2025年8月11日、フィリピン沿岸警備隊は、南シナ海での領有権をめぐる緊張が高まる中、スカボロー礁(中国名:黄岩島)付近で、中国海軍の軍艦と中国海警局の船が衝突する事故が発生したと発表した。

その他の写真:(C)フィリピン沿岸警備隊

 この事故で、中国海警局の船は航行不能となり、乗組員が海に転落する事態となった。
同じ目的で任務を遂行中の中国船同士が、連携を欠いて衝突するという異例の事態は、南シナ海での中国の強硬な行動が、内部的なリスクをはらんでいることを示唆している。

 事故は、フィリピン漁船の警護にあたっていたフィリピンの巡視船や漁業水産資源局の船に対し、中国海軍と中国海警局の船が妨害行動を繰り返す中で発生した。フィリピン当局によると、中国の船は放水銃の使用や、極めて危険な操船でフィリピン側の船を威嚇。その最中、フィリピンの巡視船を追跡していた中国海警局の船が、航路を横切るように航行した中国海軍の軍艦と衝突したとされている。

 中国海警局は事故そのものに言及せず、「フィリピン船が中国の領海に侵入したため、必要な措置を講じた」と主張している。一方、フィリピンのマルコス大統領は「我々はスカボロー礁から引き揚げることはない」と強く反発し、国際社会に中国の行動を非難するよう呼びかけている。

 この衝突事故は、単なる航行ミスとして片付けられるものではない。同じ目的で任務にあたっていたにも関わらず、なぜ中国船同士で衝突という重大な事故が起きたのだろうか。この背景には、いくつかの推測が成り立つ。

 まず考えられるのは、指揮系統の混乱だ。南シナ海での中国の行動は、中国海軍、中国海警局、そして海上民兵といった複数の組織が連携して行われている。しかし、それぞれの組織が異なる指揮系統を持つため、緊迫した状況下で迅速かつ正確な情報共有や指示伝達が滞った可能性がある。
特に、今回のような「威嚇行動」という、即座の判断が求められる場面では、組織間の連携のほころびが事故につながった可能性が考えられる。

 次に、任務遂行における優先順位の違いだ。中国海軍は軍事的な優位性を示すことを、中国海警局は法執行機関としてフィリピン船を排除することを、それぞれ優先していた可能性がある。両者の目的は「フィリピン船の排除」で一致しているものの、その手段や戦術が異なっていたために、互いの動きを読み切れず、事故を引き起こしたのかもしれない。

 さらに、無線通信の不備も事故の一因として推測される。通常、複数の船が協同作戦を行う場合、無線で密に連携を取りながら行動する。しかし、今回の事故では、中国海軍の軍艦が、追跡中の中国海警局の船の進路を横切るという、極めて危険な行動をとっている。

 これは、無線での情報共有が不十分であったか、あるいは、より上位の命令に従う軍艦が、下位組織である中国海警局の船の動きを軽視し、自らの航路を優先した可能性を示唆している。

 今回の事故は、南シナ海における中国の「グレーゾーン戦術」が、自らの足元を揺るがしかねないリスクを抱えていることを浮き彫りにした。国際法を無視した一方的な行動は、周辺国との対立を深めるだけでなく、中国自身の組織内部にも予期せぬ混乱を引き起こす可能性を秘めていると言えるだろう。

 フィリピンは今後も国際社会に訴えかけ、中国の行動に対する非難の声を高めていくと見られている。南シナ海の緊張は、この事故を契機にさらにエスカレートする可能性がある。

【編集:NH】
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