構想30年、北野武監督の最新映画『首』がついに公開。8年ぶりの新作であり、2003 年公開の『座頭市』依頼の時代劇である本作を、映画コメンテーターの有村昆が見どころを独自に解説。
また「『首』はまさにキタノ映画の集大成」だと語るアリコンがおすすめする、『首』を鑑賞する前に観るべき北野武作品とは?

【写真】⻄島秀俊、加瀬亮、中村獅童…名優たちが集結、北野武最新作『首』場面写真【12点】

キタノ映画をあまり観てないという方には、関連作としてはまず『アウトレイジ』をおすすめします。それと時代劇でアクションも凄い『座頭市』、そして『ソナチネ』。たけしさん独特の死生観と、あっけない終わりというのをすごく体感できると思うので、この3本は抑えておいていただきたいです。

さて、監督・脚本・原作が北野武、主演はビートたけしとクレジットされている『首』。たけしさんらしい部分が随所に散りばめられていて、過激で物騒なんですけど、堂々としたエンターテインメント作品になっています。

冒頭は、戦国時代の『アウトレイジ』です。織田信長に仕える武将たちが、生き残るために裏切りを繰り返し、誰と手を組むのかという心理戦を繰り広げる。そこに当時の「衆道」や「男色」といったBL要素が絡んでくるのが興味深い。

遠藤憲一さんが演じている荒木村重という、最初に信長に謀反を起こした武将と、明智光秀が相思相愛の関係なんですね。そして実は信長も光秀のことが好きという、私情と色恋沙汰と三角関係が渦巻いて、戦にまで発展していく。

物語は織田信長が暗殺される「本能寺の変」に集約されていきますが、この真相というのは80を超えるほど様々な説があると言われていて、今回、たけしさんが採用したのが、秀吉が光秀に謀反を焚き付けて、天下取りをさせるんだけど、あとから秀吉が裏切って光秀を討つという流れです。

その背景として、信長があまりにもクレイジーで、誰もついていけない魔王として描かれている。
それでも配下の武将たちは自身の出世のために耐えていたんだけど、結局は信長は自分の子供に家督を譲りたいと思っていることが発覚して、我慢していた武将たちが欲を丸出しで動き出していく。

本作のキャッチコピーは「狂ってやがる」ですが、その狂気の描き方がガチなんですよ。ちょっと振り切れてる感じの、ヤクザとも違う怖さ。でも戦国という時代ではそれがリアルに見えてくるんですよね。

なんといってもキャスティングが素晴らしいです。顔面国宝というか、世界遺産級のイイ顔をした俳優がたくさん出てきます。

特に信長役の加瀬亮さんが本当に凄くて、ほぼすべてのシーンで首に青筋立ててブチ切れている。対して、明智光秀を演じた西島秀俊さんも真面目そうにみえて、何を考えてるのかわからない雰囲気を漂わせている。そのほかキャストもオジサンばっかりで、女性はほぼ出てこないです 。唯一、柴田理恵さんが登場して見事に場面をかっさらいます。この時代なら、信長の側室とか、濃姫や茶々とか女性もたくさんいるはずなんですが、全然出てこない。でも今回はそれで良かったと思います。
柴田理恵さんだけで十分です(笑)。

キタノ映画は、例えば『ソナチネ』とか『BROTHER』、『アウトレイジ』もそうなんですけど、男たちのドロドロとした話を見せつつ、最後にすごい結末が待ってると思わせて、静かにスっと終わっていく。普通の映画なら死ぬところなんてドラマティックに描くんですけど、そこにたけしさん独特の死生観があって、誰もがあっけなく死んでいくので、こっちが置いていかれるような感覚になるんですよね。

誰がいつ死んでもおかしくないし、常に緊張感が漂っているんですけど、意外とふざけてたりして、シュールなブラックジョークも展開していきます。

たけしさんは、いままでいろんな笑いをやられてきて、笑いの方程式というのはぜんぶわかってると思うんです。その中のひとつに、笑っちゃいけない状況だから可笑しい、というのがあって、例えば、お葬式でお坊さんがオナラしたとか、シリアスな状況であればあるほど生まれる笑いというのがある。

本作で、信長が荒木村重に刃物ごと饅頭を食わせて、グリグリやって血が吹き出すという恐ろしいシーンがあるんですが、観てるとなんか笑ってしまう。

『アウトレイジ』で、石橋蓮司さん扮するヤクザが歯の治療中に襲われて、口の中をぐちゃぐちゃにされる所がありますけど、あれも蓮司さんのリアクションも含めてなんか面白いんですよね。

たけしさんが演じる羽柴秀吉と、浅野忠信さんの黒田官兵衛、大森南朋さんの羽柴秀長の3人のシーンはどこかコントっぽいんです。たぶんアドリブも多くて、浅野さんなんて、ちょっと吹き出したりしてます。

そこに、たけしさんの持ち味である、スカしや裏切りが随所に散りばめられている。間の使い方が絶妙なんで、緊張感をグーっと上げておいて、スっと落としてくる。
まさに「緊張と緩和」ですね。とにかく全編にたけしさんの思想とやりたいことが詰まっていて、『首』はまさにキタノ映画の集大成だと思います。

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