【写真】絶対的エースとして活躍、卒業する瀧野由美子の撮り下ろしカット【5点】
──STU48に合格したのは、2017年春。大学2年生になる直前でしたね。
瀧野 そうでした。地元にAKB48グループができるということで申し込みました。48グループじゃなかったら受けていないと思います。
──およそ6年半在籍したことになりますが、卒業はいつ頃から考えていましたか?
瀧野 少し前からです。自分が卒業するなら、卒業コンサートができたらいいなと思っていたので、それも含めてスタッフさんに相談しました。
メンバーにちゃんと話したのは発表(今年7月29日、STU48全国ツアー兵庫会場にて)の直前です。自分のなかでは決めていたけど、発表はしていないから、発表を早めることもできるし、もっというと卒業を撤回することもできてしまうじゃないですか。発表の日にちが近づいてきて、そこで発表するんだなと思い、ようやくちゃんと決断することができたので、先に話しておきたいメンバーには伝えました。
──それはなぜですか?
瀧野 ちゃんと決断してから言いたかったです。その結果、伝えるのがギリギリになってしまいました。
──卒業を決心するにあたって、年齢のことは考えましたか?
瀧野 それはなかったです。グループ活動をしていて、年齢を気にしたことって意外とないんです。グループ最年長ではあるんですけど、みんなを引っ張るタイプじゃないし、年下ばかりではあるけど、同期は同級生みたいな存在なので。体力的なところで感じたことはあるけど(笑)。
──やっぱり落ちてきますか?
瀧野 一回り違うメンバーと踊っていると、「終わったばかりなのに、なんでまだ歩いてられるの⁉」って驚くことはあります。「そっか、これが年齢差か」って納得します(笑)。
──親御さんにはどのように報告しましたか?
瀧野 母からは「いつ卒業するの?」と早い段階から聞かれていました。私が卒業を考える前から(笑)。そもそも私が最終審査に出かける前、「いつ辞退するの?」なんて聞いてきたので。
でも、私が卒業発表をするコンサートの前のタイミングで、母が入院して、手術することになって。そのコンサートには母が観に来ることになっていたから、驚かせちゃいけないと思って、お見舞いに行ったときに報告しました。「コンサートの日に発表します、っていうのをここで発表します」って。父には「卒業するから」くらいしか伝えませんでした。私の将来のことはいろいろ心配してくれているはずなので、報告だけはしておこうと思って。
──卒業コンサート(11月3日@広島グリーンアリーナ=すでに終了)では何を見せたいですか?
瀧野 STU48にはとてもお世話になってきたので、グループに対する感謝、メンバーに対する感謝、ファンの方への感謝を届けたいです。メンバーと最後に歌う曲がいっぱいあるので、いい締めくくりをすることでグループの未来につながったらいいなって思います。私の6年半の活動を振り返れるようなセットリストになっているので、歩んできた道のりを感じ取ってほしいです。
──後輩に伝えたいことはありますか?
瀧野 自分を大切にしてくれる人を大切にしてほしいです。そして、自分のことも大切にしてほしいです。
活動を続けていて感じたのは、周りの人すべてが自分を大切にしてくれるとは限らないということでした。それでも自分を大切にしてくれる人は必ずいます。だから、そういう人のことを大切にしてあげてほしいです。
活動していると、いろんな意見を耳にします。でも、それに惑わされなくていいと思います。自分のことを一番考えてあげられるのは自分自身ですから。いい人生を送るには自分で自分を大切にすることも必要なんです。
──STU48はどんなグループになってほしいですか?
瀧野 自分たちがしたことを誇れるグループであってほしいです。今まででいえば、専用劇場だった「STU48号」がなくなったり、シングルの発売が延期になったり、ネガティブに見えることもありました。でも、その度に私たちは一丸となって頑張ってきました。
──瀧野さんご自身はこれからどう生きていきたいですか?
瀧野 卒業したらアイドルではなくなります。これからは個人に使える時間が増えるので、その時間を使って、女優さんになるためにイチから学んでいきます。私は女優になりたいんです。
発表されていることでいうと、来年1月に2nd写真集の発売があります。一つひとつの活動を大事にしながら、女優になるための勉強をして、いつかファンの皆さんとは映画やドラマでお会いしたいです。
今まで応援してくださって、ありがとうございました。
【前編はこちら】STU48卒業・瀧野由美子、最後のセンターに「過酷なことがあったとしてもアイドルになりたかった」