【テレビ局に代わり勝手に「情報開示」】


 私の出身母体であるテレビ朝日系列にとって、夏の甲子園ほど特別なものはありませんでした。親会社である朝日新聞社が主催する大会だから、というのが根本にあるのですが、各地方の系列局が地方大会の段階から取材を開始して、注目校や注目選手の密着取材も開始するのには理由があるのです。


 まず、他の系列より圧倒的に「番組数が多い」というのがあります。近畿地方以外の方にはそれほど知られていないかもしれませんが、実は大阪の朝日放送では毎年、夏の甲子園をテレビとラジオでほぼ全試合生中継しています。この生中継に向けて各地方局とも「準備がマストになってくる」のです。出場校のリポートをするのは、その学校のある都道府県を担当する局の仕事ですからね。映像も撮りだめなければならないし、注目選手の情報も当然必要です。出場校と一緒に全国から地方局の担当者が「甲子園入り」するわけですよ。


 そして「全試合を生中継する」のは、とてもじゃないけれど大阪の朝日放送だけでは無理なんです。だから全国から、特に東京のテレ朝からは毎年、ディレクター・技術・アナウンサーなどが大勢「ヘルプ」として大阪入りすることになります。言ってみれば、毎年恒例の系列総出のお祭りになっているわけです。


■地方局にとっては新人スタッフを育てる場に


 実は地方局にとって、高校野球の地方大会の取材をすることは、「新人スタッフの虎の穴」としての役割も大きいんです。新人ディレクターが密着取材でドキュメンタリーのノウハウを覚え、アナウンサーはスポーツ実況の基礎を叩き込まれる。カメラマンは「どうやっていい映像を撮るか」腕を磨くわけです。


 そして、カメラマンにとって「憧れの最高峰」とも言えるのが『熱闘甲子園』のカメラマンになることです。試合経過を追う他のカメラと違って、「熱闘カメラ」は感動のシーンの決定的瞬間だけを狙うわけです。しかも「ドアップ」で。


「本塁にヘッドスライディングした瞬間…果たしてアウトかセーフか」とか、「最後の一球を投げたピッチャーの喜びの表情」とか、「敗退が決まった瞬間のアルプススタンド、応援する女子生徒の涙」とか…超望遠レンズで、「感動の一瞬」をドアップで切り取る職人技の世界です。


 僕が以前話を聞いたことがある朝日放送の「熱闘カメラマン」は、夢中でファインダーを覗き込んでいたために、飛んできたファウルボールに気がつかず、顔面に打球を受けて前歯が折れてしまったと恥ずかしそうに話していました。名誉の負傷ですね。


「夏の甲子園」は、地方局にとっては今でも夏の大切なコンテンツです。注目度も高くて視聴率も高い。地方ではその意味は大きいんです。しかし東京にとっては、「夏の甲子園の意味」はどんどん薄くなってきてますよね。大谷さんやらなんやら、他のスポーツの陰に隠れて、あまり大きく取り上げられなくなってきている気がします。甲子園をめぐって「東京と地方の分断」がどんどん大きくなっているのではないでしょうか。


(鎮目博道/テレビプロデューサー、コラムニスト、顔ハメ旅人)


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