【週刊誌からみた「ニッポンの後退」】
「殿下、ズボンが太すぎます」
これは週刊新潮の昭和35(1960)年9月5日号に掲載されたタイトルである。
リードでは「ご結婚後、皇太子の人気がどうもパッとしない。
この皇太子は現上皇で、乳母車に乗っているのは現天皇である。この週刊誌の“暴言”に、当時の山田東宮侍従長が自ら出てきて、こう答えているのである。
──そういう格好が問題になるのも、一つには、若くハツラツと積極的になにかをおやりになる、ということがみられないからだと思うんですが。
「一つにはご性格で、おちいさい時から殿下はおとなしい方だった。ですからしょうがないんじゃないですか。(中略)外見はやさしくて弱そうなところがおありになるけど、内心はしっかりしていられると思うのです」
服装のセンスは違うが、何やら、今の秋篠宮悠仁さんを彷彿とさせるではないか。今私が週刊誌の編集長だったら、こんなタイトルを付ける。
「秋篠宮悠仁さん、いつ親離れするのですか?」
やさしそうだがひ弱そうで、いつも母親の紀子さんの陰に隠れている印象のある悠仁さんだが、9月6日からの「成人式」を終え、成年皇族として歩み始めた。
今年3月に行われた成年に際しての初めての会見では、時折はにかみながらも、記者の質問にユーモアを交えて答える姿が好感を持って受け入れられた。
愛子さん人気が沸騰し、何かと“対比”される悠仁さんだが、この日は皇位継承順位第2位という存在感を十分に示したといってもいいだろう。
■内宴には愛子さんも眞子さんも出席しなかったが…
だが、日本中で祝福されるはずの成人式前に陰りが生じていたのである。式の当夜、帝国ホテルで開かれる親族たちとの内宴(晩餐)に、愛子さんが欠席するというのだ。愛子さんは式典に出席した後、その日の夕方、「防災推進国民大会2025」に出席するため新潟へ向かうというのである。宮内庁によれば、愛子さんの日程は1年前には決まっていたという。宮内庁はそれを知っていながら、秋篠宮からの9月6日という申し出を黙って了承したのだろうか。
秋篠宮以来40年ぶりに行われる「成年式」はそれなりの関心を集める。そこに愛子さんがいないのでは画竜点睛を欠くことになり、今後、両家の関係がぎくしゃくしないか。
さらに、可愛がっていた弟の晴れの式典に、姉の眞子さんが出席するかどうかも注目されていた。だが、宮内庁は招待状を出したが、小さな子供がいるため出席できないとわざわざ発表した。
秋篠宮が昼食会や午餐会を宮殿ではなく民間の施設でやると決めたことへの批判も起きた。ホテルなどへの支払いや警備費用がかさみ、「億越えは間違いない」(女性自身9月16日号)。
天皇皇后や愛子さんのやることは皆「善」で、秋篠宮のやることなすことに否定的な週刊誌報道にはうんざりするが、それを助長しているのが宮内庁の閉鎖的な体質にあることは間違いない。冒頭触れたように、65年前はあんなに開かれていたのに。
悠仁さんには秋篠宮家への世間の風向きを変える力があると、私は思っている。そのためには、いつまでも母親の勢力下にいないで、親離れして自立することだ。君の父親のように、警備の目を盗んで筑波大の女子学生と“愛を育む”というのもいいかもしれない。 (文中敬称略)
(元木昌彦/「週刊現代」「フライデー」元編集長)