「優しかった義母がまさか、あんな日記を書いていたとは衝撃でした……」

 そう話す河合ゆいさん(仮名・40歳)は義母が亡くなった後、5冊の日記帳を発見。興味本位で内容を見たところ、生前の義母からは想像できない言葉の数々が綴られていたそうです。


同居を押し付ける義父をなだめてくれた優しい義母

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 ゆいさんは5年前に、夫と結婚しました。結婚した頃、義父母は70代半ば。義父は自分たちの老後を心配し、「二世帯住宅を建ててやるから一緒に暮らそう」と言ってきました。

 夫は「育ててもらった恩もあるし……」と、まんざらでもない様子だったそう。しかし、ゆいさんは同居には賛成できず、義父母たちの前で「私は無理です」とキッパリ言ってしまいました。

「私はもともと、思ったことがすぐに口から出ちゃうタイプで……。その時もそうで、言った後に失礼なこと言っちゃったかも……と反省しました」

 ゆいさんの言葉を聞いた義父は「金を出してやるって言っているのに、それでも嫌なんか」と不機嫌に。そんな時、助け舟を出してくれたのは義母でした。

 義母は「まあまあ」と義父の背中を撫でながら「若い人らの生活に、年寄りが口を出しちゃあかんよ。あなたも、自分の子どもにお荷物だと思われたまま死にたくないやろ?」と言ったそう。

 それを聞いた義父は、「まあ、たしかにそうやけど……」としどろもどろに。義母によるファインプレーのおかげで、同居話は立ち消えました。

「あの時は心底、義母に感謝しました。
結局、私たちは義父母宅から車で20分ほどの賃貸マンションで新生活を送り始めたんです」

義母の遺品整理をしていたら“衝撃的な日記”を発見!

性格の良い義母の遺品整理をしていたら“日記帳”を発見→まさかの内容にショック!嫁の私がとった行動は
日記 ダイアリー 遺品
 義母が亡くなったのは、2024年5月のことでした。その日、義母は所有している田んぼの様子を見に行くと言い、外出。1時間ほど経っても帰ってこなかったため、心配した義父は田んぼへ。すると、義母は田んぼで倒れており、意識がない状態でした。

「義母は転倒した際に頭を打って脳出血を起こしたようです。病院に運びましたが、亡くなってしまいました」

 義母の死後、義父は別人のように元気がなくなり、部屋の中も荒れ放題に。その姿を見かね、ゆいさんと夫はインスタント食品を差し入れたり、月に何度か部屋の掃除をしに行ったりするようになりました。

 そんなある日、義父から遺品の整理を頼まれ、ゆいさんは義母の洋服ダンスを開けたそう。すると、服で隠すかのように押し込まれた1冊の日記帳が……。

 お義母さん、どんなことを書いてたんだろう。そう思い、興味本位で日記帳を開くと、目に飛び込んできたのは「クソじじいも役に立たない息子も、自分のことしか考えてない嫁もシネ!」という衝撃的な文章でした。

「目を疑いました。生前の義母は穏やかでおっとりしていて、悪口なんて聞いたことがなかったので……」

 日記帳には他にも、衝撃的な告白がたくさん。
「階段の上でつまずいたフリをしてクソじじいにぶつかったのに、落ちんかった。失敗やな」、「お茶を持ってこいって偉そうに言うから、キッチンに落ちとったゴミを入れたったわ」など、義父に行っていた嫌がらせの内容が鮮明に綴られていました。

一番古い日記に綴られていた“嫁への憎悪”が怖い…

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頭を抱える女性
 もしかしたら、義母にとって日記は唯一の愚痴吐き場だったのかも……。そう思ったゆいさんは他にも日記帳があるように感じ、義母のクローゼットを捜索。すると、4冊の日記帳を発見。日記は、ゆいさん夫妻が結婚した年から始まっていました。

 なぜ、この年から日記を書き始めたんだろう。そう思い、一番古い日記帳を開いたゆいさんは驚愕。表紙の裏にはゆいさん夫妻の結婚式の写真が貼られており、ゆいさんの顔だけがハサミで切り取られていました。

 そして、義母が日記を綴り始めたのは、ゆいさんが二世帯住宅での同居を断った日だったそう。その日の日記には、「息子の前でいい顔をしたい私も悪いな。でも、あのクソ嫁のせいで息子とはもう二度と一緒に暮らせん。
クソじじいとの退屈な日があるだけ。クソ嫁が憎い。憎い。憎い。シネ!!」と、ゆいさんへの恨みが炸裂。

 その後も日記には、「見れば見るほど、ブサイクな嫁。顔を見るだけで気分が悪なる」や「あのブスを嫁とは認めたことは一度もない」など、辛辣な言葉ばかりが並んでいました。

「自分がこんなにも恨まれていたことにビックリしました。義母も、まさかこんな形で自分の本音が私に伝わるとは思ってなかったでしょうね」

 この日記をどうしようか……。悩んだ末、ゆいさんはすべての日記を処分することにしました。

「夫や義父には日記があったこと自体、話していません。一番嫌いな私にあっけなく日記を処分されるのが、義母にとって一番こたえることだと思うから。
私はズルい方法で、義母に仕返しをしたんです」

 なお、ゆいさんは義母の死後、習慣化していた日記を辞めたそう。義母と同じように、思わぬ形で第三者に自分の本音が知られることが怖くなったからです。

 近年はデジタル遺産との向き合い方が問われていますが、アナログな遺産の管理法や処理法も考えておくことが大切。ゆいさんの義母の最期を知ると、他人に知られたくない本音を遺さない終活をしたくなります。

<取材・文/古川諭香>

【古川諭香】
愛玩動物飼養管理士・キャットケアスペシャリスト。3匹の愛猫と生活中の猫バカライター。共著『バズにゃん』、Twitter:@yunc24291
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