んでいるんだから、毒のある笑いを封印しろというのは大きなお世話。笑いって本来は『いじめではないものの、いじりではある』みたいなギリギリのラインで勝負するものもあるわけですから」

この主張は誰よりも視聴者が一番理解している。危険な魅力がテレビから排除されたことで、『まだYouTubeのほうがヒリヒリするね』と見放されるようになった。マッコイ斉藤氏に言わせるとテレビマンはいまだにYouTubeを一段下に見ているそうだが、もうとっくに足元をすくわれているというのかもしれない。

「テレビがつまらなくなったのは、ある意味、当然の話でもあるんです。だって『そんなのは古い』ってテレビ自体がお笑いを封印したわけだから。これは『本当に面白いものが観たいんだったら、YouTubeやNetflixのほうがいいですよ』と言っているも同然。YouTubeで爆発的に流行っている『BreakingDown』は『ガチンコ・ファイトクラブ』(TBS系『ガチンコ!』の人気コーナー)に似ていますし。今のテレビ局は『ガチンコ!』なんて作れないから、それを朝倉末来選手がやっているという感じに見えます。

『BreakingDown』が若者に支持されているのを見てもわかるように、要するに古いとか新しいとかは関係ないんです。『BreakinDown』の熱さとかヒリヒリ感って、本来ならテレビのお家芸だった領域ですよ。
ところが今の地上波はブン殴るようなエンタメは拒絶する傾向にあるし、それどころか格闘技やボクシングの試合すら放送しない。もうスポーツ界から見放されているという言い方をしてもいいかもしれない」

テレビの制作現場では、1日に何回も『それってコンプラ的に大丈夫なの?』って言葉を耳にするという。そこで不安になったスタッフは「※絶対に真似しないでください」「※特別な許可を得て撮影しています」など逃げのテロップを打つようになった。コンプライアンスという名の亡霊に縛られ、とんでもなく狭い世界で番組を作らされているディレクターや放送作家は被害者になっているとマッコイ斉藤氏は憂う。

「従来のテレビって、もっと幅広いものだったじゃないですか。高校でたとえるなら、水産高校も工業高校も通信もあるような感じで。だけど今は全部が普通科じゃないといけないといった風潮が強すぎて。息苦しいですよね。テレビは完全に去勢されています。

今は容姿いじりなんて完全にご法度ですからね。それどころか、“美人”というフレーズすら『美人じゃない人が傷つくかもしれない』とたしなめられる有様です」

テレビ表現にはもはや自由がない。これからはYouTubeの時代だ──。
そうした空気は数年前まで確実に存在した。しかしYouTubeもエロや暴力表現などでBANされる基準が厳しくなる一方であり、YouTuberのマネジメントを手掛ける会社が赤字転落するなど収益化も難しくなっている。YouTubeもまた、大きな曲がり角に立たされているのは事実なのだ。マッコイ斉藤氏はテレビとYouTubeの両方を知っている立場だが、「ここからは戦術を変えざるをえない」と厳しい表情で解説する。

「マネタイズに関しては、YouTubeの再生数だけでメシを食っていくのは難しいと思うんですよね。登録者数が何百万人もいる人は別かもしれないけど、そんなの全YouTuberの中でごく一部ですから。なので僕が考えているのは、YouTubeを入口にしてグッズやイベントでビジネスしていくということ。今は完全にそっちを狙っています」

テレビがYouTubeより有利な点として、潤沢な資金を制作に注ぎ込めるという側面があった。しかし広告収入が激減している現在、テレビの制作現場は予算を削りながらどうにか番組を成立させていることで精一杯。ゴージャスなコンテンツ作りはNetflixなどの配信系サービスに分があり、「テレビドラマはセットなどがサブスクに比べて見劣りする」などと視聴者にも看過されているのが実情だ。

「出演者はもちろんだけど、優秀な制作スタッフも今後ますます配信系に流れていくでしょうね。だってお金も時間もかけられるんだから、そっちのほうが面白いものを作れるに決まっているじゃないですか。
センスや才能がある人は、みんな配信に流れますよ。今のテレビ業界には夢がないんだもん。今は地上波のテレビ局が5つもありますよね。おそらく今後は統合して2つか3つになるんじゃないかな。そんなことありえないって思うかもだけど、銀行だって破綻したり合併した結果、今の三菱UFJやみずほになっているわけでね」

ここまで一気に語ったあと、ため息交じりに「やはりテレビは原点回帰するしかない」とマッコイ斉藤氏はつぶやいた。

「もちろん僕だってテレビ畑出身だから、テレビに頑張ってもらいたいという気持ちはありますよ。娯楽の王様という地位を取り戻してほしいなとも考えているし。だけど、そのためには抜本的な改革が必要でしょう。BPO(放送倫理・番組向上機構)さんが目くじらを立てないように、関係者全員で組合を作ってデモ起こすくらいの勢いが必要だと思う」

時代を突破するようなクリエイターは、今後も現れるはずだ。問題はそれを表現する場が担保されるかどうかだろう。マッコイ斉藤氏の杞憂が現実にならないことを祈るばかりである。

(取材・文/小野田衛)
▽マッコイ斉藤
伝説的お笑い番組『天才たけしの元気が出るテレビ』でディレクターデビュー。
以降、数々の人気深夜番組を手掛け“深夜のカリスマ”と呼ばれる。近年はとんねるず石橋貴明と「貴ちゃんねるず」を立ち上げるなどYouTube でも活躍している。
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