R18指定ながら米アカデミー賞で作品賞、監督賞、主演女優賞など11部門にノミネートされた映画『哀れなるものたち』。日本でも大きな話題を呼んだ作品だが、その内容は前衛的であった。


本作は橋から飛び降り自殺を図った妊娠中の女性が、天才外科医のゴドウィン・バクスター(ウィレム・デフォー)に引き揚げられ、損傷していた脳の代わりに彼女の胎内にいた胎児の脳を移植されたベラ(エベマ・ストーン)が主人公。“見た目は大人、頭脳は胎児”のベラは当然幼稚な言動ばかりを見せる。言葉をあまり話せず、身体を動かす際もどこかぎこちない。家の中にあるお皿を割って笑顔を浮かべる姿はまさに乳幼児。そんなベラだからこそ、ゴドウィンはベラを過保護に育て、外部と接触することは許さなかった。

さらには、ゴドウィンはベラの記録係として招き入れた教え子であるマックス・マッキャンドレス(ラミー・ユセフ)に、ベラと結婚するように提案。マックスもそれに応じて、ゴドウィンは着実にベラを守るための鉄壁な環境を整備する。

とはいえ、ベラは徐々に好奇心が芽生えて外の世界に興味を持ち、ゴドウィンに反発するようになりその思いが爆発。口が達者な中年男性の弁護士のダンカン・ウェダバーン(マーク・ラファロ)に半ばそそのかされるかたちで駆け落ちする。そこからベラの大冒険が始まり、世界がいかに喜び、悲しみに満ちているのかを知っていく。

冒頭では乳幼児のような振る舞いながらも徐々に大人になっていくベラ。その成長する様子に違和感はなく「急に大人になった」という不信感を思わせないエマの演技力は素晴らしかった。
加えて、ベラが着ているドレスをはじめ、建物や部屋内など様々なデザインが美しい。本作は19世紀後半のロンドンが舞台になっており、当時の雰囲気を残しながらもオリジナリティ溢れる美術に心を奪われた。

演技や美術はいずれもトップクラスではあるが『哀れなるものたち』の一番の魅力は、ベラを通していかにベラが生きる世界が男性支配社会であるのかを体験できることだろう。ダンカンはベラに対して「女性は愛想を良くしているだけで良い」「女性に学は必要ない」といった“女性は男性の所有物”と言わんばかりのメッセージを送る。ベラはそういった態度に辟易しながらも、コミュニケーションや読書を経験することで、徐々に成熟していく。

その一方で、当初は遊び目的で駆け落ちしたが、次第にベラに心からの恋心が芽生えその想いを強めていくダンカン。しかし、“支配”することで女性との関係性をつなぎとめる術を知らないダンカンは、高圧的な態度をより一層過激化させる。そんなダンカンを余所に、何かを知る喜びを追い求めるベラはどんどん1人で前に進んでいってしまう。

当初はレストランで食べ物を「不味いから」という理由で、人目をはばからずに吐き出していたベラをダンカンが注意するなど、ダンカンがリードしているシーンが目立った。しかし、ベラが自立していくと、途中までは大人に見えたダンカンの幼稚さが浮き彫りになり、その関係性は逆転する。ダンカンの振る舞いに幼稚さを覚え、どこか滑稽に思えることも本作の面白ポイントと言って良い。

しかしながら、このダンカンという登場人物にはついつい同情したくなる。
男性支配社会で生きるダンカンは“女性と対等の関係を築く”という発想はない。ベラ、もとい女性との向き合い方を改められていれば、ダンカンは惨めさを抱くことはなかったように思う。男性支配社会は男性優位と考えられやすいが、男性にとってもデメリットの大きい世界なのかもしれない。

北川景子主演で2021年4月から放送された『リコカツ』(TBS系)では、亭主関白な緒原正(酒向芳)が妻の薫(宮崎美子)から結婚指輪と離婚届を残して逃げられる展開があった。ダンカンと似たように正も薫を見下す言動を見せており、対等な関係を築けていたとは言い難い。

薫のように昭和堅気な男性を見限る女性は珍しくなく、女性を支配することを当たり前と考えている男性は、ゆくゆくは冷笑される未来が訪れる可能性が高いのかもしれない。男性支配社会の問題点を男性が考える機会を与えてくれる映画にも感じた。

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