医療・介護連携における情報共有のあり方

厚労省で議論されるナラティブデータとは?

現在、厚生労働省では特定健診や要介護認定情報などの医療・介護情報をまとめたプラットフォーム「全国医療情報プラットフォーム」の構築を目指しています。

メリットの一つとして挙げられるのは、医療機関と介護事業所とで取得したデータの共有が円滑になること。医療と介護の連携をより深める目的があります。

例えば、このプラットフォームが実現すると、各介護事業所で入力を行っている「科学的介護情報システム(LIFE)」の情報なども、各関係機関で利活用できるようになります。

医療と介護が連携するために必要なデータ共有。扱いが難しいナラ...の画像はこちら >>

ただ、プライベートな個人情報にあたるため、どこまで共有すべきか議論が行われています。

2023年4月に行われた検討会では、「利用者の価値観や生きがいなどのナラティブなデータも共有すべき」という意見が上がりました。

ナラティブとは、直訳すると「物語」「語り」「話術」という意味で、臨床現場では患者や利用者の口から語られる「人生についての長い報告」のことを指します。簡単にいえば、自身の人生を振り返って話される価値観などと考えられます。

今回、議論されたナラティブデータは、以下の4つを含みます。

  • 利用者・患者の価値観
  • 生活上のこだわり
  • 役割や生きがいとしていること
  • 家族との関係

いずれも病気や症状の治療に直接関係するものではありませんが、介護をするうえでは必要な情報として位置づけられています。

地域包括ケアシステムでの位置づけ

そもそも医療と介護の連携が重視されるようになったのには、地域包括ケアシステムの理念が関連しています。

2025年をめどに構築が急がれている地域包括ケアシステムは、介護が必要になっても、住み慣れた地域で暮らせるよう、介護や医療、行政などの機関が連携して支援を行う仕組みを指しています。

なかでも医療と介護の連携は、健康を維持するためにも非常に重要だと考えられています。

しかし、医療と介護では業務習慣や設備の違いなどが連携の障壁になっています。

そこで、前述した「全国医療情報プラットフォーム」によって情報共有を円滑にすることで、より良いサービスの提供を図っているのです。

そのなかで、今回議題となったナラティブデータは、特に在宅復帰において有益になるのではないかとされています。

例えば、入院や入所中に患者・利用者と会話を通じて、どのようなことに生きがいを感じるのか、どんな生活を望んでいるかなどを知ることで、在宅に復帰するための意欲を維持し、自立生活に重要なADL(日常生活動作)やQOL(人生の質)の維持・役立つとされています。

情報共有の現状と課題

医療側に在宅に関する情報がない

医療と介護の連携が必要になる代表例は、入院していた高齢者が在宅に復帰するまでの間、介護施設に入居するといったケースです。

その際、入院していたときの情報は、介護施設の入居者に最適なサービスを提供するために重要なデータになります。

また、介護度が重くなるほど、医療的なサービスの必要性が高まるため、医療と介護の両サービスを適切に組み合わせたケアマネジメントが求められるようになります。

しかし、医師や看護師は医療的、介護従事者は福祉的な観点でサービスを提供しているため、それぞれ専門とする分野が異なります。そのため、相互に理解するための知識や経験が不足していると指摘されています。

愛知県で行われた医療・介護連携に関する調査によれば、医療機関が介護事業所との連携に感じている課題として、「情報の共有ができていないこと」が最も多く、「時間がとれないこと」「ケアマネ等の医療知識が不足していること」などを挙げています。

一方、ケアマネが医療機関に感じている課題については「主治医が多忙であること」が最多ですが、次いで「患者の在宅での生活状況や自立度の把握が難しいこと」「主治医の介護保険やケアマネの業務に対する理解・協力が不十分」などを挙げています。

つまり、双方ともに専門領域の違いからサービス提供に対する意識のすり合わせに困難を感じていると考えられます。

全国での共有に立ちはだかる市町村の壁

専門領域の違う医療・介護従事者が共通の意識をもつためには、基準となる情報が欠かせません。

しかし、現状では医療機関では電子カルテ、介護事業所では介護ソフトと、それぞれ異なるシステムで情報を管理しており、データの記述方法もバラバラです。

そのため、こうしたデータを共通の基準で管理できる全国医療情報プラットフォームは大きな意義があります。

ここで大きな問題となるのは、市町村による差です。現在、地域包括ケアシステムにおける情報共有の仕組みは、市町村レベルで構築されています。

具体的な方法は、SNSを活用したネットワークシステムや共通シートの活用などがあります。ただ、市町村が主体となって構築したSNSを活用していると、市町村をまたいでの情報共有が非常に困難です。

共通シートを使用していたとしても、市町村単位で様式が異なるなどの問題があり、全国で基準が統一されているわけではありません。

医療・介護機関におけるシステムの違いに加え、市町村によっても管理・記録の方法が異なるので、統一するのは容易ではありません。

ケアマネージャーの役割が増加する?

ハブ機能としてケアマネージャーを活用する案

医療・介護間連携において、今でも重要な役割を果たしているのがケアマネージャーです。ケアマネージャーは、介護に関する情報を関係各所から聞き取り、最適なケアプランを考えています。

そこで、今回の議論では一案として、ケアマネージャーにハブ機能※を持たせて情報連携をコントロールすることも提案されました。

※何かの活動の中心もしくは主要な部分として、情報や役割が集約される機能のこと

例えば、医療情報(疾患・治療に関すること)をケアマネージャーが受け取り、必要な情報を介護事業者に共有。逆に必要な介護情報(生活の情報)をケアマネージャーが医療機関に共有するといった役割です。

医療と介護が連携するために必要なデータ共有。扱いが難しいナラティブデータとは?
画像提供:adobe stock

その際、個人情報保護の観点から、ケアマネージャーはすべての情報を共有するのではなく、あくまで必要だと思われる情報だけをピックアップして、共有する必要があります。

ただ、こうした情報の選別には特定の知識が必要です。現状でも負担の大きなケアマネージャーに、さらなる負担がかかることにもなるので、どこまで運用が可能か検証が必要でしょう。

データ共有のセキュリティ問題が課題か

医療・介護間の連携は、超高齢化社会で適切なサービスを提供するためにも非常に重要な位置づけにあります。

しかし、マイナンバーカードの保険証利用で紐づけ情報のミスなどが相次ぎ、そのリスク管理に批判が集まっているように、全国医療情報プラットフォームでも細心の注意が求められます。

悪質なアクセス防止などのセキュリティ面はもちろんですが、人為的なミスにも注意が必要です。マイナンバーカードの不祥事は、主に役所での入力段階などで起こった人為的なミスが原因ともいわれています。

仮に、ケアマネージャーが情報を集約する役割を担ったとすれば、共有すべき情報が共有されなかったり、逆に共有すべきではない情報を共有したりしてしまう不利益が生じかねません。

特に、ナラティブデータは非常に個人的な情報で取り扱いには厳重なルールが必要になるでしょう。

プラットフォームの構築に合わせて、こうした人為的なミスを避けるようなルールづくりが不可欠です。

専門職間での理解を深め、どの情報を誰が共有すべきかを明確にした適切なプラットフォームの構築と運用が求められます。