「少女隊というグループをデビューさせる話しがあって、メンバーの1人にレイコ(安原麗子)だけ先に決まっていたんです。そのレイコとグループを組むメンバーを探していて、私はたまたま渋谷駅構内を歩いているときスカウトされました。
そう語るのは、元少女隊の藍田美豊(54)だ。84年8月にアイドルグループ「少女隊」としてデビュー。レイコ(安原麗子)、ミホ(藍田美豊)、チーコ(市川三恵子)の女性3人組で、宣伝予算は総額30億円とも報じられた“破格のアイドル”だった。
「私たちはまだ14歳だったのでそういうことを全くわかってなかったんです(苦笑)。最初にアメリカに1カ月間滞在して、レコーディング、プロモーションビデオや、写真集やCMの撮影をしました。私たちは新聞の記事を読んで“そうなんだ~”と思うだけでした。 今思うと超一流のスタッフの方々とご一緒させてもらったようですが、 それは後から実感したことで当時は初めての海外でしたし、全てが物珍しくて楽しくて。スタジオの近くにアイスクリーム屋さんがあって、“今日もアイス美味しかったね”って楽しみながらお仕事させていただいた環境でした(笑)。今でも少女隊のメンバーとは仲良しです。いまだにしょっちゅう連絡してて、昨日も連絡してました」
復活する中森明菜(59)についての思い出を聞くと――。
「中森明菜さんは何度か歌番組でご一緒させていただいたことがあって、明菜さんの楽屋に緊張しながら、ご挨拶に行ったことは覚えています。そのとき超笑顔で応えてくれて、すごくやさしい方という印象があります」
■「少女隊の大ファン」福山雅治と“ニアミス”していた
少女隊といえば、結婚式で私は受付をやっていました。
少女隊は89年で解散。わずか5年間の活動だった。
「メンバーチェンジしたのは、チーコがケガで活動を続けられないということがありました。ただ、解散に関してはとくに、なんとなくという感じで…。解散=芸能界を辞めたというわけではなかったので、ソロの仕事にシフトしていきました」
現在は刺繍好きが高じて、作品の販売やワークショップなど開催するほか、地元のドーナツショップでも働いている。
「じつは私は今、『ミサキドーナツ』(*神奈川県三浦市の港町“三崎”発のドーナツショップチェーン)の社員なんです。少しの間、古着屋さんをやっていた時期もありましたが、今は『ミサキドーナツ』直営店のマネージャーとして働いています。
もともと私は逗子の出身で逗子のセレクトショップで働いていたんです。そのお店が『ミサキドーナツ』のすぐ近所にあって、本当に好きで買いに行ってたんです。
デビュー40周年のタイミングで8月24日、25日、表参道でイベントを開催する事が決定した。
「今後は新曲の発表やイベント開催など私のペースで活動をして行きたいと思っています。私のWEBサイト(https://aida-miho.com/)を作りましたのでそこで色々とお伝えできればと考えています」