去年5月、京都府内に住む30代の女性は分娩中の事故で、お腹のなかで赤ちゃんを亡くしました。女性は当時の病院の対応に違和感を抱き、SNSを通じて情報発信を続けるとともに、分娩でわが子を亡くした遺族と交流しています。
なぜわが子は亡くならなければならなかったのか。そしてどうすれば同じような事故は防げるのか。
模索を続ける女性の思いを取材しました。
「ひだまりのように暖かい子」思いを込めた名前
「そして月曜日、りんごをひとつ見つけて食べました」
保育器のなかに入った男の子。「ひだまりのように暖かい子」という思いを込めて、「暖(だん)」と名付けられました。暖ちゃんは出産中に命を落としましたが、一緒に過ごせるわずかな時間を大切にしようと絵本を読んだといいます。
(Aさん)「一人の人間の人生を丸ごと奪った」
京都府内に住む30代のAさん。おととし秋、新たな命を授かりました。時折感じる胎動でわが子の成長を感じていました。
(Aさん)「大きな胎動というよりは体をうーんと伸ばして、その腕や手が当たる。おっとりのんびりとした子なのかなと」
陣痛ではない継続した痛みが…感じた“異変”
通院していたのは自宅近くにある産科クリニック。妊娠の経過は順調で去年5月、出産の日を迎えます。
Aさんは無痛分娩を選んでいて、手術室に入ると、麻酔と陣痛促進剤の投与が始まりました。
しかし、母体や胎児の心拍を示すモニターに異変がー
(Aさん)「何度もアラームが繰り返し鳴りまして。
それでも分娩は続き、おなかを押すなどして母体から胎児を出そうとしますが、難航します。さらに、Aさんは強い痛みに命の危険を感じて、帝王切開するよう訴えたといいます。
(Aさん)「陣痛ではない継続した痛みを感じるようになった。意識が遠のいていく感覚に恐怖を覚えて、『おなかを切ってください』とお願いしました」
胎児は死亡し子宮破裂…「なぜこんなことに」
Aさんは緊急搬送され、すぐに意識を失ったといいます。
夫が搬送先の病院で告げられたのは、胎児は搬送前、母体内で死亡していたこと、Aさんも子宮が破裂していたことでした。
(Aさんの夫)「保育器に入った動かない赤ちゃんが運ばれてきて頭が真っ白になりました」
(Aさん)「涙は出るんですけど、悲しいのか何なのか。なんでこんなことになってしまったんだろう」
さまざまな医療行為が「標準の範囲外」
その後、遺族の訴えなどもあり、京都府医師会の外部委員による調査が行われます。
報告書では、母子の心拍を表示するモニターの「判読誤り」や「アラームへの対応」などさまざまな医療行為について、医学水準から逸脱し適切でないことを意味する「標準の範囲外」だったと指摘しています。
そのなかでAさんは子宮を収縮させて陣痛を促す「陣痛促進剤」の投与に疑問を感じています。
(Aさん)「陣痛促進剤の説明は一切なかったので。そもそも入っているのかどうか私たちは認識はしていなくて」
報告書では、文書による同意がなかったこと、そして、分娩の進行を見守ることなく、陣痛促進剤を投与したことなどを「標準の範囲外」とした上で、「陣痛促進せず自然に分娩の進行を待ったならば安全に娩出できた可能性がある」と結論付けました。
陣痛促進剤 無痛分娩ならではの難しさも
その「陣痛促進剤」、麻酔で陣痛が弱まる無痛分娩では使用されるケースもあるといいます。ただ、投与する量や回数が多すぎると母体の子宮が破裂するなどのリスクがあり、現場では細心の注意を払いながら使用するといいます。
(国立成育医療研究センター・和田誠司医師)
「陣痛促進剤に抵抗を示される方もいるので、陣痛促進剤を使う場合は同意を得るのが一般的です」
さらに、「陣痛促進剤」の効き目は個人差が大きく、無痛分娩ならではの難しさもあるといいます。
(国立成育医療研究センター・和田誠司医師)
「無痛分娩をしていなければ妊婦の表情も陣痛の強さを表す指標かもしれない。
クリニックを刑事告訴「命を扱う現場の責任者として大きな問題」
無痛分娩中に暖ちゃんを亡くしたAさん。クリニックの対応に過失があったとして、刑事告訴しています。
(Aさん)「陣痛促進剤は人によって感度がまったく違うことをあとで知りまして。そこに対する認識の甘さは命を扱う現場の責任者として大きな問題があると思っています」
MBSはクリニックに複数回取材に出向きましたが回答はありませんでした。また、クリニック側の弁護士にも取材を申し込み、この件に関しての見解を聞きましたが応じられないとしています。
無痛分娩の増加…事故の形にも変化を感じる遺族も
無痛分娩の現場で使われることもあるという「陣痛促進剤」。正しい理解を広めようと活動している遺族もいます。
看護を学ぶ学生に講演する、勝村久司さん。1990年、妻が出産中に同意なく、陣痛促進剤を投与され、長女を亡くしました。
30年以上、遺族の支援にあたっていますが、無痛分娩を選択する妊婦が増えるなか、事故の形は変わりつつあると感じています。
(分娩事故で長女を亡くした勝村久司さん)
「今までは『痛い痛い』と陣痛が異常だと子宮が破裂する前に訴えることができたので。まだ助かっていたかもしれない人も今は知らない間に子宮破裂しているという被害が起こっている。無痛分娩のお産の中身がきちんと一般の人に伝わっていないことを非常に危惧しています」
「生かされたものとして…」経験を伝える決意
わが子を失ってから二度目の夏。Aさんは自らの経験をSNSで発信し始めていました。
(Aさん)「暖くんが生きられたはずの未来にいるので、生かされたものとしてできることをやっていこうという思いです」
他の遺族とも交流 「次の事故を防ぐこと」思い新たに
SNSの発信をきっかけに、分娩でわが子を亡くした遺族とも交流するようになりました。産院から取り寄せたカルテなどを見せあい、出産当時の状況や今の思いを分かち合います。
(別の遺族)「搬送先の医師から『(胎児を)元気に取り出してくれていたら、今も元気に暮らしていたかもしれない』と言われて。それを聞いたときに…」
(Aさん)「やるせない気持ちになるよね。助けられた命だったという事実を突きつけられると、この産院を選んでしまったがために私が殺してしまったという気持ちはなかなかぬぐえない」
”母親”としてできることは、「次の事故を防ぐこと」。わが子がいない世界で、遺族は訴え続けます。
(Aさん)「私たちが被害に遭ったのは情報を得られなかったことが大きくて。正しい情報さえあれば(この産院を)選んでいなかった。私の身に起きたことはすごく特別なことではなくて、いつでも誰にでも起こり得ることだと伝えたい」
無痛分娩は増加傾向に リスク含め納得感ある選択を
無痛分娩中に起きた今回の事故。無痛分娩は、陣痛や出産の痛みを和らげることから、産後の回復が早くなるほか、持病がある妊婦らにとっては、出産をめぐる心や体への負担を軽くするなどのメリットがあります。
一方で、無痛分娩では麻酔の影響で陣痛が弱まったり「いきみ」にくくなったりして分娩が長引く場合もあります。そのため、子宮の収縮を促して分娩を進める陣痛促進剤が使用されるケースが多くなっています。
ただ陣痛促進剤は、過去に母体の子宮破裂につながったなどのケースが報告されていることから、投与後に妊婦や胎児の状況や経過を確認するとともに、妊婦や家族がリスクも含めて納得したうえで使うことが大切だと指摘されている薬剤です。
しかし遺族は、「今回の事故ではこうした基本的なルールが守られていなかった」として、担当医師を刑事告訴しました。医療事故を刑事事件として立件することには高い壁があるという現状を理解しながらも、再発防止のために自分たちの経験を伝えたいと考えたといいます。
取材したMBSの齊藤初音記者は「分娩事故を含む医療事故というのは証拠が揃わず、刑事でも民事でも泣き寝入りをするパターンが多い」と指摘。そのうえでAさんたちが、刑事告訴に踏み切った背景については「別の遺族と話し、互いの胸のうちを知るなかで、より多くの人に自分の身に起きたことを伝えたい」という気持ちが強くなったと説明しました。
すべての分娩に占める無痛分娩の割合は年々増加しています。出産の形の選択肢が増えるなか、それぞれの選択肢についてリスクも含めた正しい知識を知り、それぞれが納得感をもって選択していくことがこれまで以上に求められているといえそうです。

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