北京オリンピックで、男子トラック種目に史上初のメダルをもたらせた英雄・朝原宣治氏。
現役時代は、100メートル競走における日本記録を3度も更新。
“常識”が常識でなくなった現代での生き方を稀代のオリンピアンに聞く。
アスリートが語る「超高齢社会への向き合い方」
―― 本日は貴重なお時間ありがとうございます。世界で活躍したアスリートに超高齢社会についてのお話をお伺いできる機会にわくわくしております。
朝原 スポーツ選手は、「老い」を誰よりも早く感じる職業といえます。モチベーションや体力と成績が“連動”しない段階で私たちは老いを感じ始めますが、そういった視点からもお話させていただければと思います。
―― ありがとうございます。それでは早速、高齢社会が抱える課題についてのお考えをお伺いできますか。
朝原 個々の人生設計を立てることが、さらに難しい時代になっていくと思いますね。企業の定年が65歳に引き上げられても、男女ともに平均寿命が80歳を超えていることを考えれば、定年後もかなりの時間があります。
寿命が伸びること自体は喜ばしいですが、不安はありますよね。
―― 大学を卒業されてから大阪ガスに所属されていますが、ご自身の“定年後”についてはどのように考えられていますか。
朝原 はっきりとした方向性は考えていないのですが、私も漠然とした不安を感じています。
もちろん働くモチベーションにはなりますが、「働ける場所はあるのか?」「10年経ってもモチベーションを保てるのか?」…そういったことは、不安は不安ですよね。
―― 高齢者が自発的に働ける場所の創出は社会課題の一つです。
朝原 役割や“生きがい”がなかったら、生きていても「つまらない」と思うんです。高齢者の増加によって、みんなに役割や仕事が「行き渡るかどうか」ということも考えないといけないのかもしれません。
そもそも、健康的に生きることに「興味」や「モチベーション」があまりなくて、それで寝たきりなっちゃったり、元気をなくしてしまったりする方が増えると、社会全体が暗くなりますよね。ましてや、モチベーションを保てないことは、その方自身も「辛いんじゃないかな?」とも思います。
―― 高齢者が活躍できる社会、あるいはコミュニティを作るためにはどのような方法があると思いますか。
朝原 「元気」な高齢者であれば、どこでもやっていけると思うんですが…なんでしょうね。社交的な方や、仕事以外に何か打ち込むことがある方は、たぶん大丈夫だと思うんです。スポーツ界でいえば、国をあげて部活動の「地域移行」を進めています。
―― 教員の負担軽減などを目的とした政策ですね。部活動の管理体制を地域のスポーツクラブや民間のスポーツ教室へ移行するという。
朝原 そうです。ただ、部活動の時間帯に働ける方がやっぱり少ないんですよ。これまでは先生が「少ない手当」で部活動をみていたじゃないですか。それを民営化すれば、やっぱり相応のお金を払わないといけない。でも、その十分な予算の確保も難しいという状況なんです。
そうなるとその時間帯に子供たちに部活動を教えられたり、面倒を見られる方というのは学生か、高齢者になるのではないでしょうか。
高齢者と一口にいっても、もちろんその部活動の経験がある方が望ましいです。でも、経験がなくてもいいのではないかとも私は思います。「社会貢献」をしたいと考えている方でしたら、スポーツ界からは重宝されるんじゃないかな。
―― 地域の高齢者が積極的に参加してくだされば、学校を中心とした理想的な共同体が作れますね。
朝原 はい、見本を見せなくてもちゃんと毎日来て「みる」ことが大事です。学校の顧問の先生でも、経験のない部活動を任されることもあったと思うので、それと一緒です。町の元気な高齢者が次世代を担う子供たちの育成に関われるとなったら、それは本当にいいことだと思いますね。

北京オリンピックでメダルを獲得した朝原氏
(写真:Getty Images)
陸上競技者のセカンドキャリア
―― 本日、こちらにお越しいただく前は、小学生を対象としたスポーツ教室を実施されていたと伺っております。
朝原さんもドイツでラップコーチ、アメリカではパフコーチといった名コーチに教育を受けてこられたと思うのですが、当時のコーチたちに学ばれた教育メソッドはご自身の教育哲学にどのように活きていますか。
朝原 活きていないですねえ(笑)。
―― え!そうなんですか!
朝原 彼らの仕事は、選手のパフォーマンスを上げることです。ですから、特に私のような海外からトレーニングしに来た選手には国の事情もあるので、指導者になることや社会に出てどう生きていくのかという教育はできないのだと思います。
もちろん勉強になったことはあります。当時、すでにドイツには100年の歴史がある総合型地域スポーツクラブが根付いていたこと。また、私の競技人生で初めてお金を払って教えてもらったプロのコーチがラップコーチでした。陸上競技におけるコーチという「職業」に接して、「こういう道も海外では成り立つのか」という点は勉強になりましたね。
―― いま、仮に朝原さんご自身をプロコーチだとして、海外への挑戦を続けていた20代のご自分に伝えたい言葉や教育がありましたら、教えてください。
朝原 その頃は、そういったことをそこまで求めてなかったと思うんですよね、彼――私自身がね。だから、まずは選手として「とにかくいいパフォーマンスを出す」ということを最優先事項にします。
ただ「競技人生が終わってからの生活がちゃんとありますよ」ということはちゃんと伝えたい。生き方についてもね。特に日本における陸上競技は、引退してからの“道”がそんなに広くないんですよ。私が20代だった1990年代、学校を卒業して陸上競技を続けるためには、私のように企業で実業団選手として競技をして、引退後はその企業に残って仕事をするか、大学で教員免許を取得して教師となるか、あるいは実家の家業を継ぐという、大まかにいうと大体まあそれぐらいでしたから。
―― 陸上競技者としてのセカンドキャリアを形成することが難しかったということですね。
朝原 そうですね。2020年東京オリンピックの前後で選手にスポンサーがつくようにはなったんですが、当時はお金を得て競技を続けられる道が少なかった。だから、「視野を広く持っていろいろな方と出会ったり、次のステージのための知識を得たりすることは、したほうがいいんじゃないかな」というのは伝えてあげたいですかね。
―― 東京オリンピックはそれほどに大きかったのでしょうか。
朝原 東京オリンピックに向けて「プロ化」が急速に進んだんですよ。
―― 過渡期ですね。
朝原 「これからの選手たちは何をするんでしょうね?」という感じです。起業をする選手もいるでしょうし。
―― 心配ですか、それとも楽しみですか?
朝原 もちろん楽しみですよ。「陸上をする」形が変わってきているので、ここから先、みんながみんな、例えば先生や指導者になるなんてことはちょっと考えられない。新しい陸上のセカンドキャリアを彼らが歩んでいくので、見守りたいです。心配な選手もいれば、「まあ、あいつだったらなんとかやるだろう」とか、ね。

「探求心」…そのこころは?
―― 朝原さんのご著書でも、奥様のご著書でも登場する「探求心」という言葉に強い興味をもちました。「探究心」とはどういったメソッドなのでしょうか。
朝原 文字通りのことで、メソッドなんてそんなに難しいことじゃないですよ(笑)。
現役時代は、パフォーマンスを上げるという「一つの目標」しかないので、パフォーマンスを上げるための「探究」ならなんだっていいんですよ。走りのフォームだけじゃなく、生活の…例えば食事とかもそう、トレーニング方法、リカバリーのケアもね、なんでもいいんです。それまでアプローチしてこなかったところ・方法に探究心を持っていろんなことにトライするだけです。こうすればもっと「いける」んじゃないかっていうね。
私自身はもうそれが楽しくて長い間、現役を続けていたようなものなので。
―― ご著書「肉体マネジメント」(幻冬舎新書)でも、「こんな面白いことを他人に委ねる気になれない」とセルフマネジメントについて言及されていました。「探求心」はセカンドキャリアだけでなく、生きるうえでも重要なことだと学ばせていただきました。
朝原 私は自分を「実験台」にしてやっていたんですよ(笑)。陸上競技においては、「より良い成績」というシンプルな目標があるので、明確な取り組みができるんですよ。でも、それを引退後も持ち続けることが難しい。
セカンドキャリアについての話に戻りますが、社会に出れば、生き方は無数にあって、仕事も無数にあります。さらに「これが正解」というものがほとんどないなかで、「2度目の」探究心を持つことはすごく難しいですよね。そもそも何のために探求をすればいいのか、と。
―― 社会には答えが用意されていないですものね。
朝原 例えば、ビジネスとして順々にゴールを設定できる方は、「次はこれ。その次はこんな夢に向かっていこう!」という形でまだわかりやすいのですが、「なにもない状態」で社会に出て「さあ、探究心を持って取り組みましょう」と言われても難しいですよね。
周りにそういったいろんなことを知っていたり、引き出せる方がいたりすれば「なんとなく」わかると思うんですが、そうでない人の方が多いのではないでしょうか。
―― それは時代のせいですか、それとも「そういうもの」なのでしょうか。
朝原 後者だと思います。ただ、いまはアスリートと企業とのマッチングが行われたり、企業がその選手のサポートを率先してくれたりするところもあるようなので、選手はやりやすいとは思うんですよね。
私たち競技者は、その競技の領域ではめちゃくちゃ知識があったり、感覚を持ち合わせていたりするんですが、いざ「じゃあ働きましょう」ってなったときには、一般の方よりも「知らない状態」でスタートしないといけない。それをフォローする方がいてくれることで救われることは多いですよね。
―― “ご縁”もあることだと思うので、なかなか難しそうですね。
朝原 ほんとうにね。やはり人との繋がりしかないと思うんです。先輩が後輩の面倒を見る、企業がその選手を育成する、とかね。“しっかりとした”選手だと、現役時代から人脈を作って、「こういう道を進みます」というのはできると思うんですが、そういう選手は、たぶん一握りです。
大阪ガスの野球部はシンボルスポーツとして長らく会社の「顔」としてやってきています。
彼らのすごいところは、シンボルスポーツでありながらも、競技人生が終わった人間が、会社で活躍していることです。それはなぜかと言うと、野球部員を各々の所属部署が責任をもって社会の在り方を教えるだけでなく、一ビジネスマンとして育てていくんです。その人たちがちょっと偉くなって彼らが「先輩」となり、新たな「後輩」たちを育成していくという循環があるんです。先輩や組織をうまく「使いながら」社会人として生きていく術を学んでいく仕組みができているんです。陸上競技者も学ぶことは多いのではないでしょうか。
―― すごい。スポーツで培った「探求心」を順応させていますね。

NOBY T&F CLUBに見る「元気」な高齢社会
―― 朝原さんが主宰している「NOBY T&F CLUB」についてもお伺いできますか。学校や世代の枠を超えた「参加型の地域クラブ」を標榜されていますが、高齢者の方も会員にいらっしゃるのでしょうか。
朝原 もちろんいらっしゃいますよ。最高齢は86歳かな。
―― 86歳!?どういったモチベーションで参加されているのでしょうか。
朝原 そもそも走っていること自体が信じられないですよね。しかも、何種目も挑戦されているんです。「400mに挑戦します」とか「砲丸投げをやってみます」…とね。
―― ご自身で提案されるんですか。
朝原 そうなんですよ。毎日は僕も顔を出してないので、たまに行ってその方にお会いすると、「代表いいですか」と言ってお話をしに来て下さるんです。すると「100mもいいんですけど今度400mをね」と仰っていて。
―― すごいモチベーションだ!
朝原 「400!?大丈夫ですか?持ちますか?」と私が言うと、「まずは練習したいと思っています」と話されたりね、本当にすごいですよ。
さらに驚くことに、その方は陸上競技を全くやってこなかったんですよ。79歳の時にNOBY T&F CLUBに加入されて、次の年の80歳でマスターズのカテゴリーで全国大会に行ったんです。練習期間は一年ですよ。
もともと頑丈な身体をされていると思うんです。たまにね、「なんか痛いなあ」って仰っているときもあるんですが、「ううん、これは動いていた方がいいですよね」と言って必ずクラブに来て、陸上競技場の脇で色々やっていたりされるんです。
―― まさに探求心の塊ですね。
朝原 その方はとても社交的な方で、陸上競技場の奥に野球場があるんですが、野球部員ともすぐに友達になって、喋っていると、どんどん嵌まり込んでいって、気がつけば練習だけでなく試合もずっと見に行くようになって。名物おじさんです。
―― 伺っているだけで素敵な方だと想像できます。
朝原 そうなんですよ、練習会場とか試合会場には特等席で見ているみたいな存在になっていて(笑)。
―― 周囲の方にもいい影響を与えているのではないでしょうか。
朝原 そうだと思いますよ。あんなにピンピンして、あんなに社交的で、いつも前向きで元気な方を見るとね、「いいなあ」ってしみじみ思います。年齢を重ねてもなお高いモチベーションを保てている姿勢は見習うべきですよね。

朝原氏が主宰する「NOBY T&F CLUB」
(写真提供:NOBY T&F CLUB)
朝原さんの介護論
―― 先ほどの方のお話を伺っていたら、熱心に何かに取り組むことが「介護予防」になるのではないかと感じました。朝原さんは、介護に対してどのようなイメージを抱かれていますか。
朝原 正直に言えば、ネガティブな印象です。私も「歳」になってきてね、両親もまだまだ元気で頭はすごくクリアですが、自分で動けなくなる時期が迫っているのではないか?という不安はあります。
―― 介護の不安に対しては、どのようなアプローチがあるとお考えですか。
朝原 そうですね…ひとつには、もちろんいい意味で「誰かのために働き続ける」ことだと思います。金銭的に、ということではなく、例えばお孫さんがいらっしゃる方にはお孫さんの面倒を「あえて」任せてみるというのも。私も間近で見ているのでわかるのですが、やはり孫への「愛」は格別です。義母なんかは、「今日のご飯は何にしようか」と言って子供たちに聞いたり、子供もとても楽しそうにしたりしていてね。私たち夫婦もちょっとラクをさせてもらったり(笑)。使命感といったら聞こえはいいのかもしれないですが、何かを任せることはお互いにとっていいことなのかもしれないですね。
―― 共働きの家庭も多いので、いい距離感でいい関係性が作れるといいですよね。
朝原 あるいは、ある時期がきたら「自分」で老後の“手配”をしていくことも大事な手段だとも思います。私の両親は健康を気遣って犬を飼いました。老人ホームへの入居などを自分の責任として進めていく。そういった方も知っています。「こうだ!」と周囲が勝手に決めるのではなく、それぞれが自分にあった老後を考えていくことが重要なのではないでしょうか。

スポーツ界の次世代を担う世代
―― 次から次へと恐縮、若い世代についてのお考えもお伺いしたいです。スポーツを通じてどういった能力を伸ばせるとお考えでしょうか。
朝原 色々ありますよ。有酸素運動をすると血流が増し身体にも良いですが、脳にも認知機能が向上すると言われています。運動と子供たちの成長はすごく関係していると思います。
結局、大人になっても体が資本ですから。ベースとなる体力を構築することはすごく意味があることです。大きくなるにつれて、個人競技のように自分と向き合って自分の技を磨いていくこともあれば、団体競技で社会性を身につけていくこともありますよね。
ただ、社会に出れば、今は本当にいろいろな方々と付き合って仕事をしていかないといけない時代ですので、個人種目の競技選手は特にそういった力を伸ばしていくべきでしょう。
―― 「個人種目」に限定された理由を教えてください。
朝原 それは、もうね(笑)。ストイックに色々なことに集中しているけれども、ゴールは自身の結果です。そうすると、融通が効かないとか人付き合いができないとかね、個人種目のストイックさは表裏一体になりかねませんから。
―― ストイックな性質をもっているからこそ、自身と向き合う個人競技を好むということもあるのでしょうか。
朝原 それもあると思いますね。さきほどの探究心の話じゃないですが、探究心もネガティブに言えば、「いきすぎた研究者体質」にもなるし、協調性に欠けたり、空気が読めなかったりとかね…。そこは難しいところですよ。
―― ご自身が20代だった頃と、今の20代の選手を比較したときに、共通点、あるいは相違点はどんなところがあげられますか。
朝原 もちろん人によりますが、今の選手はSNSなどで “つながっている”ので、私たちの時代のように合宿にならないと会わないということはないみたいですね。全国でバラバラに練習をしていますが、遠征などの機会で「ご飯行こう」って集まったりするようですね。
―― 素人ながらに思うことは、それはライバル心を育むことを阻害しているのではないでしょうか。
朝原 たぶん、「その辺」をうまくやっているんだと思います。ライバルだけれども、信頼しているというね。その辺は私たちの時代にはなかった。合宿に行ってたまにしか会わないので本当にピリピリした状況で、練習中も先輩に「何を喋ってるんだ!」みたいな感じも。
でも、今の世代は本当に楽しく笑顔で、集中するべき時は「シュッ」とするみたいな。みんな「わー」って仲良くやっているけれども、大事な場面ではグッと集中する。そのメリハリは僕らの時代よりも断然上手だな、と。
―― 時代を問わずアスリートはすごいですね。時代に順応している印象です。世界における日本の選手たちの存在感も高まっているのでしょうか。
朝原 はい。レベルも高いですし、「情報」をたくさん持っていますよ。レース結果への検証方法、練習内容や生活面もそう。世界レベルで考えている選手が多くなってきました。
個人名をあげれば、サニブラウン選手みたいなすごい選手も出てきています。3000mの三浦龍司選手もね。槍投げの北口榛花選手は、世界最高峰のリーグ戦である「ダイヤモンドリーグ」で活躍しています。“強い”選手がどんどん出てきています。競技会の意識改革が着実に進んでいますよね。「じゃあみんながみんな強いのか?」といえば、もちろんそうでもないですが、強い選手を見てさらに若い選手たちが育ってくるので、同じように「いってくれる」と思いますよ。

格差とはなにか
―― 若いアスリートが世界で大活躍する一方、一般的な20代の若者の間では「格差」が広がっている印象です。「親ガチャ」という言葉に代表されるように、若者たちは抗うことのできない環境に置かれているのではないでしょうか。
朝原 いまお話された「格差」がどういった格差を指しているのかピンときていないです。それは教育格差ということですか。
―― 例えば、東京大学には高所得世帯の学生が多いという統計があります。
林 そうですね…それは正直にいえば、少なからずあると思います。実際にそうなっているな、とも思います。例えば、「世間ではなぜ高学歴が求められるのか?」と考えたときに、それは「いい企業」に勤めていたり、給与の高い仕事に就いていたりする方に高学歴者が多いからですよね、歴代。
ですから、「高学歴的なコミュニティ」にいるかどうかということだと思うんですよ。きれいごとを並べるようにして「学歴が低くても頑張ればいいじゃないか」というレベルの話ではありません。
やはり、そういったコミュニティで育った人は、そういうことが当たり前の環境で育って、しかも周りに似た境遇の人ばかりいるから、自然と「そんなふうな」方向に進んでいくんです。「そうではない場所」」にいることで、気づかないうちに格差が広がっていて、たとえ望んだコミュニティに入ろうとしても、時間の流れもあってすごく難しいんだと思います。
―― 個々の努力次第に委ねられているのでしょうか。
朝原 いや、その頑張る/頑張らないという考え方自体が間違っていると思います。もし、相対的に「意識の低い」や「経験機会があきらかに少ない」コミュニティに入っていたらそもそも頑張れないじゃないですか。何を頑張ったらいいのか。常識が全く違うので。
極端な例をあげますが、ジャマイカのスラムからシェリー=アン・フレーザー=プライスというスーパースターが生まれました。彼女のように生まれもった突き抜けた才能があれば、おそらく、なにかしらのスポンサーがついたりするようなことで、所属していたコミュニティから出て世界で活躍することもあります。でも、大方の方はそうじゃないですよ。よっぽどじゃないと所属している「目には見ないコミュニティ」から出ることや、「こっから頑張ってどこか別のところに行く」という意識さえも、なかなか芽生えないんじゃないかなと思います。本当に難しい問題です。
―― ありがとうございます。少子化が進む昨今における「家族に対する考え方」も同様の問題だと感じました。
朝原 決して遠くない問題だと思います。僕は「家族を持つことは幸せ」だと思いますが、そうじゃないと思われる方もいるということです。僕の常識としては「家族を持って、子供を持って、子供たちに愛情を注いで、自分たちで自立して生きてもらえる」ことが、両親である僕たちの一番の望みだという“常識”を持っている。
でも、それはあくまでも「私」にとっての常識でしかない。子供を持ちたいけれども理由があって難しい方もいれば、そもそも結婚への願望がない方もいる。だから僕はその方々に対して、自分が考える「幸せ」の常識を伝えることはできない。やっぱり価値観の違いだ、と。育ってきた環境とかね、それはさきほどの話にも繋がっているんです。―― 押し付ける必要はない、と。
朝原 いや、押し付けることもその必要もないのではなくて、無理だと思います。常識が違うので。もちろん、僕自身の思いを伝えることで、「そうですよね。その方がいいですよね」ってなればいいですけど。
―― …なればいいと思いますか。
朝原 なればいいと思いますよ。人口が増えればいいという単純な問題ではありませんが、やっぱり国力ですからね、人は。自分達の次世代を担う子供たちをみんなで必死に育てることができたら、それはいいと思いますよ。経済的な理由をはじめとしたさまざまな理由があるので、あくまでもこれは一個人の思いです。
―― 一個人として私は朝原さんの考えに賛成します。

朝原さん!生きる意味を教えてください!
―― 最後にお伺いしたいのですが、朝原さんにとっての生きる意味を教えてください。
朝原 すごい質問(笑)。…「生きる」とはどういうことか。今は子供が育ってきてね、子育て中心です。ただ、次の世代を育てつつも、自分もまだまだ頑張りたいし、やりたいことに対して、しっかりと目標を持って取り組んでいきたいですね。同時に進んでいるという感じですかね。
―― ありがとうございます。「やりたいこと」とは、どのようなことでしょうか。
朝原 僕はね、やっぱりスポーツなんです。スポーツの強化をやっていきながら、スポーツの普及にも力を入れていきたい。根本には、世の中にスポーツを役立てたいという思いがあります。ですから、“強い”選手を輩出するということにも取り組んでいますが、そこが全てだというわけではなく、スポーツを「健康」のようなもうちょっと広い形で世の中に浸透させていきたいですね。
―― 不躾な質問にもお答えいただきありがとうございます。今後のご活躍も楽しみにしております。

人物撮影:宮本信義