4月からスタートした、伊藤沙莉主演のNHK連続テレビ小説『虎に翼』(総合・月曜~土曜8時ほか)。昭和6年、主人公・猪爪寅子(伊藤沙莉)は「結婚した自分が想像つかなくて」「想像つかないどころか、全く胸が躍らない」と、婚姻制度に「はて?」と疑問を抱いていた。
昭和初期を生きる寅子と、令和初期を生きる私たち。約90年の時代差があるにも関わらず、寅子の言い分や価値観にどこか共感できてしまった視聴者もいたのではないだろうか。

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女学校に通う寅子は、卒業したらすぐに結婚するようにと、母・はる(石田ゆり子)から次々とお見合いを勧められていた。だが寅子は「梅丸少女歌劇団に入りたい」と家出しようとしたり、お見合い相手の前で居眠りをしたりと全く乗り気ではない。

当時女性は結婚をして家庭に入るのが当たり前。そのレールを外れることはそう簡単に許されることではなかった。
寅子は結婚に対して「はて?」と思い続ける日々の中で、大学で法律を学んでいる下宿人・佐田優三(仲野太賀)がきっかけで、「法」という存在を強く意識するようになる。

元々、女性陣が裏でせっせと用意したことを、男性陣が我が物顔で仕切る”男尊女卑”的な光景にうんざりしていた寅子。男性は女性をわざと蔑ろに扱っているのではなく、これが当時の自然な振る舞い方であり、女性もこれに疑問を抱くことなく「スンとしている」。この光景の根底は法にあるのだと、寅子は気が付いたのだ。

寅子は意を決してはるに「結婚をせず、法を学びたい」と伝えた。するとはるは「夢破れて、親の世話になって、行き遅れて、嫁の貰い手がなくなって、それがどんなに惨めか想像したことある?」「どう進んだって地獄じゃない」と寅子をどうにか説得しようとする。
寅子は、はるが意地悪で「結婚できなかった女性は、惨めに地獄で生きていくはめになるのだ」と言っているわけではなく、純粋な親心から出た言葉だと分かっていたはずだ。だからこそ理解されない虚しさが募り「お母さんの言う幸せも、地獄にしか思えない」と言ってしまったのだろう。

昭和初期を生きる寅子が「結婚だけが全てじゃない」という現代的、令和的な価値観を持っていることはとても嬉しい。だが同時に「この価値観を世間に理解してもらえない」という寅子の苦しさにも共感できてしまうのが悲しくもある。

今でこそ、結婚をしない選択肢がようやく認められるようになってきたが、まだ世の中には「結婚をした方が幸せ」「結婚をしていない人は売れ残り」といった風潮もある。「いい人いないの?」「早く結婚した方がいいよ」など、結婚をする前提で周囲から話を進められ、苦しい思いを経験した人も多くいるだろう。
寅子のように無理やりお見合い話を持ってこられた人もいるかもしれない。

今の日本では、まさに今寅子が生きている戦前に作られた価値観が深いところで根を張っている。人が死にゆき、新たな生命が生まれ、90年以上の時が経っても、その根は生きている。長い年月をかけて四方八方に張り巡らされたその根は、簡単に引き抜いたり、上から新たな土をかぶせてなかったことにすることはできないのだ。

「結婚=幸せ」「独り身=不幸せ」という根強い価値観は簡単に変わるものではないと分かっている。ただ、今新たに芽吹こうとしている「結婚よりも学びを優先したい」「この先一人で生きていきたい」という小さな芽を、どうか握りつぶさないでほしい。
「幸せになってほしい」と思うなら、何も言わずにそっと日向に置いてやってほしい。例え「地獄を見るぞ」と思ったとしても、だ。

『虎に翼』は、「結婚=幸せ」「独り身=不幸せ」のように世間に張り巡らされている”多数派”の価値観について、多くの人が考え直すきっかけとなるだろう。いや、そうなってほしい、と希望的観測を込めて願っている。

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