初のアルバムにして2枚組の大作『PRESENCE / ABSENCE』を5月にリリースし、夏には同作を携えての全国ツアーで全国6都市を回るなど、2023年も様々な形で自身の音楽表現を届けてくれた声優楠木ともり。その充実した1年の締め括りとなるライブ“TOMORI KUSUNOKI BIRTHDAY LIVE 2023『back to back』”が、24歳の誕生日当日となる12月22日に、神奈川・パシフィコ横浜 国立大ホールで開催された。
ライブタイトルの“back to back”とは“背中合わせ”を意味する言葉。直前に配信リリースされた同名の新曲「back to back」と共に、彼女が改めて自身と“背中合わせ”の関係にあるファンへの想いを伝える、大切な一夜となった。

PHOTOGRAPHY
BY 西槇太一
TEXT BY 北野 創

所縁のアニソンカバーを含む、多彩な音楽表現で魅了する前半戦
毎年の恒例行事となっている楠木のバースデーライブだが、今年はワンマンとしては最大規模の会場での開催。なおかつ今回はライブに向けた新曲が事前に発表され、例年以上に期待が高まるなか、照明が暗転し、ライブはアンビエント風のSEで幕を開ける。その神秘的なサウンドは、これまでのライブでも聞き覚えのあるものだが、それにアレンジが加えられて徐々にスピードが速くなっていくと、そこからシームレスに繋がる形で1曲目「ハミダシモノ」に突入。ステージ中央に備え付けられたステップの最上段に立つ楠木の姿がバッとライトに照らし出され、鮮烈な登場を演出する。


前回のツアー“TOMORI KUSUNOKI LIVE TOUR 2023 『PRESENCE / ABSENCE』”では、アルバムのアートワークとシンクロした生花と造花をあしらったステージセットだったが、今回は鉄骨トラスなどが置かれた無骨でクールな雰囲気のステージで、背面に吊られた5面のスクリーンが各楽曲のイメージに合わせた映像を映し出す。そしてテクニカルかつエモーショナルな演奏で楠木の歌を支えるのは、菊池真義(Gt)、幡宮航太(Key)、宮本將行(Ba)、高尾俊行(Dr)の4名。彼女のライブではお馴染みのメンバーだ。

彼女のメジャーデビュー曲でもある人気曲「ハミダシモノ」(TVアニメ『魔王学院の不適合者』EDテーマ)を初っ端で披露して会場を沸かせると、続けざまに激情的なアップチューン「熾火」を投下。ピアノの印象的なイントロを経て、楠木が「いくぞ、横浜!」と呼び掛けると、客席からは大きな歓声が。ときに低くかがみ込み、ときに髪を振り乱し、感情のアップダウンを身振り手振りでも表現しながら激しく歌う、楠木の一挙手一投足から目が離せなくなる。


その後、手短かに挨拶し、大きな会場を見渡して「こんな景色は初めて見ます」と喜ぶと、続く「presence」では言葉にならない衝動を爽快に解き放つ。楠木の動きに合わせて客席も手を振り、「オイ!オイ!」と声を上げて盛り上がる。そこからmeiyo提供のカラフルなポップナンバー「StrangeX」に繋げ、柔らかなウィスパーボイスと“321”や“Upside Down”といった歌詞に合わせた愛らしい手振りで、観客をストレンジな世界へと誘う。ササノマリイとの共作曲「もうひとくち」では、ワウギターとリズム隊による溜めの効いた演奏が黄昏色のメロウグルーヴを紡ぐなか、チョコレートのように甘く繊細な歌い口で複雑な乙女心を表現。サビでは幡宮がコーラスを担当して、男女のやきもきとした関係性を描いた楽曲にひと匙の甘みを加えていた。

そして、今のシーズンにぴったりの“冬”を舞台にした楽曲「narrow」を歌唱。
ドリーミーなサウンドと、車のテールランプが並ぶ様を模したスクリーンの映像が、イルミネーションに包まれた冬の夜の街並みを想起させるなか、楠木は切々としたボーカルで楽曲の世界観を描き出す。その後のMCで「冬は“narrow”、夏は“眺め(の空)”でいきたい」と語っていた通り、彼女の冬のライブの定番曲として、これからも長く愛されることだろう。

「ここからは落ち着いた曲を」ということで、それまでのライブで総立ちになっていた観客に着席を促したのち、アコースティック編成で2曲を届ける。まずは彼女のバースデーライブでは恒例となっているカバーソング。今回取り上げられたのはAimer「Deep down」。楠木がマキマ役で出演するTVアニメ『チェンソーマン』の第9話EDテーマとしても知られる楽曲だ。
闇の中に青いライトが射しこむステージ上で、言葉の1つ1つを丁寧に、かつエモーショナルに紡いでいく楠木。フレットレスベース特有の浮遊感のある響きやリリカルなピアノと共に、ゆっくりと深淵へ沈み込んでいく。続いて披露されたのはCö shu Nieが楠木のために書き下ろした「BONE ASH」。パーカッションや強く打鍵されるピアノが感情の高まりを後押しするなか、彼女はファルセットを交えながら優美かつ狂おしいまでの表現を見せつけた。

そして、しばしの沈黙を置いて、「バニラ」が歌われる。白いライトが作り上げる光の景色、大河のように大きくうねる演奏、ノスタルジックな感傷を纏った繊細で力強い歌唱。
特に終盤、落ちサビで彼女1人がスポットライトに照らし出され、ラスサビと共にステージが一気に光に包まれる照明演出と、胸元に手を当てて一拍空けた後に、優しく紡がれた最後の一節“添えよう”という言葉は、残り香のように深い余韻を与えてくれた。

アーティスト・楠木ともりの“第二章”を告げる、“背中合わせ”の関係が生む“強さ”
自身にとってもファンにとっても大切な楽曲に育っている「バニラ」を、渾身のパフォーマンスで歌い切った彼女は、その後、今回のライブタイトル“back to back(=背中合わせ)”に込めた意味について、静かに語り始める。前回のツアーのMCで「みんなの“居場所”を作り続けたい」と宣言した彼女。必要とされず不安を抱える人も「ここにいてもいいんだ」と感じられる居場所。もちろん楠木とファンにとってはライブがその“居場所”になるわけだが、彼女はそれだけでは足りないと語る。友達でも家族でもなく、普段は違った場所で過ごして、違った景色を見ている楠木とファン。
「もちろん、みんなのことを知りたいなと思うけど、みんながどんな思いで頑張っていて、どんな思いで生きていて、どんな思いでここに来たのか、全部を知ることはできないじゃん?」――そんな関係性を「私たちはずっと“背中合わせ”で生きているんだろうな」と表現する。

楠木がここで語る“背中合わせ”の関係性とは、相容れない者同士を意味するのではなく、“背中”という普段は隠している“弱さ”をお互い見せ合える関係のこと。彼女自身、普段は元気で明るい印象が強いが、自分のファンだけが集うワンマンライブでは、時折弱い部分や本音を素直に吐露してくれる(もちろん元気で明るい一面も存分に見せてくれる)。彼女は会場に集ったファンのみんなに向けて、「私にとって“あなた”は、ものすごく頼もしいヒーローだと思っています」「みんなにずっと助けられて、今日まで来ています」「“どうしよう?もうダメかも……”っていうときに温かいメッセージをくれたり、(自分のことを)見てくれているんだなって思うくらい、いつも支えてもらっています。いつもありがとう」と感謝の気持ちを伝えると、それに続いて「だから私も、みんなの“背中”を守れるヒーローになりたいんですよ」と、自身の目標を口にする。

「生きるのがしんどいとき、頑張りたいとき、目標があるとき、幸せになりたいとき、私の“背中”を頼ってください、とパフォーマンスで示せる関係性でありたい」。

「ライブじゃないときも、離れていると感じるときも、そばにいる、後ろにいる、弱いところを守ってくれているんだ、って感じてもらえるように頑張りたい」。

そんな思いを込めたのが、今回のライブタイトルであり、自ら作詞・作曲した新曲「back to back」なのだと言う。彼女は「今までは“寄り添う”と言ってきたけど、お互いに背中を守り合う、そんな“あなた”と“私”の新しい関係値を作り出す、楠木ともりのアーティストとしての“第二章”の始まりのライブにしたいと思っています」と宣言。楽曲を通してファンに“寄り添う”だけでなく、お互いに支え合いながら一緒に“居場所”を作り上げていく関係性へ。それが彼女の新たなアーティスト活動の指針なのだ。

その最初の一歩となる新曲「back to back」を歌う前に、楠木は観客に後ろを向くようにお願いして、みんなの背中をその目で確かめる。「今、私からは、みんなの力強い背中が見えています。めっちゃ大きく見えています。そんな背中に向かって、エールを込めて歌うから」。そして「みんな声出せますか?」「私の背中、守ってくれる?」と呼び掛けると、客席からはヒーローたちのひと際たくましい声が上がる。そして「back to back」をライブ初披露。これまでになく真っ直ぐで情熱的なロックチューンに仕上がっている本楽曲には、みんなで“Wow Wow”と歌ったりコール&レスポンスできるパートが含まれており、予習万全のオーディエンスは初っ端から大声で大合唱する。楠木の「歌って!」「もっと!」という声を受けてさらに声のボリュームが大きくなり、一体になっていく会場。それと呼応するように楠木の歌声も一層パワフルになり、思い出せばいつでもそばにいることを感じられる、最高の“居場所”を一緒に作り上げた。

「みんな最高!」と満面の笑みで喜ぶ楠木は、そのままの流れでタオルを手に持って「僕の見る世界、君の見る世界」を歌唱。サビではファンも笑顔でタオルを振り回して、晴れやかな景色が広がる。Dメロで「歌を聴かせて!」と客席にマイクを向け、ラスサビの入りでは銀テープが発射。この日一番と言っても過言ではない盛り上がりを見せる。そして「最後の曲、みんなで温かく楽しみましょう」と告げると、満ち足りた日々を思う歌「タルヒ」を披露。ドリーミーなギターポップと優しい歌声が心のつららを溶かし、会場全体が温かなムードに包まれるなか、ライブ本編は幕を閉じた。

アンコールは嬉しいサプライズでスタート。楠木がフィーチャリングボーカルとして参加したMIMiNARIの楽曲「眠れない feat.楠木ともり」がライブ初披露される。ステージ中央のステップの上に登場した彼女は、マイクスタンドを用いてパフォーマンス。生演奏ながらもテクノポップっぽいタイトなグルーヴに癒し効果抜群のウィスパーボイスが絡み合い、心地良い磁場が発生する。楠木がコマリ役で出演するTVアニメ『ひきこまり吸血姫の悶々』のEDテーマということもあり、ファンには嬉しいプレゼントになった。

続いてチルなムードを纏った「よりみち」を披露。ハンドマイクを持ってステップから降りてきた彼女は、寄り道して夜の街の散歩を楽しむような歌詞の世界観に合わせるように、ステージを左右に歩き、ときにクルッとターンしながら、ご機嫌な雰囲気で柔らかな歌声を会場に降り注ぐ。そして今度は楠木にサプライズ。この楽曲は途中に留守番電話のメッセージが流れる箇所があるのだが、そのメッセージの内容がいつもとは違うものに。「ただいまバースデーライブ中で電話に出られません。本日は楠木ともりさんの誕生日です。皆さまからのお祝いメッセージをどうぞ」。そして観客が一斉に「24歳、おめでとー!」とお祝いの言葉を投げかけ、楠木は突然のことに驚きながらも「ありがとー!」と応える。さらに留守電のメッセージが「もう一度聞きたい場合は1を、電話を終了する場合は2を選択してください」と続け、楠木は「1!」と即答。再び客席から祝福の声が届けられる。それらのメッセージは楠木の心のメモリーに保存され、そのまま「よりみち」の続きからライブを再開。その後も楠木が客席に向かって「歌って」とお願いしてみんなで合唱するなど、いつも以上に親密なムードの「よりみち」となった(なお、観客には会場の張り紙で事前にサプライズ演出が伝えられていた)。

その後、キーボードの幡宮がいつの間にか消えたと思ったら、突然ステップの上に登場。彼の「恒例のあれを歌うぞー!」という音頭に合わせて、バンドがパンキッシュな演奏で「ハッピーバースデートゥーユー」を奏で始め、みんなで大合唱(特に幡宮のファルセットボイスがインパクト大だった)。ケーキも運ばれてきて、楠木の誕生日を祝う。彼女は「歴代で一番びっくりした」「この日が24歳のピークなんじゃないか(笑)」と笑いつつ、改めて感謝の気持ちを会場のみんなに伝えた。その後、恒例のツアーグッズ紹介で会場のファンに直接話しかけたりしながらたっぷり交流(この時間も楠木のライブの醍醐味のひとつになっている)。さらに次の“居場所”の約束として、2024年夏に東京・日比谷公園大音楽堂(日比谷野音)と大阪城音楽堂(大阪城野音)でライブを開催することを発表する。そしてこの日のライブはフィナーレを迎えることに。彼女はゆっくり、そしてしっかりと、ファンに向けて言葉を紡ぐ。

「このライブが終わると、また“背中合わせ”の毎日が始まります。私も、正直怖い。楽しいんだけど、何があるかわからないから。自分がどんな人になっていくのか、どんな声優アーティストになっていくのかわからないから」。

「また次の夏まで、離れてしまう日が続きます。でも、そうなったら思い出してね。私はみんなの背中を守ってるからね。そして、もう限界だっていうときに、またここで、笑顔を見せに来てください。毎日の嫌なことを吹き飛ばして、一緒に素敵な思い出、作りましょうね!」。

「毎日1人で頑張ってる“あなた”へ、“私”へ、この曲を歌って、最後にしたいと思います」と語り、楠木がこの日の最後に歌ったのは、敬愛するハルカトミユキから楽曲提供を受けた「それを僕は強さと呼びたい」。澄んだ空気を思わせる清廉なサウンド、不器用でも懸命に日々を生きる人の胸に刺さるメッセージ、楠木の凛とした歌声。それらが一体となって風のように吹き抜けていく。お互い見ている世界は違っていても、“楠木ともり”という温かな灯りを通じて、心を通わせ合っている人々の背中の間を。それらの“背中”を重ね合わせることで、“弱さ”が“強さ”になることを、彼女はこの先のアーティスト活動で証明していくことだろう。

<セットリスト>
M1. ハミダシモノ
M2. 熾火
M3. presence
M4. StrangeX
M5. もうひとくち
M6. narrow
M7. Deep down (cover)
M8. BONE ASH
M9. バニラ
M10. back to back
M11. 僕の見る世界、君の見る世界
M12. タルヒ
EN1. 眠れない/MIMiNARI feat.楠木ともり
EN2. よりみち
EN3. それを僕は強さと呼びたい

上記セットリストのプレイリストはこちら

●イベント情報
2024年夏、日比谷公園大音楽堂&大阪城音楽堂にてライブ開催!
詳細は後日!

関連リンク
楠木ともり オフィシャルサイト
https://www.kusunokitomori.com/

楠木ともり オフィシャルX(旧Twitter)
https://twitter.com/tomori_kusunoki

楠木ともり オフィシャルYouTube
https://www.youtube.com/channel/UCYU-61cZHXE0P48ZCxvs4cQ