アンジェリーナ・ジョリーが監督を務めた「UNBROKEN」(中国題:坚不可摧)という映画をご存じでしょうか。
日本ではまだ上映されていないので邦題はないのですが、あえていえば「壊すことのできないもの」といった意味でしょうか。

この映画は、実在の人物でオリンピックの選手であり第二次世界大戦では米国空軍の兵士として従軍した「ルイス・ザンペリーニ」氏をモデルにした小説を原作とした映画です。
旧日本軍による当事米軍兵士であった主人公への虐待シーンなどがあるために、アンジェリーナ・ジョリーが反日的な映画を作ったとして議論を巻き起こしています。
波紋を広げる映画「UNBROKEN」は本当に反日感情を高める...の画像はこちら >>

●反日感情を強める映画か
おおまかなあらすじは、元オリンピック選手である主人公ルイスが、第二次世界大戦で米軍に従事していた際に、飛行機墜落で太平洋を漂流し、旧日本軍の捕虜となり、旧日本軍の「ワタナベ」という中佐に虐待を受けるというものです。
一部の新聞報道では、「上映によって各国の反日感情を強めるのではないか」「中国や韓国に反日活動の材料として使われるのではないか」といった否定的な報道がなされてきました。
しかし、私は実際に中国人の友人たちとこの映画を見たのですが、この映画で中国の人の反日感情が強まるということはないというのが彼らの感想でした。映画館の観客たちのリアクションを見ても同様に感じました。

その理由は、中国のテレビで慢性的に放映されている反日ドラマの内容に比べると遥かに中立的に描かれているからです。

●中国では反日ドラマが連日放送!?
中国では7~10時のいわゆるゴールデンタイムに、必ずどこかの局で日中戦争の時代を背景としたドラマが放送されています(蛇足ですが中国のドラマは3時間まとめて流したりします。最近はやった武則天に関するドラマは何と全96話です)。
その中で登場する日本人のほとんどは旧日本軍の軍人なのですが、中国人が下手な日本語で演じており、「コノヤロー」などといって中国の平民を殴って略奪するだけです。そして陰謀を計画しては、最後に英雄にやっつけられるという怪人のような存在として描かれています。
最近、俳優の矢野浩二氏が人間味のある日本人役を演じて珍しいとニュースになっていましたが、基本的には、人間性など描写されず一方的な描かれ方がされています。


●単純な反日映画ではなかった
一方、「UNBROKEN」では、確かに「ワタナベ」中佐は、主人公の目つきを理由に殴ったり、主人公をアメリカ向けのプロパガンダに利用しようとして拒絶すれば仲間に殴らせるなど、人格に問題のある人間として描かれている部分はあります。
しかし、このワタナベ中佐には、主人公のまなざしにうろたえる弱い一面や主人公に対する一方的な友情の芽生え、そしてワタナベ中佐が敗戦後去った部屋に置かれた親子の写真も描写されていることから、人間性についてもある程度描かれています。
また空襲前のモダンで自信を持って東京を闊歩する人々や、それを空襲で失って嘆く人々の描写などもあり、当時の日本国民の被害者の側面も描かれています。
このように、少なくとも中国の反日ドラマと比較すると完全に一方的な描かれ方でないため、見ている中国の人々も色々と感じるものがあったようです。
何よりラストでは、主人公が長野オリンピックで聖火ランナーとして走り、復讐よりも許すことを学んだといったといったメッセージが出たときには、観客席が少しざわつきました。
後で友人たちに聞くと、「反日ドラマだと悪い日本人はみんな殺して終わりなのに、そうでないのが新鮮だった」とのことでした。

すでに過激な内容の反日ドラマが流されている現状においては、このような映画をみた中国の方が反日感情を強めるというよりは、作品を通して戦争の悲惨さを客観的にみることで感情に流されない歴史の見方を得る足掛かりになるのではないかと感じました。
しかし、日本人が良く描かれている訳ではないので、批判的立場に立った作品を見ることが嫌いな方にはお薦め致しません。
一見法律とかかわりのない内容ですが、中国では、テレビ局の内容は政府の広電総局という部門が干渉しており、言論の自由市場という考え方が通じない国です。
こうした言論の自由の制限された国の人々と対峙して、歴史の問題をどのように解決しながらビジネスをしていくかは、日本のビジネスマンにとって深く関係があるのではないでしょうか。

*著者:弁護士 東城 聡(高井・岡芹法律事務所。得意分野は、渉外取引・労働事件。
特に現在はアジア方面の渉外事件と労働事件に注力している。コンサル出身のノウハウを活かし、積極的に支援を実施。)