歌によって人生が変わる。そんなことは現実にはありえないと思っていた人も、定一の歌を聴いて考えを変えたのではなかろうか。

世良が役に込めた思いとはーー。

「予定調和の演技になってしまいそうで嫌だったんです。出会った戦災孤児と、親子のような関係になって、将来その子が安子の娘・るい(深津絵里)と結婚する錠一郎(オダギリジョー)になることも、まったく知りませんでした。でも、台本を通して人生を共有していたからなのか、初めてオダギリさんにお会いしたとき、まるで幼いころから知っている感覚に。オダギリさんも同じ思いだったみたいで『感慨深いものがありますね』と、懐かしんでくれたんですよ。妙な感覚です」

そう話すのは、連続テレビ小説『カムカムエヴリバディ』(NHK)で、ジャズが流れる喫茶店のマスター・柳沢定一を好演した、世良公則(66)。“一瞬、一瞬”を演じるために、先々のストーリー展開は、あえて知ろうとしなかったという。

第1部で、ヒロインの安子(上白石萌音)と稔(松村北斗)の恋の行方を見守り、戦争が始まると息子が召集され、敵性音楽であるジャズを流したことで迫害を受ける定一。さらに戦後は息子と戦ったアメリカの進駐軍相手に演奏するジャズバンドを斡旋して、懸命に生きる姿が描かれている。

「上白石さんは、コロナ禍でさまざまな制約がある中、朝から夜中まで撮影しているのに、明るく凜としていました。子役の子たちの面倒も見るから、甘えられてね」

戦災孤児だった錠一郎の子ども時代を演じた柊木陽太くん(10)とは“セッション”を楽しんだ。

「陽太くんはギターを習っているようで、音楽のセンスがありました。

『パパラ、パパラ』と口でトランペットの音マネをしてセッションするシーンがあったのですが、すごく上手で、監督からは『もう少し下手にやってください』と言われていたくらいです(笑)」

■撮影は“生の歌”にこだわった

音楽といえば、定一が進駐軍のパーティのステージで、ジャズの名曲『オン・ザ・サニー・サイド・オブ・ザ・ストリート』を熱唱したシーンが話題となった。

「定一役をお受けするときから、歌唱シーンがあることは決まっていました。ボクが歌えば『世良公則』をイメージされるので、これまでドラマで歌うシーンはお断りすることが多かったんですが、今回は真正面から受け止めました」

ドラマの撮影の場合、当て振り(録音した音楽に合わせて演じる)をすることも珍しくないが、生で歌い上げることにこだわった。

「やはり、象徴的なシーンにしたかったので、本番前のテストから、生歌です。半日くらいテンションを保つのは大変でしたが、バンドメンバーの演技のノリがよくなってくるし、アメリカ兵役のエキストラの人たちも盛り上がる。ドラマで使用されたルイ・アームストロングのバージョン以外にも、フランク・シナトラなど、別のシンガーのテイクも聴き、自分なりに曲を把握しました。酔っ払いながら、感情のままに歌い上げる“定一のサニー・サイド”に仕上げることができたと思います」

撮影現場の空気を変えるほどの圧巻の歌唱は、感動を呼んだ。

朝ドラ(『おちょやん』)出演経験もあるトータス松本さんは『俺も(ドラマで)歌いたかった』と話していたし、渡辺美里さんはご自身のFMラジオ番組で取り上げてくださったんですね。何よりうれしいのは、視聴者の方の『感動した』という言葉です」

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