■オルタナティヴロックが輝いていた90年代
パンクロックでさえも大手レコード会社に取り込まれた80年代。MTVの台頭もあって“売れるものと売れないもの”“メジャーとインディーズ”、これら両者の壁は広がりつつあった。
90年代初頭には、冒頭でも述べたようにニルヴァーナやパール・ジャムらが人気を集め、グリーンデイの『ドゥーキー』(‘94)が1000万枚以上を売上げることで、グランジ熱はピークに達する。90年代中頃になると、新しく登場してきたグループやシンガーの中からグランジ以外のふたつの流れが生み出される。ひとつは、ブルースやカントリーといったルーツ音楽に影響を受けたオルタナティヴなロッカー、もうひとつはオルタナティヴな音楽に影響を受けたカントリーやブルースのミュージシャンだ。
前者の代表的なミュージシャンとしては、ベック、G・ラブ、ジョン・スペンサー、ケヴ・モー、ベン・ハーパーなどで、後者にはフーティ&ザ・ブロウフィッシュ、ルシンダ・ウィリアムス、スティーヴ・アールらがいる。2016年現在、どちらの流れも健在で、今年のグラミー賞で3部門を獲ったクリス・ステイプルトンは後者のひとり。
■ベックの音楽的背景
ベックは1970年に生まれている。彼の父親はアレンジャー(主にストリングスアレンジ)のデビッド・キャンベル。キャンベルと言えば、70年代前半のウエストコーストロックの代表作には必ずと言っていいほどクレジットに登場した著名人で、最近ではリンキン・パークやアヴリル・ラヴィーンらのバックも務めている。
彼は幼少の頃から父親のレコードコレクションを聴きあさりつつ、同時代の音楽も身につけてきた、いわば音楽オタクである。
■『メロウ・ゴールド』に収められた「ルーザー」の衝撃
どこで知ったのかは忘れてしまったが、僕は本作『メロウ・ゴールド』の先行シングルとしてリリースされた「ルーザー」を初めて聴いた時の衝撃は、今でも忘れられない。
戦前のカントリー・ブルース(2)のようなスライドギターで始まり、リズムが重なると今風のブレイクビーツ(3)に展開。歌が始まると「ボブ・ディランがラップやってる!?」と勘違いしそうになるほど、ディランっぽさがある。
他の収録曲も、もちろん興味深い作品ばかりで、オルタナティヴフォークロックあり、ドアーズ風ゴシックロックあり、ノイズありと盛りだくさんだ。特に、いろんな曲に少しだけ使われるサンプリング・ネタには興味をそそられる。クレジットされているのはドクター・ジョンの曲だけだが、ガムラン(5)やマリアッチ(6)などの断片が明らかに使われており、20代前半の若者とは思えない彼のセンスと知識には驚くばかりだ。
最初は奇をてらっただけのイカサマ音楽家だと思っていた(失礼!)が、本作を何度も聴いていると、さまざまなポピュラー音楽の要素が詰まった上に、オルタナティヴな時代のスパイスをちゃんと盛り込んでいることにしばらくしてから気付いた。我ながらもうろくしたなぁと思わざるを得なかったが…いやぁ、勉強させてもらいました♪
■本作のキーは「ローファイ」「ヒップホップ」「アメリカンルーツ」
本作の特徴は「ローファイ(7)」「ヒップホップ」「アメリカンルーツ音楽」にある。
次作となる『オディレイ』はダスト・ブラザーズとタッグを組み、サンプリング中心の音作りがなされている。それだけに少し手作り感が弱まってしまっているが、『メロウ・ゴールド』におけるルーツ音楽のようなテイストは奇跡のような出来事だと思う。このアルバムをカントリー、フォーク、ブルースの入門作品として聴くというのも面白いだろう。
(1) プロテスト・ソング
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%97%E3%83%AD%E3%83%86%E3%82%B9%E3%83%88%E3%82%BD%E3%83%B3%E3%82%B0
(2) カントリー・ブルース
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AB%E3%83%B3%E3%83%88%E3%83%AA%E3%83%BC%E3%83%BB%E3%83%96%E3%83%AB%E3%83%BC%E3%82%B9
(3) ブレイクビーツ
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%96%E3%83%AC%E3%82%A4%E3%82%AF%E3%83%93%E3%83%BC%E3%83%84
(4) シタール
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B7%E3%82%BF%E3%83%BC%E3%83%AB
(5) ガムラン
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AC%E3%83%A0%E3%83%A9%E3%83%B3
(6) マリアッチ
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9E%E3%83%AA%E3%82%A2%E3%83%83%E3%83%81
(7) ローファイ
https://ja.wikipedia.org/wiki/Lo-Fi