私が代表を務める介護者メンタルケア協会代表には、介護の末に看取りをされた方からのご相談が届くこともあります。

看取りの後は、介護を無我夢中で終えてほっとする反面、寂しさや苦しさ、後悔や怒り、自責の念といった感情が湧きます。

このような心の動きや変化を「悲嘆反応」といいます。悲嘆反応は、大切な人が亡くなった直後ではなく、数週間~数ヵ月経った後に起こりやすく、何年も経ってから突然あらわれることもあります。

今回は、母親が亡くなって1年以上経って、突然涙が止まらなくなってしまったSさんのケースをご紹介します。

【事例】Sさん(40代・会社員)のケース

関西在住のSさんは、脳梗塞で車椅子生活になった母を20年以上介護し、昨年看取りました。先の見えない介護生活が長年続く中で、仕事との両立に悩み、心身の限界を迎えていた頃、母親は脳梗塞の再発を起こし、意識が戻らないまま亡くなりました。

「こんなこと人には言えないけれど、悲しさよりもまず、ほっとしたんです。あのときは疲れ切って追い詰められていて、いっそのこと母を手にかけてしまえば楽になれるという考えが浮かぶほどでした。殺さずに済んだ、という安堵の思いが強かったんです」。Sさんは、当時の心境をそう振り返ります。

ところが、母親の一周忌を終えたある日、仕事から家に戻ったSさんは、玄関を開けて靴を脱ごうとした途端に、突然涙が止まらなくなりました。「仕事で何か問題があったわけでもないのに、どうしてだろう? 疲れているのかな?」と自分でも不思議に思いながら、眠る直前までずっと泣き続けたそうです。

20年以上介護した母親の急逝に「正直ほっとした」Sさん しか...の画像はこちら >>

さらに何日か過ぎ、職場の同僚が両親と温泉旅行に行った話を聞いていたとき、また涙があふれそうになったのです。Sさんはトイレに行くふりをしてその場を離れ、動揺を収めました。

その夜、Sさんは「元気なご両親と旅行に行けていいな…。母が病気をしていなかったら、私たちも旅行に行けたのかな…」と、同僚に羨ましさや寂しさを感じていることに気づいたといいます。

悲嘆反応が起きるのは自然なこと

Sさんの心の動きや状態は「悲嘆反応」から起きているものだと考えられます。悲嘆反応が起きているときは、自分ではコントロールできないほどの怒りに飲まれそうになったり、「あのときこうしていれば…」といった後悔や、「自分があんなことをしたからだ!」と自責の念で苦しくなります。

逆に、悲しさや寂しさを感じられず、反応が鈍くなることもあります。また、心の変化だけでなく、睡眠トラブルや、身体が重だるく疲れやすいなどの身体症状も同時に起きることが多いです。

この悲嘆反応は、一般的には近しい人が亡くなった直後よりも、数週間~数ヵ月後に顕著に現れるといわれています。悲嘆反応は病的なものではなく自然なものです。しかし、生活がままならないほどの心身の症状が生じている場合には、医療機関とつながり、専門的なサポートを受けることが推奨されています。

Sさんの場合は、突然涙が止まらなくなるなど、感情がコントロールできずに困る場面があるものの、トイレに行って気持ちを落ち着かせるなどの対応ができ、睡眠や食事などはしっかりとれている状態でした。

ただ「どうして今頃、母の死が辛くなるのか?」「1年も経っているのに泣くなんて、私はどうかしている」と自分の状態が受け入れられません。自己批判的な考えが頭を巡り続け、週末は何もできないほど疲れてしまっていました。

そこでSさんには「それは自然な反応なので安心してくださいね。

心が弱いからでも、感情がコントロールできていないからでもありません」とお伝えしました。

大切な人を亡くした後は、さまざまな手続きや片付けに追われ、悲しむ余裕を持てない方も多いものです。状況が落ち着いてほっとした瞬間に、悲しみや不安が解凍されたように蘇ることもあります。Sさんのように1年以上経ってから反応が起きることも珍しくありません。

特に、Sさんの場合は自分の時間を削って20年以上も母親の介護を続けておられました。最初は「もう介護をしないでいい」という安心感のほうが大きかったのでしょう。そしてある日、仕事から帰って真っ暗な家に入った途端、「もう何もしてあげられない」という無力感や孤独感が一気に押し寄せて来たのかもしれません。そうお伝えすると「今ようやく、母が亡くなった現実を受け入れられる心の余裕が持てたのかも…」と納得された様子でした。

自分のペースでゆっくりと感情に向き合おう

悲嘆反応が起きているとき、悲しみから抜け出さなければ、早く立ち直らなければと焦ると、かえって心身の負担が増えることもあります。むしろ「悲しいな」「辛いな」と誰かに話したり、ノートやスマホのメモに書き出したりするなど、感情に向き合う方が心の負担は軽くなり、回復にもつながります。

20年以上介護した母親の急逝に「正直ほっとした」Sさん しかし、1年以上経ってなぜか涙が止まらなくなり…原因は?【悲嘆反応】
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もし、「〇〇してあげられなかった」といった後悔や罪悪感の気持ちが起きたときは、「〇〇してあげたかった」と言い換えてみましょう。「もっともっと一緒に過ごしたかった」「そばにいてあげたかった」「旅行に連れて行ってあげたかった」といった言葉です。

自分を攻撃する自責モードから抜け出すきっかけになります。

誰かに話したいなという気持ちが湧いてきたら、その機会もつくりましょう。辛い気持ちをあえて言葉にしなくても、心地よく過ごせる人と一緒にいるだけでもケア効果はとても高いです。

周りから「悲しんでいたら故人が浮かばれないよ」「あなたが悲しむことを故人は望んでいないよ」「あなたがしっかりしないと」というような声をかけられることもあるかもしれませんが、真に受けなくて構いません。自分のペースで悲しみとゆっくりと向き合っていきましょう。

親しい人や近しい人に介護や家族の死にまつわることを話題にするのは躊躇(ちゅうちょ)する、話せる相手がいないと感じたときは、弊協会の相談フォームにお声を届けてください。気持ちを書き出すことは心のケアにつながります。直接のお返事はお約束できませんが、「みんなの介護」の記事に反映させていきます。

みなさんが家族間で抱えている悩み、介護で経験されていること、対策をとられていることをぜひ教えてください。お困りのことやご相談には、こちらの「介護の教科書」の記事でお答えできればと考えています。

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「介護サービスを嫌がって使ってくれない」といった日々の介護の悩みについては、拙書『がんばらない介護』で解説をしています。ぜひ、手にとって参考にしていただければと思います。

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