青木真也の3冊目の著書『距離思考 曖昧な関係で生きる方法』(徳間書店)が発売中だ。総合格闘技の世界で10年以上にわたってトップクラスの活躍を続ける著者。
その冷徹かつロジカルな思考と歯に衣着せぬ言動、敵を作ることを恐れず、時に楽しみさえするその生き方から一匹狼のイメージが強い。プライベートで離婚を経験した後は「もう家族はいらない」と発言し、話題を呼んだ。

3回連載の最後は格闘家論。「RIZINについてどう思うか?」「UFCに興味はあるのか?」「ヒールとして叩かれるのって辛くないですか?」「プロレスのマットに上がり続けるのはなぜ?」といった疑問をストレートにぶつけてみた。そこから見えてきたのは、青木真也の格闘家というよりは表現者の矜持だった。

※インタビュー1「青木真也が語る孤独と仲間と同調圧力と」はこちらから。
※インタビュー2「格闘家・青木真也が語る離婚と恋愛論」はこちらから。

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──青木選手が試合で廣田瑞人選手の腕を折った際(※2009年大晦日に開催された「Dynamaito!!2009」にて青木選手が関節技で廣田選手の腕を折り、その後、廣田選手に中指を立てたことで物議を醸した)は「国民の敵」と言えるほどの大ヒールになりました。今は青木さんを支持するファンも大勢いますけど、ベビーターンできたのはどういう経緯なんでしょうか?

青木 そもそも自分がベビーフェイスだとはまったく思えないですけどね(笑)。ひとつ言えるのは、今の時代ってヒールが成立しづらいんですよ。世の中にヒールが存在しない。みんながみんな「憎たらしい!」とヒートアップするような人がいないじゃないですか。
ヒールが存在しないということはどういうことか? ベビーフェイスも存在しないということです。ベビーとヒールはコインの表と裏ですからね。だから僕が急にベビーターンしたわけじゃなくて、世の中の僕に対する見方が勝手に変わっただけ。僕自身は変わっていないのにメディアの味つけとかが変わり、観ている人の印象もそれに合わせて変化したっていう話じゃないですかね。

──「結局は世間の見方次第」ということは、ご自身が世間から非難の矢面に立っていたときも辛いとは感じなかったですか?

青木 「動じることなんて一切なかった」と言い切ると嘘になるけど……。でもどんな批判があっても、自分の理屈で論破できちゃいますからね。あのときは批判が一般人だけじゃなく業界内部からも巻き起こったんだけど、「でも結局、俺より話題を作れないでしょ?」っていう思いが自分の中にはありましたね。

──格闘家として「俺より弱いでしょ?」という気持ちも?

青木 そうそう、「偉そうなこと言うけど、俺より勝ち星は少ないじゃん」ってね。要は好き嫌いで言っているだけなんです。「それはお前の感想だよね?」って話。それをいちいち相手にしていても仕方ないですよ。

──しっかり自分を持つことが大事ということがよくわかります。


青木 あとは理論武装することです。僕はものを書いたり話したりすることが大事だという考えなんですけど、それはなぜかと言うと、自分の考え方が整理できるから。そして自己肯定もできるから。「書くことは自己救済」という人がいますけど、僕にしてみたら「書くことは自己肯定」ですね。

──でも何かを発信すると、そこでまた叩かれたりもします。

青木 それは当然ですよ。今はSNSがあるから、誰でも発信できる時代じゃないですか。SNSではなんでも言えるけど、叩かれたら今度は怒り出す。それは違うんじゃないかと僕は思うんです。叩かれ慣れていないし、受け身が取れていない。ましてや何かしらを世間に発信する立場だったら、バッシングにうろたえている場合じゃないですよ。表に出るということは叩かれる覚悟を持つということ。
僕らみたいな仕事をしている人間は、口が裂けても「誹謗中傷はやめましょうね」なんて言ってはいけない。そんなの、恥ずかしすぎる。

──覚悟の問題になってきますね。

青木 僕はそれが当たり前だと思います。これまではプロレスラーや格闘家になれるのは一部の選ばれた人間だけで、デビューするまでに血の滲むような特訓をこなさなきゃならなかった。だけど、今は誰でもプロになれる時代。覚悟がないままリングに上がることになる。ちょっと叩かれると、シュンと落ち込んでしまう。これも時代の歪みなのかもしれないですけどね。

──ただ今はスポーツ選手や芸能人、文化人だけじゃなく、一般人もSNSでのバッシングを恐れて萎縮する傾向があります。

青木 バッシングが嫌ならSNSなんてやらなくていいと思うんです。一般の方は発信することが仕事じゃないんだから。
SNSに限らずだけど、なにかをやるときは必ず「リスクとリターン」「メリットとデメリット」という概念が生じるわけです。それを計算してから初めた方がいい。表現するとはどういうことか? 人に問いかけるとはどういうことか? 立ち止まって、もう一度考えたほうがいいと思いますよ。

──ところで今、格闘技界では国内最大手のRIZINが揺れています。青木選手はRIZINに直接関係ないものの、どう見ているんですか?

青木 揺れているというのは、クラウドファンディングとかについてですよね? 最高じゃないですか。久しぶりに胸が躍る出来事だなって興奮しています。だってリターンの中身を見ました? 本当にショボい内容ばかり。「純粋応援プラン」とかあるけど、それってただお金をもらってるだけじゃないですか。あれはやってはいけないことですよ。美しくないから。同じ業界にいる者として恥ずかしい話だし、怒りすら感じますね。あれをやるんだったら、その前に俺たちみたいな芸事をする人間は有力者に手を貸してもらうべきです。


──パトロンということですか?

青木 タニマチです。大昔からそうじゃないですか。文豪や音楽家もそうですけど、有力者がいて、その人たちが才能に投資するというのが本来のかたちですよ。あの仕上がり最悪なクラファンまでしてRIZINを残す必要なんてないと思う。彼らは言うでしょう、「日本の格闘技を残すためなんだ」って。でも、それだって僕に言わせれば大間違いで、「日本の格闘技=RIZIN」なんかじゃない。というか、団体ではない。彼らが必死でお金を集めているのは、自分たちの都合でしかないです。

──日本人選手が海外で活躍すれば、日本の格闘技は死なないということですか?

青木 もちろんそうです。それに加えて、もし本当に日本独自の格闘技団体が必要だとしたら、榊原(信行)さんたちが倒れても誰かが立ち上がるでしょう。それなのに今は無理矢理に延命しているようにしか僕からは見えない。僕らが肝に銘じなくちゃいけないのは、格闘技やプロレスだけが辛いわけじゃないんです。
今は飲食だって旅行だってアパレルだって大変なわけじゃないですか。

──コロナ禍の中、青木選手自身は格闘技でもプロレスでも無観客試合を経験しました。配信で課金するとしても、興行として成立すると思いますか?

青木 結論からいうと、無理ですね。それは実際にやってみて痛感した。大会というのは人と一緒になって作るものですからね。ましてや観客がいないと成立しない。

──観客にアピールすることが主眼のプロレスは理解できるんですけど、競技である格闘技も無理ですか?

青木 非常に難しいですね。ライブコンテンツというのはお客さんと一緒に作るものだから。「無観客でもまったく変わらない」という選手がいたら、それは単なるスポーツ選手です。純粋なる競技者。むしろ観客がいないほうがやりやすいでしょう。だけど僕たちは表現者だから。必ず人前に立たないとダメ。客の反応を見ながら試合を作っていくわけですから。そこは基本的にプロレスも格闘技も変わらないですよ。

──そもそも青木選手はなぜプロレスマットに上がり続けているんですか? 

青木 それは単純に好きだからですよ。もともとプロレスファンでしたしね。プロレスラーになりたかったけど身体が小さいから格闘家になったわけで、プロレスが好きっていう気持ちはファンだった頃からブレていないんです。たしかに「格闘技のチャンピオンなんだから、プロレスなんてやる時間がもったいない」という意見はありますよ。でも、仕方ないじゃないですか。好きなんだもん。好きなことができる環境にあるのに、それをやめる気にはなれないですよ。

──これもよく聞かれると思うんですが、UFCに上がらない理由は?

青木 これも簡単な話でUFCに興味がないんですよね。一番好きなのが新日本プロレスで、その世界観に憧れていたのに、UFCというのはその対極にあるじゃないですか。UFCは物語も表現もない世界ですから。前後の文脈とか意味性なんて求められないんですよ。それなのに将棋の駒みたいにしてアメリカに飛ばされ試合をするなんて絶対に嫌ですよ。

──RIZINではなくONEに上がっているのは、そのあたりが決定打ですか。

青木 正直言って、最近はONEにも物語性を感じないんですよね。ここ数年を振り返ってみて、「文脈のある試合をできているか?」と自問すると足りない部分がたくさんある。だからこそ僕はONEの大会の中でも自分の試合だけは、前後の物語を築き上げて文脈のある試合を心がけているんです。単なる競技者で終わるつもりはさらさらないから、試合前の1カ月半とかは死ぬ気でプロモーションしていますし。昔は東スポが作っていたようなストーリーラインを、自分ひとりでABEMAとかの場を借りながら構築しているんです。そう考えると、僕のストーリーというのはまだまだこれからですよね。見ている人がハッとするような物語を作っていきたいです。

賛否両論を呼び続ける青木真也が語る格闘家論「表に出るということは叩かれる覚悟を持つということ」

青木真也『距離思考 曖昧な関係で生きる方法』
発行:徳間書店
発売日:2020年7月1日
amazon商品ページ https://www.amazon.co.jp/dp/4198650853
徳間書店商品ページ https://www.tokuma.jp/book/b515807.html
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