地域福祉を拡充する社会福祉充実計画の現状
社会福祉充実計画を策定している法人は9.1%
特別養護老人ホーム(特養)などの運営母体である社会福祉法人は、財産に余裕がある場合、社会福祉充実計画を策定して、地域などに公益性のある事業を実施しなければならないと定められています。
これは、2016年に行われた社会福祉法改定で条文に盛り込まれました。主に事業継続に必要な財産を控除したうえで、再投下できるお金(以下:社会福祉充実残額)を地域の福祉ニーズなどを踏まえつつ、施設の再整備や新たな事業の立ち上げなどを行うこと義務づけています。
2021年時点で、この計画を策定している法人は9.1%。そのうち地域に貢献する公益的な取組を実施している法人は69.8%でした。
出典:『令和3年度の社会福祉充実計画の状況について』(厚生労働省)を基に作成 2022年04月27日更新実際には社会福祉充実残額が生じた段階で、すべての法人が実施しなければならないため、専門家などは7割に満たない現状はまだまだ改善の余地があると指摘しています。
社会福祉充実残額を活用した地域公益事業の定義
厚生労働省によると、社会福祉充実計画における地域公益事業とは、「日常生活または社会生活上の支援を必要とする地域の住民に対し、無料または低額で、そのニーズに応じた福祉サービスを提供するもの」とされています。
例えば、単身高齢者の見守りや孤立防止のための事業、障がい者や高齢者の共生の場づくり、生活困窮者に対する支援などが挙げられます。いずれも現代の社会問題に根差したサービスだといえるでしょう。
兵庫県姫路市の「よい子の広場福祉会」は、社会福祉充実残額を活用して、保育園の建て替え事業のほか、職員の待遇改善やホームホスピス事業などを実施しています。
中でも、ホームホスピス事業は、末期がん患者等が自宅に近い雰囲気の中で生活し、最期の時まで過ごすことができる終末医療の場を提供する新規事業です。
社会福祉法人は、こうした事業を積極的に行っていくことが求められているのです。
背景にある社会福祉法人の内部留保問題
社会福祉法人の役割と原則
そもそも社会福祉法人の事業内容は、社会福祉法で定められている第1種社会福祉事業と第2種社会福祉事業に限られています。
第1種社会福祉事業 主に、特養やデイサービス、児童養護施設などの入所サービスを指します。利用者への直接的な影響が強いため、都道府県知事等への届出が必要であったり、さまざまな法律による制限を受けます。 第2種社会福祉事業 介護予防事業や社会福祉士などの人材育成事業といった公益事業のほか、貸ビルや駐車場などの収益事業が含まれます。第1種社会福祉事業に比べ、利用者への影響が少ないことから、規制が少ないことが特徴です。社会福祉事業は非営利が大原則ですが、規制緩和などによって事業を継続するための収益事業も一部認められています。そのため、法人によって収益率に差があり、中には大きな収益を上げている法人もあります。
社会福祉法人には補助金や税制などの優遇措置も取られており、事業で得た利益を社会に還元する必要があります。
内部留保が蓄積されている法人がある
一方で、非営利を原則としながらも、内部留保を蓄えている社会福祉法人があるとして、2011年頃に問題視されました。中でも注目を浴びたのは、特別養護老人ホームの利益です。
当時、厚生労働省が発表した資料によると、1億5,000万円以上3億円未満の内部留保を抱えている特養は28%に上っていました。7億5,000万円以上の内部留保を抱える法人も7.5%というデータがあります。

特養の収入は、国民から徴収される社会保障費から支払われる介護報酬によって賄われています。
こうした内部留保は、社会福祉法人がもつ公益性という観点からみて好ましくなく、地域に還元すべきだとして是正に踏み切りました。
そこで、社会福祉充実計画を義務付け、事業継続に必要な財産以外は公益事業を行うよう社会福祉法を改正して、推進したのです。
社会福祉法人の課題と今後の展望
社会福祉充実計画で位置づけられる事業の優先順位
社会福祉法人の内部留保である社会福祉充実残額は、社会福祉事業、地域公益事業、公益事業の順に検討することとなっており、それぞれ順位付けがされています。
第1順位:社会福祉事業 職員の処遇改善、新たな人材の雇用、既存建物の建て替えなど 第2順位:地域公益事業 単身高齢者の見守り、高齢者や障がい者の移動支援、介護予防事業など 第3順位:公益事業 介護人材の育成、ケアマネジメント事業、配食事業などこの順位付けに基づいて、社会福祉充実残額は各事業で原則5年以内に再投資しなければなりません。
そのため、策定される社会福祉充実計画の多くは、社会福祉事業に集中しています。
厚生労働省の調べによると、社会福祉事業が3,836事業で96.1%を占めているのに対し、地域公益事業は107事業で2.7%、公益事業は1.2%の49事業となっています。

費用別にみると、2021年度に使用された4,126億円のうち、施設の改築や設備投資は1,757億円(42.6%)で最多。次いで新規事業の実施が546億円(13.2%)、職員給与、一時金の増額が158億円(3.8%)と続きます。
急がれる社会福祉法人制度の改革
社会福祉充実計画の現状を受けて、全国社会福祉法人経営者協議会は「社会福祉法人の公益性や非営利性を明らかにするためにも、地域における公益的な取り組みを推進していくべきだ」と指摘しています。
このように社会福祉法人は制度改革の真っ最中にあります。その柱は次の5つです。
- 経営組織のガバナンスの強化
- 事業運営の透明性の向上
- 財務規律の強化
- 地域における公益的な取組を実施する責務
- 行政の関与の在り方
これらの制度改革によって、社会福祉法人は利益の開示など透明性の高い運営が求められているのです。
一方で、社会福祉法人は、地域の高齢者や障がい者、子どもなど多角的な福祉事業を営んでおり、中には有志のボランティア活動から始まった小規模法人もあります。
そうした小規模法人では、中長期的な運営を行うために内部留保の割合が高くなる傾向があります。すべての内部留保が悪いわけではなく、大切なのは地域の福祉ニーズに応えていく持続可能性です。
社会福祉法人は多様な地域福祉を実現するために重要な役割を担っています。これらの制度改革が今後どれだけ進んでいくのか注目です。