神戸が1-0とリードして迎えた後半36分、同クラブMF佐々木大樹が敵陣ペナルティエリアで浮き球をコントロール。高く上げた左足でシュートを放とうとしたところ、ヘディングでのボール処理を試みたホイブラーテンの顔にこの足が当たってしまった。
飯田淳平主審がすかさず笛を吹き、佐々木のキッキングの反則をとったものの、同選手に提示されたのはイエローカード。相手競技者の安全を脅かしているようにも見える佐々木のプレーに対し、レッドカードを提示しなかった飯田主審の判定には疑問の声が多くあがった。
この事象で佐々木にレッドカードが提示されなかった要因は何だったのか。ここでは本ブリーフィングに登壇した元国際審判員の佐藤隆治氏(JFA審判マネジャーJリーグ担当統括)の見解を紹介しながら、この点を考察していく。

「どういうプロセスで当たったのかを見る」
激しい接触プレーを目の当たりにしたとき、審判員は何を以てカード提示の有無やカードの色を見極めているのか。佐藤氏はアジアサッカー連盟(AFC)や国際サッカー連盟(FIFA)の指針にも触れながら、現行の判定基準について説明している。「(神戸vs浦和を含め)試合中のそうした事象については映像で確認しています。足が(相手の)顔に当たるというのは良いことではないんですけど、どういうプロセスで当たったのかを現場のレフェリーは見ます。足が相手の顔に当たったら、全部レッドカードにして良いということではありません。これはAFCやFIFAの基準でもありますが、足を高く上げる行為が無謀な範疇に入るのか、過剰な力と言えるのかを審判員は判断します」
「ただ、そのプレーが大きな怪我に繋がったり、負傷した選手の現場復帰に時間がかかるという話を聞くと、我々としても心が痛いです。ではこれらの見極めをどうするかを考えたときに、判定と結果(カードの色とファウルを受けた選手の負傷の程度)、そして感情論(そのプレーを見た人が抱いた気持ち)は必ずしも一致しないと思っています」
「レッドカードを出さなければならないものもあるなかで、サッカーという競技で接触プレーはある程度認められている。
「大きな怪我に繋がった事実を耳にすれば、『違った判定があったのではないか』と我々は考えます。ただ、そうは言っても映像を見れば、『これでレッドカードを出すのは難しい』というものもあります。逆にレッドカードを出すべきだった事象も過去にはあります。選手の安全を守るという観点が今のサッカーでは大事ですので、足裏でのタックル(スパイクの裏を相手に向けるもの)や勢いのあるタックルが厳罰化されているのと同じように、足を高く上げる行為についても我々はフォーカスしています。ただ、現場(その試合)でレッドカードを出せるか。そこの難しさはあると思っています」
「競技規則上イエローカードで正しいけど、選手の怪我に繋がっている事象があるのも理解しています。ただ、その瞬間にそれは分からないので(大怪我に至っているかどうかは、その事象が起きた瞬間には分からない)。大怪我に繋がっていたら厳罰で、怪我が大きくなければレッドカードを出さなくて良いという話でもありません。たとえファウルを受けた選手がその場でふと起き上がったり、負傷退場に至らなかったりしたとしても、(反則者の)チャレンジの仕方が相手の安全を脅かす、大怪我に繋がりかねないと判断したときはレッドカードを出す。これは十分に考えられると思います」
「バイシクルキックを含め、足を上げる行為はサッカーである程度認められていますが、周りに配慮しなければなりません。

ハイキックの見極めの難しさが顕在化
佐々木は先述の試合で、浮き球を胸でコントロールした直後に左足でシュートを放とうとしている。佐々木のシュートと、ホイブラーテンのヘディングのどちらが先になるかが微妙なシーンでもあり、佐藤氏が判定基準として挙げた事象のプロセスを考慮すると、レッドカードではなくイエローカードに留めた飯田主審の判断は尊重されるべきだろう。足を高く上げるプレー(ハイキック)の見極めの難しさは、2024シーズンのJ1リーグでも顕在化している。10月19日の第34節、湘南ベルマーレ対サンフレッチェ広島の前半アディショナルタイムには湘南FW福田翔生が敵陣ペナルティエリアでバイシクルキックを繰り出し、高く上がった同選手の足が広島DF佐々木翔の顔面をかすめる。この直後の湘南DFキム・ミンテのシュートがゴールマウスに吸い込まれ、山本雄大主審は得点を認めようとしたものの、ここでビデオアシスタントレフェリー(※1)が介入。オンフィールドレビュー(※2)の末、福田のバイシクルキックが反則と見なされ、得点が取り消された。
現行のサッカー競技規則では、「危険な方法でプレーすることとは、ボールをプレーしようとするとき、(自分を含む)競技者を負傷させることになるすべての行動であり、近くにいる相手競技者が負傷を恐れてプレーできないようにすることも含む。シザーズキックまたはバイシクルキックは、相手競技者に危険でない限り行うことができる」と定められている。前半終了のホイッスルとともに、場内(レモンガススタジアム平塚)の観客から山本主審へブーイングが浴びせられたが、競技規則の文言を踏まえるとビデオアシスタントレフェリー(VAR)の介入や山本主審の判定変更は正しいと言える。また、山本主審はVARから送られた映像を何度も見直しており、福田のプレーのプロセスの妥当性を熟慮している様子が窺える。
(※1)フィールドとは別の場所で試合映像をチェックし、主審を含むフィールドの審判員たちをサポートする審判員
(※2)VARの提案をもとに、主審が自らリプレイ映像を見て最終の判定を下すこと