作家・増田俊也氏による新連載スタート。各界レジェンドの生涯を聞きながら一代記を紡ぐ口述クロニクル。

第1弾は写真家の加納典明氏です。


  ◇  ◇  ◇ 


増田「ニューヨーク帰りのその個展、マスコミが騒いで大変な話題になったわけですね」


加納「俺が想像していた以上の大騒ぎになった」


増田「タイトルからしてそもそも凄いですよね」


加納「そう。『FUCK』というタイトルでみんな来たんだろうけど、あれは計算外だった。タイトルで呼ぼうなんて思ってなかったから。オレは単にFUCKという四文字が好きだったわけ。シンプルでいいなって。もちろんFUCKの意味は知ってたし、アメリカ人がどういうときに使うかも知ってたよ」


増田「やばいとは思わなかったですか。アメリカの知人とかは止めなかったんですか」


加納「止められた(笑)。でも俺は俺のヌードにぴったりだと思ったから。まわりは『やめとけ』って必死になってたけど『いいからいこう』って言って強行突破した。それで大騒ぎになった」


増田「そりゃ大騒ぎになりますよ。FUCKという言葉は日本の性交とか房事とは別次元の卑猥な言葉で、差別的な意味でも使われるワードですからね。

まあでもその言葉の衝撃度もあって名前が一気に沸騰したわけですが」


加納「仕事が殺到してね」


増田「撮影依頼の」


加納「もちろんそれはめちゃくちゃたくさん来たけど、それだけじゃないの。小説書いてくれとか映画出てくれとか、止まらないんだよ、ほんとに」


増田「へえ。それはすごい」


加納「たとえば映画だと田原総一朗の『あらかじめ失われた恋人たちよ』というのに、あれは桃井かおりのデビュー作だったんだけど、それに引っ張り出された。言葉を話せない人物の役柄だったんだけど」


増田「スタローンとかシュワルツェネッガーも最初はそんな感じだったみたいですね。外国のなまりがあったりして」


加納「そいつは知らなかった」


増田「まあでも俳優の道へ本格参戦されなくてよかったですね。あっち行ったら写真が中途半端になってしまう」


加納「うん。だから意識的にその後は遠ざけた」


増田「若いころの写真見ると俳優みたいなハンサムガイですから映画に出したいという監督たちの気持ちはわかります。26歳か27歳か、そんなときでしょう」


加納「そう」


■小説を書いたら編集者が飛んだ


増田「小説の依頼はどんなものだったんですか」


加納「まず『中央公論』。それから今はなくなっちゃったけど『海』っていう小説雑誌があった。他にも短編とか連載とかで、割とちゃんとした雑誌から来たな」


増田「『中央公論』*からはどんな小説を依頼されたんでしょうか」


※中央公論(ちゅうおうこうろん):1887年創刊の老舗総合雑誌。評論のほか小説も掲載している。1999年に中央公論社が読売グループ傘下になり、現在は中央公論新社が発行する


加納「編集者が新宿のナジャってところの飲み仲間で『加納さん小説書かない?』って。

『書いてくれよ』って。俺、じつは1度は文学ということも触ってみてもいいなってその頃思ってた。でもそん時のタイトルが『オ××コ』だったの。カタカナで、オにぺけぺけコ。そのものだった。俺はそれを天下の中央公論が通すわけねえって思ってたらそのまま通ってしまった。それで編集者が飛んでね。それもまたニュースになったの」


増田「まさに狂騒曲ですね。売れるっていうのは凄いことですね。でも、映画も文学も結局は本格的にはやらなかったんですね」


加納「うん。やろうと思えばできたのかもしれない。俺は想念したりオリジナルの言葉作ったり物語作ったりするのが嫌いじゃないから。

でもやっぱり面倒というか、写真のほうがはるかに自分の肌に合ってた。だからやっぱりそっちへ傾いていった。殺到する撮影依頼の仕事をとにかく必死でこなしていった」


(第34回につづく=火・木曜掲載)


▽かのう・てんめい:1942年、愛知県生まれ。19歳で上京し、広告写真家・杵島隆氏に師事する。その後、フリーの写真家として広告を中心に活躍。69年に開催した個展「FUCK」で一躍脚光を浴びる。グラビア撮影では過激ヌードの巨匠として名を馳せる一方、タレント活動やムツゴロウ王国への移住など写真家の枠を超えたパフォーマンスでも話題に。日宣美賞、APA賞、朝日広告賞、毎日広告賞など受賞多数。


▽ますだ・としなり:1965年、愛知県生まれ。小説家。北海道大学中退。中日新聞社時代の2006年「シャトゥーン ヒグマの森」でこのミステリーがすごい!大賞優秀賞を受賞してデビュー。

12年「木村政彦はなぜ力道山を殺さなかったのか」で大宅壮一賞と新潮ドキュメント賞をダブル受賞。3月に上梓した「警察官の心臓」(講談社)が発売中。現在、拓殖大学客員教授。



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