元カマタマーレ讃岐のGKコーチで、現在は筑波大学女子サッカー部監督の平嶋裕輔氏に博士号取得時の論文である「サッカーにおけるゴールキーパーのシュートストップ能力評価指標の開発」を解説いただいた。研究と現場の両方を知る平嶋氏だからこそ得ることのできた成果と今後の目標とは。
研究のきっかけ
当時(2012年)、私は筑波大学の博士課程に入学したものの、現場と研究の乖離を感じ博士論文のテーマが一向に決まらないという状況が続いていた。現場では、テクノロジーの発展とともに、ゲーム分析等を用いた相手チームのスカウティングの重要性が高まりつつあり、Jクラブにもテクニカルスタッフと呼ばれる分析に特化したスタッフが増加傾向にあった。その一方研究では、日本で最も権威のある体育・スポーツ学術雑誌「体育学研究」において、鈴木・西嶋が2002年に発表した論文を最後に、ゲーム分析を用いてサッカーを研究する論文が掲載されていなかった。その理由として、研究結果を一般化するためには膨大な量のデータが必要であり、それをゲーム分析によって取得するためには多くの時間と人を要すること、またサッカーは常に変化しているため過去のデータを用いて結果を一般化するのが困難であることが考えられた。そのような状況の中、何とかゲーム分析手法を用いて、現場に有用な研究を行えないか悩んでいた。
そんなとき、深夜に布団の中である小説を読んだことから研究のアイディアが突然浮かんだ。その小説は「マネーボール」である。前年に映画が公開され再度話題となったため、偶然購入した小説であった。小説では、資金難に陥る野球チームのGMに就任した主人公が、「どうすれば野球で勝てるか」を科学的に調べ上げ、他球団では重要視されていない選手を引き抜き、チームを地区優勝に導いた。その中で科学的な分析手法として用いられていたのが統計であった。野球では、打率、打点、本塁打数をはじめ、攻守において多くの指標がある。そして主人公はそれら多くの指標の中で、「本当に価値が高い指標はどれか」、「どの指標の高い選手がチームの勝利のために価値があるのか」を突き詰め、その指標を基に選手を補強し成果を上げた。「マネーボール」と出会った翌日から、私は統計手法をサッカーに応用し、選手評価に活用することが出来ないかと研究を開始した。
セイバーメトリクスとの出会いとサッカーへの応用
野球において、データを統計学的に分析し選手の評価や戦略を考える分析手法をセイバーメトリクスという。その中で、リンゼイが1963年に発表した論文は私の研究に大きな影響を与えた。リンゼイは373ゲームの新聞記事から27027の打席結果を収集し、出塁とアウトカウントを組み合わせた24の状況における「得点確率」と「得点期待値」を算出した(表1)。これにより、打席前後の状況の変化を得点として算出することで、打者の打席結果が得点に対してどのくらいの価値があるのかがわかるようになった。つまり、打率のように1本のヒットは全て同じものとして考えるのではなく、1打席の結果を得点化することにより、打者の得点への貢献度を評価可能となった。
しかし、これをサッカーの選手評価へ応用するとなると大きな問題点が浮かび上がった。サッカーは野球と異なり、流動的で複雑な要素が絡み合うスポーツである。そのため、状況を限定して「得点確率」や「得点期待値」を算出する方法は現場に有効でない。そこでさらに先行研究や関連する研究を読み進め考えたのが、プレーの成功確率を算出する回帰式の構築である。ロジスティック回帰分析という統計手法を用いることにより、どの要因がプレーの成功確率に影響を及ぼしているかが明らかになり、さらにそれらの要因のオッズ比を組み合わせることによりプレーの成功確率を算出するための回帰式を構築することが可能となる。これにより、リンゼイの研究のように状況を限定することなく成功確率を算出することが可能となった。

表1 Distribution of Runs Scored in Remainder of Inning (Lindsey, 1963)
GKのプレーと客観的評価指標
研究手法にある程度の目途が立ったため、次にどのプレー指標を作るか考えた。私が現役時代ゴールキーパーであったこと、またより勝敗に直結するプレーのほうが指標として価値が高いということも踏まえ、GKのシュートストップ能力を評価する指標の開発を進めることにした。
GKのシュートストップに関連する主な評価指標は、防御率、セーブ率が挙げられる。
シュートストップ能力評価指標の開発
被シュート1本毎のシュートストップ難易度を数値化するために、シュートストップ失敗確率を算出する回帰式を構築することとした。研究方法はまず、先行研究の検討とあわせて何人かのサッカー指導者と相談し、シュートストップの成否に関連するであろう16要因を抽出した。次に、この16要因とシュートストップの成否を分析項目として、2010年のワールドカップ全試合における被枠内シュート551本を対象に被シュート状況のゲーム分析を実施し状況をデータ化した。そして最終的には、データ化した被シュート状況をロジスティック回帰分析により統計解析し、シュートストップの成否に影響を及ぼす要因を明らかにするとともに、シュートストップ難易度を「失敗確率」として算出することが可能な以下の「シュートストップ失敗確率予測回帰式」が構築された。

ここでx1:①シュート到達時間(秒),x2:②シュート者守備 前方のDF 有(1)無(0),x3:③シュート者守備 側方・後方のDF 有(1)無(0),x4:④シュート部位 頭(1)足(0),x5:⑤シュート種類 グラウンダー(1)それ以外(0),x6:⑤シュート種類 ループ(1)それ以外(0),x7:⑥シュートコース横 ファー(1)ニア(0),x8:⑦シュートコース高さ 中(1)それ以外(0),x9:⑦シュートコース高さ 高(1)それ以外(0),x10:⑧他の選手による軌道の変化 有(1)無(0),x11:⑨シュート位置角度(°),x12:⑩シュートコース距離(m)である.
この回帰式を用いることにより、リンゼイ(1963)のように状況を限定することなく「失点確率」と「失点期待値」を算出することが可能となった(サッカーでは1本のシュートで複数ゴール加算されることがないため)。これを用い「(仮称)Shoot Stop Rate」(略称SSR)という新たな指標を開発した。シュートストップ失敗確率予測回帰式を用いて算出された1本毎のシュートストップ失敗確率を、シュートを受けた選手毎に積算することにより予測失点が算出される。その失点期待値で実際の失点を除することにより、GKの失点阻止への貢献度を示すことが可能になるというものである(図1)。実際にこの評価指標を用い2018ワールドカップに出場したGKの評価を行ったところ、トーナメント形式による出場試合数や被シュート数の影響を受けることなく、シュートストップパフォーマンスの評価を行うことが可能であった(図2)。

図1 シュートストップ失敗確率予測回帰式を用いた評価と現場での活用方法

図2 2018FIFAワールドカップに出場したGKのSSRトップ10
研究の中断とプロクラブでの経験
研究が流れに乗りはじめ、上記論文が査読を佳境に迎える中私はある決断をした。博士課程を休学し、JFLからJ2に昇格を決めたカマタマーレ讃岐のGKコーチを務めることにしたのだ。
当時の監督は北野誠さん(現ノジマステラ神奈川相模原監督)。率直に自分のサッカーを学びたい思いと自分ができることを伝えた。おそらく予算との兼ね合いだと思うが、その場での北野さんの「やってみるか」の一声で讃岐入りが決まった。この北野さんとの出会いが、今の研究を続ける根幹となった。讃岐ではコーチングスタッフが私を入れて4名という少人数であったこともあり、分析映像の作成等も行っていた。主観での分析は、当時ヘッドコーチであった上村健一さん、コーチであった西村俊寛さんと映像を数試合分析し、私が映像をまとめていた。そして、最終的に北野監督と意見をすり合わせ、映像を追加・削除しミーティングで使用していた。もう1点讃岐で取り入れたのは客観的データによる分析であった。当時、データスタジアム株式会社にデータを提供して頂き研究を行っていた。そのような縁もあり、讃岐に加入して初めてのキャンプにデータスタジアムの担当者がネットストライカーの営業に来てくれた。
契約すると北野さんは早速、様々な数値を観たいと注文してくれるようになった。例えば、相手チームの分析でいうと誰がどこでボールを失っているのか、どのようにボールを動かして攻撃をしてくるのか、自チームの分析でいうと前節はどの高さでボールを奪えていたのか、どのような失点パターンが多いのか等である。詳しくは北野さんのブログ『腹の底から笑いたい』で紹介されているのでぜひ見て頂きたい。
2015シーズンよりJ1全試合でトラッキングシステムによるデータ取得が開始された。これにより、客観的データを使った分析が一気に加速した。今でこそ当たり前になったが、2014年当時、日本でここまで客観的データを重要視して分析・戦術を決定していた監督は少ないと思う。そういう意味で、プロ選手の経験もなくGKコーチとして未熟な私を2014年から3シーズン、スタッフとして登用してくださった北野さん・クラブのおかげで、私自身が行ってきた研究の価値を確認することができ、現在でも関連研究を継続している原動力となっている。また蹴球部の中山監督は、博士論文の指導教員でもあったにも関わらず、快く送り出して頂き本当に感謝している。

北野誠監督率いるカマタマーレ讃岐での経験が関連研究を継続している原動力であると平嶋氏は語る
研究の再開と現在
2016年のシーズンを終え大学院に戻り、2017年より再び研究活動と蹴球部でコーチを務めた。蹴球部では大学院の先輩で、Jクラブでテクニカルスタッフを歴任した小井土正亮さんが新たに監督へ就任していた。そのため主観的な分析のみならず、GPSや学生によるゲーム分析を用いた客観的な分析が毎試合実施されていたことに驚かされた。
現在、研究においては「クロス対応」、「ブレイクアウェイ」といったGKのシュートストップ以外のプレー評価指標を開発すべく研究を進めている。また女子サッカー部の監督として現場にも立つ日々を送っている。選手たちは非常にまじめで意欲的であるため、3年目となった2020シーズンは客観的な評価指標を用いた選手自身による振り返りも取り入れている(図3)。アマチュアの女子サッカーチームにおいてここまでデータを活用しているチームはないと思う。

図3 学生によるGPSとゲーム分析を用いたある試合のスタッツ(作 小平真帆)
今後、更なるテクノロジーの発展に伴い収集されるデータの量は増加する一方である。私の最大の目標は研究と現場の一体化であり、「研究は研究、現場は現場」ではなく、「現場から課題を抽出し、それを研究、結果を現場へ還元する」ことが重要であると考える。変化の早いサッカー現場の流れに遅れることなく、引き続き研究と現場の両方で活動していきたい。
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