約100年前、アメリカには伝説の8輪自動車「オクトオート」があった
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 100年前の「究極の乗り心地」への挑戦が、自動車史の伝説に。1910年代、自動車が普及しだしたころのアメリカは、道路が穴だらけで車の乗り心地が悪かった。

 そんな時代に、発明家ミルトン・O・リーブスが常識を破る一案をひらめいた。

 「タイヤを4つじゃなく…8つにしたらどうだ?」

 こうして誕生したのが、後に“伝説の8輪自動車”と呼ばれる「オクトオート」 だ。

 全長6.7mの超ロングボディで40馬力というアンバランスさといい、ある意味、存在自体が“奇跡の迷車”ともいえる。

 その大胆さゆえに、現代の私たちを惹きつけてやまない要素が盛りだくさんのオクトオート にせまっていこう。

1911年に作られた8輪自動車「オクトオート」

 誰もが思わず二度見する8輪自動車「オクトオート」の特殊な姿は「世界一スムーズな乗り心地」への追求から生まれた。

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 そのスペックは、このようなものだったという。

  • 1911年製作
  • 4人乗り
  • 全長6.7m(小型のバスかトラック並みの超ロングボディ)
  • 40馬力(8輪には明らかに非力)
  • 3速マニュアル+機械式ブレーキ(止まるかどうかも微妙な設計)
  • 4軸8輪(駆動方式 8×2)

目的は乗り心地の改善 と タイヤ寿命の延長

 オクトオートを手がけたのは、アメリカの発明家ミルトン・オセロ・リーブス。

 その目的は、乗り心地の改善 と タイヤ寿命の延長だ。初期の車はサスペンションも単純で、穴だらけの道での乗り心地が非常に悪く、タイヤの摩耗も激しかったという。

 ヒントは鉄道のボギー台車[https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9C%E3%82%AE%E3%83%BC%E5%8F%B0%E8%BB%8A]で、当時トレンドだったアメリカの自動車メーカー、ウィリス=オーバーランド社の1910年式モデルに、4つのホイールを追加し取り付け改造することでオクトオートが誕生した。

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 この車について、ドライバーのコミュニティサイトHagertyはこう説明。

リーブスは、ある鉄道車両の設計をただ借用したに過ぎない。その車両は4輪の「台車」を採用していた。

(ガソリンカルチャーと周辺特化のウェブサイト)silodrome.comによると、「オクトオートは、前方の車軸2つと一番後ろの車軸のタイヤがハンドル操作で曲がる仕組みになっていた。


その1つ前の車軸だけが曲がらず、ここだけがエンジンの力で動く“駆動輪”だったため、この車は”8×2”という分類になる。そして、ブレーキが付いていたのも、この駆動輪だけだった」

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 つまりタイヤは全部で8本(4軸)なのに、エンジンの動きが伝わるのも止められるのも2本(1軸駆動)だけ。という変わった構造だったという。

アメリカの車なのになぜ右ハンドルなのか?

 写真を見て「ハンドルが右側にある。これってイギリス車じゃないの?」と思った人もいるかもしれない。だがオクトオートは、れっきとしたアメリカ製だ。

 実は1910年代初頭のアメリカでは、右ハンドルが当たり前だった。

 自動車が登場した当初、馬車の慣習をそのまま引き継いで、運転席は右側に置かれていたのだ。

 流れが変わったのは、フォードが1908年にモデルTを発売してから。左ハンドルのほうが対向車との距離をつかみやすく安全だという認識が広まり、1910年代半ばにかけてアメリカ全体で左ハンドルへの移行が進んだ。

 オクトオートのベースとなった1910年製オーバーランドも、1915年以前のモデルはすべて右ハンドルだった。

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実際には長すぎて扱いづらい車

 リーブスは、この前代未聞の試作車を、自身が設立した自動車メーカー、リーブス・セクスト・オクト社の目玉として大々的に宣伝。

 だが実際のオクトオートはひたすら扱いにくかった。

 全長6.7m といえば、もはや小型のバスや小型トラック。

おそろしく伸びた”はやりの車”は、ただ単に悪目立ちするだけでなく、実用に向かない点が多々あった。

 まず駐車がひどく面倒だった。充分な馬力もなければ、小回りもきかず、動きはまるで巨大なカタツムリのよう。

 乗り心地を良くしたい一心でタイヤを増やしたところ、別の問題勃発といったところか。車でありながら、運転のしやすさなどとは無縁なレベルの代物だった。

イベントで大注目も市販化されず幕

 とはいえオクトオートのインパクトはすさまじく、1911年アメリカのインディアナポリスで初めて開催されたモータースポーツイベント「インディアナポリス500(通称インディ500)」に展示されると、レースカー並みの人だかりができるほど脚光を浴びた。

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 ただそこから先は悲しいもので、まったく売れなかった。

 理由としては、先に挙げた運転しづらさだけでなく、3,200ドルという強気の価格が一番の原因だろう。

 ちなみに当時の大衆向けの量産車、フォード・モデルTが 800ドル。つまり4台分だ。

 車の普及がこれからで、市場が“快適性”より“安さ”を求める中で、そのお値段は法外過ぎた。

 たとえ”比類なき快適性”に惹きつけられたお金持ちでも、ビジュアルだけで扱いにくく、馬力もなくて整備も面倒そうな”改造車”にそこまで出せない、といった感じだったのだろう。結果、試作止まりで市販化ならず、で終わってしまった。

 それでもリーブスはあきらめず、6輪の「セクストオート」も作ったが、やはり売れず。タイヤが多い車の流れは、そこであえなく途絶えることに。

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早すぎた天才の発想か

 リーブスは1925年に亡くなるまでの60年間で、100件もの発明で特許取得。初の発明は15歳のころ。働いていた製材所で、ノコギリ用の可変速トランスミッションを設計した。

 1880年代後半に自動車を開発した初期の設計者の一人とされ、彼の最初の試作車は、アメリカ国内で4番目か5番目の車だったと考えられている。

 ほかにも、車のエンジンのノイズ低減にダブルマフラーを発明したり、新しい空冷エンジンを開発したりとエンジンメーカーとしても知られ、今は”自動車産業の初期の先駆者”と評されている。

 現代では、重量分散や安定性などの利点から、バスやトラック、軍用車や特殊車両でも多軸車(タイヤの多い車)が使われている。

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 そうした意味では、リーブスの発想自体は誤りではないのだろう。”時代を先取りした天才”との見方もありだが、4人乗りの普通車でそりゃないわ、とも思ったり思わなかったり。

「なぜこんなものが」「メリットは?」の声

 100年以上も前に作られ、試作で終わったオクトオート。だがその姿は定期的にネットに上がり、その都度SNSで話題に。下は2026年4月公開の動画だ。

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 おなじみRedditの奇妙な車スレッドr/WeirdWheelsr/[https://www.reddit.com/r/WeirdWheels/comments/u5b37b/in_1911_this_car_called_the_overland_octoauto_was/]でも、2022年に取り上げられ、海外ユーザーからこんな声が寄せられている。

  • なぜこんなものが存在するのか
    • それな。なんかメリットある? 後輪4輪すべてが駆動したかもしれないが、前輪4輪がコーナリング時のグリップ向上のためだったとはとても思えない
    • 乗り心地を滑らかにする気だった。車軸を増やせば車輪も増える、つまり乗り心地が滑らかになる(列車の乗り心地を再現を目指した)
      ・・・はずが現実は違った。しかもこれに現価9万ドル(約1400万円)相当の値段をつけた。その後「セクスタウト」ってその名の通り、6輪の2代目モデルも作ったが、これも売れなかった。20フィート(約6m)と長いのに、乗れるのは4人だけだったんだよ
  • 車輪付きの装甲車みたいに駆動力の向上を狙ったのかもしれない
  • 史上最も悲しいお話
  • 彼の母親も買ってやらなかったのか?
    • おばあちゃんまでスルーかよ・・・
      • 当時は12歳の男の子でも車が運転できたのに、女性が運転すると白い目で見られる時代だったから
    • にしても高すぎるって!

 とまあツッコミもいろいろ。

 結局売れなかったけど、自動車がまだ目新しく、これからって時代にいち早く”快適性”を追及したリーブス。

 彼が生んだ”伝説の8輪自動車”はこれからも人々の間で話題になっていきそうだ。

References: Odditycentral[https://www.odditycentral.com/auto/the-octoauto-a-legendary-eight-wheel-automobile-built-for-comfort.html] / Hagerty[https://www.hagerty.com/media/automotive-history/the-1911-reeves-octoauto-was-an-8-wheeled-technological-marvel/]

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