柴川淳一[郷土史家]

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634メートルの高さを誇る「東京スカイツリー」を冒頭シーンに描いて、板垣恵介の漫画「刃牙道」は再開した。板垣恵介は陸上自衛隊習志野空挺団(パラシュート部隊)出身の元ボクサー(国体選手)で、武道研究家、格闘家、漫画家である。
「グラップラー刃牙」が代表作だ。

その彼が現在、秋田書店の「週刊少年チャンピオン」連載中の作品が「刃牙道」。この漫画のファンは幅広く、層が厚い。漫画の内容説明や寸評はなかなか出来ないように思う。

板垣恵介は「刃牙」という格闘少年の物語を描き切ったとして、一度休筆した。しかし、描きたいテーマが見つかったとして、物語を再開した。そして「東京スカイツリー」の634メートルという高さである。634は「武蔵」を暗示している。武蔵の国のイメージらしいが、板垣恵介は現代に蘇る「宮本武蔵」を描き出そうとしている。

圧巻は「刃牙道」単行本第8巻第68話「佐々木某」である。国家権力に比肩するほどの私的権力を有する徳川老人が現代に蘇った武蔵に質問する。

 「かの天才美剣士佐々木小次郎は剣豪武蔵の好敵手だったのか?」

対する武蔵。
考え込む。徳川老人の質問を含め8ページ分考えている。というより、一所懸命、自分が倒した果たし合いの相手を記憶の底から、引っ張り出す風情。

畳み掛ける徳川老人の台詞。

 「佐々木小次郎とは宮本武蔵にとって宿命の好敵手ではなかったのか?」
 「巌流佐々木小次郎とは宮本武蔵にとって最大の強敵ではなかったのか?」

対する武蔵の答え。

 「いやぁ~…普通だな。」
 「特に弱いというわけではないが…かと言って特別に~。」

このへんが板垣恵介の板垣恵介たる由縁だ。板垣恵介は、吉川英治が昭和10年、新聞に連載発表した「小説宮本武蔵」による日本人の80年間に及ぶ武蔵への誤解を解くつもりなのだ。

本家・吉川英治氏が「小説宮本武蔵」は「自分の創作だ」と説明しているにも関わらず、我が国の中学校の社会科の先生ですら、「宮本武蔵は巌流島で佐々木小次郎と決闘した武士」という認識である。

筆者が以前、「<逃亡した武蔵や小次郎がいない史実?>吉川英治の「宮本武蔵」は創作だからこそ面白い」(http://mediagong.jp/?p=10872)と書いたことの答えを漫画家板垣恵介は描き出してくれようとしている。

これがかなえば日本人は80年間に及ぶ宮本武蔵に対する誤解から解放されるのではないか。

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