【その他の画像】川本真琴
■先達からの遺伝子を付け継いだメロディー
改めて言うことではないかもしれないが、まず川本真琴のソングライティングについて抑えておきたい。独特の抑揚を持ちつつも、しっかりとキャッチーなメロディーラインが何と言っても特徴的だ。当時、きちんと川本真琴の作品を聴いていたわけではなかったが、「愛の才能」や「DNA」「1/2」を耳にして、“ガールポップにも新しい才能が出てきたなぁ”なんて思っていたことをつい最近のことのように思い出す。
■絶妙な言葉の乗せ方が生むキャッチーさ
文字数の多い歌詞も、これまた当時の彼女の作風である。リフレインも多い。
《あの娘にばれずに 彼にもばれずに kiss しようよ/明日の一限までには 何度も kiss しようよ/愛の才能ないの 今も勉強中よ「SOUL」》(M2「愛の才能(ALBUM VERSION)」)。
《ぐるぐる まわってる まわってる まわってる/やっぱりあなたが好き/何でこんな息してるだけで ギュッてされてるみたいに 好き》(M4「DNA」)。
《唇と唇 瞳と瞳と手と手/神様は何も禁止なんてしてない/愛してる 愛してる 愛してる/あたしまだ懲りてない 大人じゃわかんない/苦しくて せつなくて 見せたくて パンクしちゃう》(M10「1/2」)。
上記の歌詞はいずれもサビの半分くらいである。他者のバラードならこれでB~サビくらいの分量かもしれない。ただ、言葉が多いには多いが、それがちゃんとメロディーに乗っているからだろう。
歌詞に関してはもう一点、その時代性についても注目してみた。“女性上位”(ジェンダー的観点からすると、今この言葉を使うのは好ましくないかもしれないが…)な内容はポップで清々しい。20年前には新しい価値観として見られたのだろう。ただ、奔放なだけでなく、その一方で、下記のM6「タイムマシーン」のような揺れる想いが綴られているのもバランスがいい。
《そばにいたいよ 君の彼女で 明日変わるね あたし変わるよ/だから さよならきっとできる、でもベランダではかないあたしはいったい?/眠れないのは ほっとくだけ ほっとくだけ》(M6「タイムマシーン」)。
さらに見逃せないのは、M7「やきそばパン」辺りに垣間見えるもの──この時代ならではの、当時の若者が抱いていた漠とした不安感ではないだろうか。
《あたし目が覚めたら 今日もまたあたしだった Dear Day Dear Sun/日課の散歩のついでに今日も保健室に行こうっと Dear Friend》《ねぇ、ユミコなら夕べは たぶんお泊まりしてるのダーリンち/ユカも全然出て来ないし そっとしておいて欲しい事情/「ここは暗記しとけ」って 心打だない言葉ね Teacher/だけど窓際特別なの チョークがキラキラ舞って》(M7「やきそばパン」)。
これだけで彼女を“女・尾崎”というのは間違っているだろうが、過去そう呼ばれたその他大勢よりも、尾崎豊さながらにリアルに時代を切り取っていたと思う。
■多彩なサウンドメイキング
冒頭でも述べた通り、アルバム『川本真琴』はそのサウンドも素晴らしい。彼女に対して半可通な知識しか持ち合わせていなかった筆者でも、「DNA」や「1/2」でアコギをかき鳴らしていた姿が印象に残っている。
■CDならではの凝った作り
さて、アルバム『川本真琴』はメロディー、歌詞、サウンド、どれもオリジナリティーあふれる一線級であるわけだが、それ以外にも逃せないところがある。それはCDパッケージそのものだ。彼女の顔が映ったジャケット。これはまさにクローズアップで、織り込まれたジャケットを開くと全身を見ることができる。小さめのポスターっぽい作りだ。また、その裏面に載せられた歌詞カードも楽しい。全10曲のフォント(書体)がそれぞれ異なっており、言葉の共通点がある部分は互いのフォントが交換されている。例えば、M3「STONE」の《MARKETでみっけた しみだらけの地図》と、M4「DNA」の《カーブでふざけてコーラを/こぼしたあの夏の地図は》とであったり、M6「タイムマシーン」の《ひとりぼっちでいなくちゃダメなの?》と、M7「やきそばパン」の《ひとりぼっちで屋上 やきそばパンを食べたい》とであったり。ちょっとパンク風なアートワークというか、『じょうずなワニのつかまえ方』的というか(分かる人には分かる)、音源データのやり取りではあり得ない、CDというマテリアルだからこそ成し得た仕事にも是非注目してほしい。