2026年のFIFAワールドカップは、サッカーの祭典であると同時に、未来の警備システムの実験の場にもなりそうだ。
一部の開催地で、ロボット犬を正式に警備対策の一部として導入することが決定したのである。
ロボット犬たちはカメラやセンサーを駆使して、危険物や不審者の確認を行い、人の流れなどの情報を収集する。
SNSなどでは「可愛い」と歓迎する声がある反面、「監視社会の象徴だ」「これぞディストピア」と警戒する意見も少なくないようだ。
FIFAワールドカップにロボット警備犬が投入される
2026年のFIFAワールドカップは、カナダ・メキシコ・アメリカという、ワールドカップ初の3か国共同開催となる予定だ。
出場するのは48チーム、試合数は104試合。開催都市は全部で16都市にも及ぶ。これだけの規模になれば、当然警備も大ごとになる。
ワールドカップの警備となると、観客はもちろん、選手や関係者、設備、交通や周辺施設に至るまで、その範囲は膨大だ。
そこで今回の大会では、アメリカとメキシコの一部の会場で、四足歩行の警備ロボット、いわゆる「ロボット犬」を正式に警備に導入することになったという。
アメリカはボストン・ダイナミクス社の「Spot」を採用
アメリカの会場で採用されたのは、韓国・現代自動車グループ傘下のボストン・ダイナミクス社が開発した四足歩行ロボット「Spot」である。
今回は4台のSpotが警備用として導入され、2台はテキサス州ダラスのケイ・ベイリー・ハッチソン・コンベンションセンターに設けられた国際放送センター(IBC)に、残る2台はニュージャージー州のメットライフ・スタジアムに配備されるという。
IBCは世界中にワールドカップの映像を届ける拠点となる場所である。多数の放送関係者が出入りし、配信に関わる設備も置かれている重要施設だ。
FIFAのジャンニ・インファンティーノ会長は、IBCを視察した際、その重要性について以下のように述べている。
テクノロジー、AI、人材、そして専門家など、あらゆるものがますます増え続けています。
ワールドカップを世界中の何十億ものファンに届けるために、どれほどの労力や情熱、専門知識、そして最先端の技術が注ぎ込まれているのかを見ると、本当に驚かされます。
自宅でワールドカップの試合を観ていても、多くの人は気づきません。スタジアムだけでなく、特にこの国際放送センターで、何千人もの人々が大会を世界へ届けるために働いていることに。
でもこの場所こそが、FIFAワールドカップを世界中へ発信するための中心地なのです
Spotはこの施設や会場周辺で、施設周辺の巡回を行う。そして不審物や危険物の疑いのあるものを見つけた場合、現場の映像を人間の警備担当者に送信する。
人間の警備員がいきなり近づくのではなく、まずロボットが見に行って安全を確認する、補佐の役割を担うわけだ。
危険な場所や人間が入りにくい場所でも、カメラや各種センサーを使って状況を確認してくれる、言わば「斥候」のような役割が期待されているのだ。
Spotはもともと、工場や建設現場、エネルギー施設、研究施設などで、点検やデータ収集に使われてきたロボットである。こういった場面での活用は、得意分野だといえるだろう。
SNSでは「顔認証機能」を使うとの情報も
だがSNSでは一時、ロボット犬が顔認証機能を使い、観客や通行人の顔を読み取っているという噂が広がり、不安や批判の声も上がった。
これについては、ボストン・ダイナミクス社側は、Spotは指定されたワールドカップ関連施設で周辺警備や不審物、危険物の確認を補助するもので、顔認証機能は搭載していないと説明している。
メキシコの場合はより踏み込んだ警備を担う
一方、メキシコのグアダルーペ市で採用されたのは、「K9-X」と呼ばれる4体のロボット犬で構成される部隊である。
グアダルーペ市はモンテレイ都市圏に属する自治体で、ワールドカップ会場の1つであるエスタディオBBVAがある。
このK9-X部隊は、同スタジアム周辺などの警備に投入される。
身体能力が高く、時速25kmで走行するほか、階段を上り障害物を越え、高温にも耐えるとされている。
K9-Xは武装こそしていないものの、アメリカのSpotよりも、さらに踏み込んだ警備活動にかかわる予定だそうだ。
暗視機能付きカメラや熱画像センサーのほか、向きやズームを遠隔操作できるPTZカメラ、周囲の距離や形状をレーザーで把握するLiDARも搭載。
さらに映像と音声の送受信機能も備えており、車のナンバープレート認識や顔認識にも対応しているという。
こういった機能を駆使して周囲の異常や不審物を確認するほか、必要に応じて音声で相手に警告や指示を出すこともできるんだとか。
グアダルーペ市のヘクトル・ガルシア・ガルシア市長は、K9-Xの導入について、次のように語っている。
人間の警察官が立ち入る前に、まずこれらのロボット犬が現場に入ります。
乱闘が起きた場合や、度を越した迷惑行為があった場合、あるいは酔っ払いがいるような場合などに対応するためです。
私たちは優秀な警察官を配置していますが、それに加えてテクノロジーも組み合わせて活用するのです
また、K9-Xは完全に自律して自己判断するロボットではなく、ドローンやゲーム機のように、人間のオペレーターがコントローラーを使って操作する。
K9-X投入の目的は、警察官の初動対応を補助すること。危険な場面では先行して対象に接近し、人間の隊員や警察犬のリスクを下げるのだ。
たとえば爆発物の疑いがあれば、まずK9-Xが先行して近づいて確認した後で、本物の警察犬や人間の警察官が対応する。
すでにK9-Xは、エスタディオBBVAで行われたCONCACAFチャンピオンズカップや、ワールドカップ予選関連の試合で、試験的に使われたそうだ。
実際に駐車場や人の集まる場所を巡回し、車両の下にある危険物の確認や、混雑状況、観客同士のトラブルなどのリスクをチェックしたという。
ネット上では戸惑いの声も
当初、顔認証でデータを集めているという話がSNSで拡散したせいもあって、ネット上では批判的な意見も寄せられている。
- 実際は顔をスキャンしているのに、まるで人懐っこい犬みたいに近づいてきて、平然としているふりをしているんだな
- あのダンスみたいな動きが不気味。警察に通報するかどうか判断するために、こっちの情報を全部調べている事実を隠そうとしているみたい
- 不気味だよね。どんな機能なのか知っている人にとっては特に。でも8割くらいの人は知らないし、可愛くてすごいと思ってる。女の子が笑っていた反応を見てみな
- これを可愛いと思うなら目を覚ました方がいい。本当に怖い話だぞ
- なぜ怖いと思うんだ? すごい技術だと思うけど
- 段階的なエスカレーションだよ。最初は武器なんて付いていない。でも武装型の試作機がどこかにあるのは間違いない
- 首をかしげる動きは、顔を別の角度から撮影するためじゃないかな。数秒で十数枚の写真を撮って合成している可能性もある
- こういうのってSFの影響で作ったのか、それともいずれ必然的に生まれるものだったのか(笑)
- 偶然だろ。
犬みたいなのは4本脚の方が広い範囲を移動しやすいし、カメラを積んで動き回るのに向いているし。車輪付きの方が向いてる場面もあるかもしれないけどね。いずれにせよ、人を雇い続けるよりは安い- 昔、アメリカ人は中国のいたるところにある監視カメラを見て、ディストピアだって笑ってたよな
- 政府はこいつらに武器を載せて街を巡回させたがっているんだよ
- 「あなたの顔はデータベースに登録されていません。10秒以内にこの都市から退出してください」ってか
- 実物を見たよ。最初は面白そうって思うんだけど、だんだん恐ろしくなってくるんだ。自分が見たのは自律型じゃなく遠隔操作だったけど
- これは大規模イベント業界全体の流れでもある。コンサートホールやスポーツスタジアム、大型施設では、顔認識技術の導入が進んでいるんだ。表向きは安全対策だけど、個人データの追跡や顔情報の保存、データ販売、AI学習への利用にもつながる。マディソン・スクエア・ガーデンのオーナーは、この技術を使って自分を批判した人の入場を拒否したとして問題になった
- これは同意なしで何テラバイトもの顔データを集める装置だろう。スタジアムの利用規約で許可されているなら別だけど
- 正直、そんなものは必要ない。普通の固定監視カメラの方が効率的
- こいつらは絶対にそのうち川へ投げ込まれるか火をつけられると思う
- ディストピアを楽しんでくれ。私はヨーロッパから観戦してるよ
イベント会場の警備にロボット犬が向いている理由
大規模なスポーツイベントでは、観客の多さだけでなく、会場内外の構造も警備の難しさにつながる。
通路や駐車場、地下通路、搬入口、さらには放送設備や空調・ボイラー設備など、人の目だけでは確認しきれない場所も少なくない。
イベント会場でロボット犬に期待されているのは、人間のアクセスが難しい場所や危険な場所に入り、情報を持ち帰る能力である。
ロボット犬はそうした場所に入り、実際の映像やセンサーによる情報を送ってくる。人間に代わって判断するのではなく、人間が判断するための材料を集めるデバイスとしての役割と言えるかもしれない
こうしたロボット犬の導入は、ワールドカップが初めてというわけではない。アメリカでは、モータースポーツの祭典「インディアナポリス500」の会場でも、ロボット犬が警備に使われたそうだ。
また、アトランタのメルセデス・ベンツ・スタジアムでは、「Benzie」と名付けられたロボット犬が夜間の警備巡回に使われているという。
日本では警備ロボットは車輪型が主流
では、我が日本ではどうだろうか。日本でも一応、警備ロボット犬の実証や試行は進んでいるらしい。
中部国際空港では2024年、Spotを使って空港警備業務の一部を代替できるかを検証する実証実験が行われた。
ただし、その後ロボット犬が実際に警備用として導入されたという発表は、今のところないようだ。
むしろ日本では、犬型ロボットよりも車輪型の警備ロボットの方が人気らしく、空港や駅、オフィスビル、商業施設などで実際に運用されている。
おそらく日本での需要は屋内施設の巡回が中心なので、車輪型で十分なケースが多いのかもしれない。
屋外や段差、階段などが多い環境や、武装した相手や爆発物と対峙する可能性を前提とする海外とでは、そもそも警備ロボットに求めるものが違うのだろう。
ロボット犬がワールドカップの安全確保を支援
今回の2026年FIFAワールドカップは、2026年6月11日~7月19日にかけて開催予定である。
ダラスのIBCはアメリカだけでなく、カナダやメキシコでの試合も含め、大会全体の放送を担う国際放送センターだ。
また、メキシコでは治安に対する不安もぬぐえない。特にグアダルーペ市のあるヌエボレオン州では、組織犯罪や強盗、カージャックなどへの懸念も大きいという。
FIFAの関係者は、ロボット警備犬の導入が、現場のスタッフや来場者をサポートしつつ、セキュリティ対策を強化することにつながると考えているそうだ。
4年に一度のサッカーの祭典、今年もぜひ無事に、安全に開催されますように。
References: Robot dogs to assist Mexican police during 2026 World Cup[https://www.trtworld.com/article/055979380832]











