しかし現在の状況を冷静に見つめると、AdobeによるFigma買収計画の最終的な破綻、そしてAdobe XDの事実上の開発終了という業界の大きな転換点を経て、Figmaは依然としてWebデザイン領域において不動の地位を築いています。
本記事は、これらの革新的な新機能の中でも、特にデザイナーコミュニティから最も高い関心を集めている「Figma Draw」をピップアップして紹介する分析記事です。今回は、Figma Drawがベクター描画ツールのデファクトスタンダードとして君臨するAdobe Illustratorの代替ツールとなり得るのかといった問いに答える形として、その機能や特徴を比較して検証していきます。また、この機能強化がFigmaの戦略的方向性に与える影響、そして生成AI技術が急速に浸透する現代において、Webデザイナーが歩むべきキャリアパスの変化についても深く掘り下げて解説いたしますので、ぜひ参考にしてみてください。
目次
Figma Drawとは:まずは基礎知識を身につける
まず、導入としてFigma Drawに関する基礎知識について説明します。▶Figma Drawとは

以下がConfig 2025におけるFigma Drawに関する解説の動画とConfig 2025で発表された新機能すべてき関するリリースノートになります。日本語でも視聴できるようになっていますので、興味のある方はチェックしておきましょう。
※参照ページ:Config 2025で発表したすべてのもの(Figma公式リリースノート)
▶Figma Drawを利用する手順
Figma Drawを利用する手順について、簡単に説明しておきます。


Figma Draw vs. Illustrator:徹底比較で違いを浮き彫りにする
Figma Drawでのベクター描画の手順や手法については、すでに多くのデザイナーが情報を発信していますのでそちらを参照いただくとして、本記事では、ベクター描画、データ運用、主な用途、ファイル互換性と資産活用、コストパフォーマンスの5つの側面において、Illustratorの代替になるのかという観点で両者を比較検証し解説します。▶ベクター描画での比較


一方で、Illustratorはプロフェッショナルな印刷物や高度なベクターグラフィックス制作に特化しており、豊富な描画ツール、詳細なパス制御、複雑なレイヤー管理、タイポグラフィの微調整など、精密なグラフィック表現に強みがあります。純粋な描画・加工の柔軟性ではIllustratorに軍配が上がるでしょう。ただ、デザイナーがWeb用のアセット素材を作るという用途では、Figma Drawは十分な機能を備えており、この点においてはIllustratorの代替になり得ると考えられます。

▶データ運用での比較
Figma Drawで作成したデータは、Figmaというオンラインツール上で運用されることを前提として設計されています。

▶主な用途での比較
Figma Drawは、UI/UXデザインを主軸とし、アイコンやイラストをFigma内で完結させたいチーム、リアルタイムコラボレーションが必須のプロジェクト、デザインシステム構築と連動したベクターグラフィック制作に適しています。学習コストを抑えたい新規クリエイターや中小規模のチームにとっても、有力な選択肢となるでしょう。Figmaは豊富なプラグインやAPI連携が可能で、他のクラウドサービス・開発ツールとの親和性が高いのも特徴です。
一方、Illustratorは、DTP(印刷物)用途、ポスターなどの高精細な大判グラフィックス制作、ロゴデザイン、高度なイラストレーション、複雑なパス操作が求められる専門性の高いアートワークに関しては依然として強みを持っています。Figma DrawでもフレームをPDFとして出力できますので印刷用途に利用は不可能ではありませんが、カラープロファイルもWebでの利用を想定した種類のみで限定的である点を考慮すると、カラーマネジメントや出力品質が非常に重要な場合もIllustratorは必須のツールです。

▶ファイル互換性と資産活用
実際にIllustratorからFigma Drawに移行すると仮定して、そこで起こる問題も考えてみましょう。IllustratorからFigma Drawへの移行を検討する際、既存のデータ資産の活用は大きな課題です。Illustratorで作成された.aiファイルはFigmaで直接開けません(現時点で.aiファイルを直接開けるツールは存在しません)。仮に将来的に.aiファイルが開けるようになっても、レイヤー構造などが崩れる可能性が高く、これまで作成したIllustratorのデータ資産をそのまま活用することは難しいでしょう。Illustratorで作成したブラシやスタイルなどのアセット素材も、Figma Drawで直接利用できません。



▶コストパフォーマンス(価格)での比較
Figmaは無料プランがあり、基本的なデザイン作業や小規模なプロジェクトであれば追加費用なしで利用可能です。Figma Drawの機能も無料で利用できるため、デザイン初学者のベクター描画学習ツールとしては最適な選択肢の一つです。
一方、IllustratorはAdobe Creative Cloudの一部として提供され、月額または年額のサブスクリプションが必要です。無料でも利用可能で、比較的良心的な価格帯のFigmaに対し、Adobe Illustratorは高価格帯になります。Adobeにはフォトプランなどもありますが、IllustratorやInDesignなどDTP分野のバンドルプランは現時点で提供されていません。そのため、Webデザイン領域がメインのデザイナーにとって、Figmaと、その他の買い切り・フリーソフトを活用して業務を遂行したいと考える方がいるのは当然です。もちろん、Adobeには学割プランなどもあり、デザイナーとして目指す方向性によってはCreative Cloudに加入した方が可能性がより広がるでしょう。
▶ここまでの整理:Figma DrawはIllustratorの代替ツールになるのか
ここまでの比較検証から、Figma Drawは、Illustratorなどのベクター描画ツールでなければ難しかった、キャラクターイラスト、毛筆的表現、ハンドレタリング、カリグラフィーといった表現豊かなベクターのアセット素材を、Figmaのエコシステム内で直接作成・完結できるようにするために追加された機能だと考えられます。そのため、Figma DrawはIllustratorの完全な代替とはなりません。
しかし、Adobe Creative Cloudのサブスクリプションコストに課題を感じるデザイナーや企業にとって、Adobe製品からの部分的な「離脱」を支援するツールにはなり得るでしょう。特にWebデザインに特化したデザイナー、デザイン事務所、デザイン部門などでは、Webアセットの多くをFigma Drawで完結できるようになるため、Illustratorの契約台数を減らすといったコスト削減対策に役立つ可能性を秘めています。
ただし、後述するように、今後のWebデザイナーのキャリアパスを考えると、AIコーディングツールなどの新たな技術導入に伴い、別の課金が必要になる可能性も予測されます。
Figmaの展望:今後の戦略を分析
Adobeによる買収が破談となった後のFigmaは、Webプロトタイピングツール、WebオーサリングツールといったWebデザイン領域で覇権を握ったといっても過言ではありません。しかし、そのFigmaの天下も生成AIの急速な進化によって安泰ではなくなってきています。生成AIツールの台頭で、Figmaの競合環境は変化しており、従来のCanvaやAdobeといったデザインツールだけでなく、AIを活用したコーディングツールが新たなライバルとして浮上しつつあります。加えて、Webデザインの分野、特にコーポレートサイト、オウンドメディア、ECサイト、LPといった一般的なWebサイトにおいては、すでに一定の「最適解」や「成功パターン」が確立されており、なおかつモバイルフレンドリーであることが非常に重要な要素となっているので、独自性よりも効率性や機能性が重視される傾向が強まっています。
こうしたトレンドの中で、Webデザイン領域に今後起こる更なる変化は、主に3つの要素があると思われます。1つ目は、AIコーディングの登場によって、Webデザイナーがワイヤーフレームやプロトタイプを作成したり、HTML/CSSを直接書くといった実作業の機会は減少してくるといった変化です。2つ目はUI/UX的なデザイン領域で、エンジニアとの境界線が曖昧にになっていく変化です。そして3つ目が、レイアウト中心のデザインから、ロゴデザインや素材などのアセットデザインなど、より「本質的な部分」のデザインとしてグラフィックデザイン的な役割へと回帰していくといった変化です。こうしたグラフィックデザイン的な役割への回帰といった側面で問われるのは、「紙のメディア」で培われてきたような、タイポグラフィ、色彩設計、イメージング、ロゴデザイン、そして壁紙やブラシといった素材のアセット作成など、より根源的なデザインスキルになるでしょう。

そのため、Figmaは生成AIツールだけではなし得ない、人間のデザイナーでなければ実現しにくいFigma Drawのようなベクター描画機能の追加は必要不可欠な強化であったのです。




Figmaの新機能で見えてきたWebデザイナーの将来
最後に、Figmaの新機能で見えてきたWebデザイン分野の将来の展望と、Webデザイナーのキャリアパスを分析しておきましょう。▶どのサービスに投資(課金)すべきか問題
AIの進化は、Web制作におけるクリエイティブ分野に大きな変革をもたらしています。例えば、Webライティングは既にコモディティ化(サービスの品質や内容に差がなくなり、価格競争に陥りやすい状態になること)が済んでいますので、今度はAIによる代替で淘汰のフェーズに入り、トップ層の市場価値が高騰する一方で下位層はAIに仕事を奪われていくと予測されます。一方、Webデザイナーは生成AIによって、これからコモディティ化の波に直面すると考えられるため、トップ層も含め職種全体の市場価値が下がる可能性があります。このような局面では、どのツールをメインに使い、どのサービスに設備投資(課金)するかが、その後のキャリアパスを大きく左右するでしょう。

▶今後のWebデザイナーが想定しておきたい3つのキャリアパス
1.Figma×生成AI
1つ目は、Figmaと生成AIに課金する道です。エンジニアリング領域にも興味があるデザイナーは、生成AIを活用して設計・UI制作からコーディングまでをこなす「AI駆動型フルスタック」デザイナーを目指すという選択肢があります。ITベンチャーなどで活動するインハウスのWebデザイナーは、会社からこうしたキャリアアップを求められる可能性が高いでしょう。工業系の大学・専門学校でデザインを学ばれた方は、こちらのルートのほうが適性が高いかもしれません。
2.Figma×Adobe Creative Cloud
2つ目は、FigmaとAdobe Creative Cloudに課金する道です。純粋なデザイン作業を好むデザイナーは、グラフィカルな造形クリエイターへ回帰し、Web領域とDTP領域の両方を賄える人材になっていく必要があります。フリーランスのデザイナーは、現場のデザイナーとしてして生きたいと考える方が多いと思いますので、Adobe Creative Cloudを切り捨てて生成AIに全振りするよりも、現在の活動を継続していく可能性が高まります。美術系の大学・専門学校でデザインを学ばれた方は、こちらのルートのほうが適性が高いかもしれません。ただし、DTP・グラフィックデザイン分野は印刷技術や特殊加工の習得が必要で、市場規模が縮小する中で、既存の専門デザイナーと競合していくため参入は極めて困難なルートであると考えられます。
3.Canva中心
3つ目は、Canva中心の薄利多売型のデザインワークへ進む道です。在宅ワークとしてのクリエイティブワークに魅力を感じてWebデザイナーになった方の中には、様々な事情により、上記の「重量課金」を伴うルートを選択できない方も少なくないでしょう。本連載でも触れてきましたが、日本のジェンダーギャップや社会インフラの脆弱性が主な要因となって、子育て世代を中心に在宅ワークへの過度な期待と憧れによる需要が現在も高まり続けています。AIが単純労働やWebライティングを代替すると予測される中、在宅ワークとして残るクリエイティブワークは、Webバナーデザインや小規模なポスター作成などの簡易的なデザインワーク、動画編集といった分野に限定されると考えられます。Canvaを使った簡易デザインワークは、この在宅ワークの「受け皿」となる領域です。Webライティング市場で起きた「文字単価0.5円」のような価格破壊が、簡易デザインワークでも起こり得る可能性は高く、それがデザイン領域全体の価格相場に影響を及ぼしていくかもしれません。このルートを選択する際も、Figmaの無料プランや低価格帯のプランを最大限活用することは非常に有益です。
こうした今後のWebデザイナーが選択をせまられるキャリアパスのルートとAdobe IllustratorからFigmaへの以降はかなり限定的な環境に限られるという点を考慮すると、Figma Drawをはじめとした新機能は、Figmaと生成AIに課金してAI駆動型の「フルスタック」デザイナーを目指すルートを選択するメリットを強化してくれたと考えるのが妥当でしょう。視覚的なクリエイティブ要素は薄まりますが、Webデザイナーが目指すべき将来像として一番可能性に満ちているのが、新しい意味での「フルスタック」デザイナーのルートであると考えられます。
▶コモディティ化されるWebデザイン領域は限定的
もう一つ重要な展望として考えておきたいのは、生成AIによってDTP領域を専門とするデザイナーがWebデザイン領域へ進出しやすくなったのかといった問題です。コーディングスキルはなくてもデザインは可能になっていくので、一見容易になっていると思われがちですが、それは中小規模の事業案件のみのことでしょう。Webデザイン領域とエンジニアリング領域が融合しつつある局面であるため、高単価なWebデザイン領域への進出はこれまでの経験値の蓄積が重要となり、逆にWebデザイン領域への転身は困難になっていく可能性が高いように思われます。
最後に、ここに挙げた3つのルートとは異なり、大企業のインハウスデザイナーは、Figma、Adobe、Canva、生成AIといったいずれのツールも使いこなしていかなければいけなくなるだろうということも補足しておきます。
まとめ
本記事で検証したように、Figma Drawが登場しても、Adobe Illustratorからの完全な離脱はごく一部の領域を除いて現時点では難しいことがわかりました。しかし、この新機能がツールを横断せずにデザイン制作の幅を広げ、デザイナーの生産性向上と創作の自由度を大幅に向上させ、なおかつWebデザイナーのコスト的な負荷を軽減する有益なツールであることは間違いありません。クリエイティブツールは、クリエイターにとっての仕事道具です。多くの工芸職人が道具にこだわるように、コスト面だけでなく、その使い勝手やツールを使って制作される成果物のクオリティを考慮する姿勢は、デジタルツールにも不可欠です。数多くのSaaSサブスクリプション地獄に嫌気が差すこともあるかもしれませんが、かつてのデザイン現場や他の職種と比較すると、初期投資やランニングコストはむしろ下がっているという見方もできます。
また、職人として道具にこだわる重要性がある一方で、デザイナーとしての適性はツールを使いこなせるかといった部分ではなく、本質的なデザイン知識やスキルに根ざしたものでなければならないということも再認識しておかなければいけません。Figmaの今後の動向やWebデザインのトレンドを素早くキャッチしながらも、クリエイターとして自己研鑽していくことが、生成AI時代を生き残る上で大切だと思われます。Figma DrawがあればAdobe Illustratorはいらないといった短絡的な視野にとどまるのではなく、なぜFigma Drawのような機能強化がなされたのかを明確に捉えることが重要ではないでしょうか。本記事が、そうした視点の参考の一つになれば幸いです。
