NHK大河ドラマの一番最初の主人公は、誰かご存じでしょうか。徳川家康? 坂本龍馬? 実は「井伊直弼(いい・なおすけ)」です。
井伊直弼(Wikipediaより)
日本史の中では「安政の大獄を行い、吉田松陰を死に追いやった」「最後は暗殺された」という点ばかりがクローズアップされがちですが、実際にはどんな人だったのでしょうか。
1815年に誕生した直弼は、後に彦根藩主となります。が、井伊家の14番目の男子ということで、本来なら藩主にはなりえない立場でした。
そんなポジションだったこともあってか、直弼が17歳のときに父、彦根藩主だった父・井伊直中(なおなか)が亡くなると、彦根城内ではなく中堀と外堀の間にある埋木舎(うもれぎのや)という場所に移り住まわされることになります。
埋木舎の場所を見ても、「格の違い」があったことが分かります。
国宝・彦根城天守閣
とはいえ別に冷遇されていたわけではありません。直弼は禅、居合、兵学、茶道などの教養を積み、さまざまな分野で経験値を積んでいきます。特に茶道については卓越したセンスを備えており、『茶湯一会集』は代表作として知られています。
また、直弼は多忙な身になっても茶会だけは家族と過ごしました。5歳で母を亡くした経歴があるので、家族を大切にしようという気持ちが強かったのかのかもしれません。
やがて、井伊家の男子が次々に早逝するなどし、彦根藩主を経て幕府の大老の地位に昇り詰めます。
■慎重な性格の井伊直弼
さて、彼の性格については、その慎重さが分かるエピソードが2つあります。
1つめは、1858年の大老就任のときのものです。最初、指名を受けた直弼は「辞退したい」と申し入れているのです。
これはあくまでポーズに過ぎなかったのですが、すぐさま飛びつかないという格好が重要でした。彼は「強く要請されて就任する」という形式にこだわったのです。直弼は、将軍から再び請われてようやく任務を引き受けました。
2つめは、日米修好通商条約に関するエピソードです。
日米修好通商条約(外務省外交史料館蔵)(Wikipediaより)
日本史について多少知っている人は、日米修好通商条約については「井伊直弼は朝廷の勅許を得ずに条約調印を強引に進めた」という印象を持っているかも知れません。
しかし、実際には孝明天皇が強く拒絶したことを受け、関係する役人を招集し、多くの意見を聞き、ことを慎重に進めようとしています。
ここで、条約調印を強引に進めようとしたのは、むしろ直弼以外の役人たちです。彼らは「即時の調印をするべきだ」と述べますが、直弼はそれでも勅許を得ることにこだわりました。
その後も、条約交渉の全権である井上清直と岩瀬忠震には「できる限り調印を延ばすように」と依頼していますし、井上が「交渉が行き詰まった場合は調印してもよいか」と尋ねた折には「その際は仕方ないがなるべく延期するよう努めよ」と回答しています。
最終的には勅許を得ることなく、日米修好通商条約は締結されたわけですが、そこに至るまでの経緯は「井伊直弼が強引にことを進めた」というイメージとは正反対のものでした。
■「暴走キャラ」扱いされた井伊直弼
では、なぜ井伊直弼は後世で暴走キャラとして見られるようになったのでしょうか。その理由は、やはり吉田松陰・橋本左内・頼三樹三郎らが処刑された安政の大獄のイメージが大きいでしょう。
この安政の大獄も、表面的な部分だけを見れば「権力者による虐殺」のように見えなくもないですが、もともとは孝明天皇が原因だったのです。むしろ、少し俯瞰してみれば暴走したのは彼の方で、直弼はそれを受けて厳罰を行ったという形です。
孝明天皇(Wikipediaより)
きっかけは戊午の密勅(ぼごのみっちょく)でした。これはひと言で言えば、天皇が、自分の意向を無視して日米修好通商条約を締結した幕府のやり方が気に入らず、水戸藩に密勅を下したのです(実際にはそんなに単純な話ではなく、薩摩藩と水戸藩の陰謀とも言われていますが)。
これは当時の社会体制から見ればとんでもない話でした。この密勅によって幕府はメンツを潰された形となり、直弼は「密勅にかかわった者を徹底的に処罰すべし」と、いわゆる「安政の大獄」に踏み切りました。
こうして尊王攘夷派に対する大弾圧が行われ、100人以上を投獄。8名を死刑にしたほか、一部の大名・公卿は謹慎を命じられました。
最終的に直弼と孝明天皇は和解に至りました。しかし、戊午の密勅を返納することに反対した水戸藩の脱藩者に、直弼は1860年に暗殺されてしまいました。
映画「桜田門外の変」オープンロケセット
こうしてざっと見てみただけでも、井伊直弼という人はルールや格式を重んじる人で、決して安易な「虐殺」を行うような人物ではなかったことが分かります。少なくとも、安政の大獄によって植え付けられたイメージは誤解だと言えるでしょう。
ただ、ルールや格式を重んじる慎重な性格というのは、平時はいいのですが、幕末のような変動期にはそぐわないところがあるのも確かです。そんなこともあって、彼は時代遅れの頑迷な権力主義者……という漠然とした人物像が定着してしまったのかも知れません。
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