アメリカ映画界で最高の栄誉とされる「アカデミー賞」で、日本の作品として初めて、アジア圏の作品としても初となる視覚効果賞を受賞した『ゴジラ-1.0』。現地時間3月10日の授賞式から帰国直後に開いた記者会見で「視覚効果賞は聖域で、予算をかけて凝った作品の中でのベストなので、今までの僕らには挑戦権すら無かったが、少人数で少ない予算という特殊なケースをおもしろがってもらえたことと、VFXが物語に貢献しているという点で評価されたのだと思います」と話していた山崎貴監督。
なぜ山崎監督はこの歴史的快挙を成し遂げることができたのか。

 『ゴジラ-1.0』は、日本で製作した実写のゴジラ映画としては30作目。戦後の日本に突如出現し、復興途中の街を容赦なく破壊していく巨大怪獣のゴジラや、ゴジラに立ち向かっていく人々の姿が、VFX(ビジュアルエフェクツ)を駆使した迫力ある映像で描かれている。

――アカデミー賞視覚効果賞受賞、おめでとうございます。

【山崎】ありがとうございます。皆さんから祝福の言葉をいただけてうれしいです。
ありがたいことだな、と思います。世界大会に出て「とったど~」という感じの素晴らしい時間を過ごさせてもらっています。

――その素晴らしい時間は、昨年12月21日(現地時間)に発表された「第96回アカデミー賞」の「視覚効果賞」のノミネート候補10作品、通称“ショートリスト”の10作品の中に『ゴジラ-1.0』が選出されてから本格化していったかと思いますが…。

【山崎】ロングリスト、ショートリスト、ノミネート、授賞式と段階を踏んでいくんですが、合格発表を待つ受験生みたいな気持ちでしたね。「Bake Off(ベイクオフ)」というショートリストに残った10作品でVFXについてプレゼンテーションするの場があったり、スクリーニングのQ&Aに登壇したり、ロビー活動もけっこうやりました。極端なところでは、お昼ご飯を食べに行く、みたいなこともありました(笑)。
「オスカー・ノミニーズ・ランチョン」という、アカデミー賞候補者が一堂に会して、ランチを食べながら交流する恒例行事があるんです。そのランチョンではスティーヴン・スピルバーグにも会うことができたので、本当にありがたかったのですが、授賞式までに5回、日本とアメリカを往復して大変でした(笑)。

――「スター・ウォーズ」のルーカスフィルムからも招待されて上映会を行ったんですよね。

【山崎】僕のキャリアは『スター・ウォーズ』を観たことから始まったので、まさに聖地ですからね。デイブ・フィローニさん(ルーカスフィルムのCCO・最高クリエイティブ責任者)をはじめ、世界トップクラスのSFX(特殊撮影)、VFXの制作会社ILMのクリエイターの方々に自分の監督した映画を観てもらえるだけでも夢みたいなことなのに、上映後、スタンディングオベーションまでしてくださって。VFX制作者のトップ・オブ・トップの方々の感想を直接聞くことができて、いったい何が起きているんだ?という感じでした。


――『ゴジラ-1.0』は2023年に日本で公開された実写映画では唯一60億円超えのNo.1ヒットを記録しているほか、アメリカでも邦画の実写作品として歴代1位、外国語の実写作品としては歴代3位の興行収入を記録し、アカデミー賞受賞まで極めました。勝因はなんだと思いますか?

【山崎】ゴジラだったからでしょうね。ゴジラだったから邦画実写史上最大規模で北米公開ができたし、ゴジラだからみんなの注目を浴びて、それがオスカーにもつながってると思います。何度も言ってますが、ゴジラにここまで連れてきてもらったという感覚がすごく大きいですよね。しかも、ゴジラ誕生(1954年に1作目の映画『ゴジラ』が公開してから)70周年を迎える節目に、アカデミー賞を賑わせたことに運命的なものを感じます。

――『ゴジラ-1.0』は、戦後の日本人がゴジラ退治に奮起する物語も広く支持されました。


【山崎】つくり始めた時は、まさか時代と整合性が出てくるとは思ってなかったですね。怖くて、わくわくするゴジラ映画を作りたいと思ってつくって、完成してから気づいたのは、ゴジラ映画を作るということはある種の神事かもしれない、ということ。戦争や自然災害といった災厄をふりかける祟り神(たたりがみ)を鎮めるために、ゴジラの映画をつくって奉納するような感覚になったんです。ゴジラって殺せないんです。鎮まってもらうしかない。それは、とても日本的な考えに思えたけれど、あちこちで戦争が起こり、世界中のみんながなんとか鎮まってほしいと思っているのかな、と妄想するぐらい世の中とリンクしていって、そっちの方が怖いな、と感じていました。


■やる気がある人に優しい「白組」の社風

――山崎監督と一緒に受賞された渋谷紀世子さん(VFXディレクター)、高橋正紀さん(3DCGディレクター)、野島達司さん(エフェクトアーティスト・コンポジター)ら映像制作会社「白組」にも注目が集まっていますね。『ゴジラ-1.0』のVFXが35人の少数精鋭のスタッフにより約8ヶ月で仕上げられたという、予算と納期の管理も驚異的だと。

【山崎】チェックのシステムをどれだけ簡略化できるか、ということが僕の中ではずっとテーマとしてありました。白組にとっても、今回のゴジラ映画は今までよりも遥かに大変な作業になると思ったので、調布にあるスタジオを改装してもらったんです。ワンフロアにすべてのスタッフを集めて、声が届くようにしました。誰かが「できた!」と言ったら、車輪のついた椅子に座ったままその人の席へ行ってチェックして、ということを常時していたんです。
その結果、トライ&エラーの回数がすごく増え、全体的なクオリティの向上につながった。それが一つの鍵だったように思いますね。

――もし予算も納期までの時間も今回の2倍あったら、『ゴジラ-1.0』はもっといいものになっていたと思いますか?

【山崎】お金があればいいってものでもないと思うんですよね。制約がクリエイティブの母である、というか、制約があるっていうことがクリエイティブの部分を後押しするという側面もありますからね。最初から倍の予算があったら、それなりの脚本を書いて、倍の予算の取り組み方をしますけれど、それは本当に架空の話なので、よくなったかどうかはわからないですよね。

――配分された予算と納期の中でベストを尽くす。そして、結果を出す。その秘訣は?

【山崎】白組は、スタッフの自主性を大事にして任せてみる、ということですかね。昔からそういう社風みたいなものがあるんですよ。「好きこそものの上手なれ」じゃないですけど、コンポジターの野島は25歳ですが、自分から「水(海)をやりたい」と言ってきたので、「それなら、ちゃんとしたものを作れよ」と任せたら、スピルバーグもほめるくらいのものを仕上げてくれました。ほかにもコンポジターとして入社した佐藤が、「アニメーションもできます」というのでやってもらったら、めちゃくちゃ上手だった。

 黒澤明監督の『七人の侍』に「こどもは大人扱いすればすごく働く」という台詞があるんですが、僕はそれを信じているんです。僕自身がそういうふうに扱ってもらってきたから。生意気盛りの新卒で会社に入って、当時の社長である島村達雄から「責任持ってやれるなら、仕切ってみろ」といきなり大きな仕事を任されたことがあったんです。自分でいろいろ試せる環境を与えてくれた。もちろん、うまくいかなくて、このままではヤバいとなった時には先輩たちがフォローしてくれた。

 「監督をしたい」と言った時も、そもそもポストプロダクションの会社で前例もなかったわけだけど、責任もってやれるんだったらやっていいよ、って。やる気がある人に対してとても優しい会社、というのが白組の先達が作ってきた社風なんです。そのイズムみたいなものは継承しなきゃいけないな、と思いながらずっとやってきました。それが今回すごくうまくいった気がします。

――昨年、惜しくも亡くなられたプロデューサーの阿部秀司さんは、「監督をしたい」という山崎監督にチャンスを与えてくださった方でもありましたね。

【山崎】『ジュブナイル』(2000年)という作品で監督デビューしたんですが、当時、VFXしかやってきていない人間が監督を務めることに反対する声もあった中、阿部さんが守ってくれて、僕は、映画監督になることができました。振り返ってみると、その時々に本当に恩人としか思えない人たちが現れて、自由にものづくりをさせてくれて、そのたびに世界が広がっていったと思います。

――今回の受賞後の記者会見で「ゴジラがたくさんの扉を開いてくれたので、ここから新しい冒険が始まるのではないかと思う。今までとは違う可能性が出てきていると思う」とお話されていましたが…。

【山崎】市場が開けるといいなと思っています。これまで日本の映画って国内だけでなんとかなってきましたけど、海外にも市場が広がれば、それなりに制作予算も増える。それによって作品のクオリティをより上げることができて、さらに市場規模が大きくなって…という好循環の中で、作品づくりをしていけるのが望ましいですよね。僕自身はこれからも映画館で観て面白かった、と楽しんでもらえるようなエンタメ映画をつくっていきたいです。

――このインタビューを行ったのは3月21日。その後、山崎監督はハリウッドの大手タレントエージェンシーのCAA(クリエイティヴ・アーティスツ・エージェンシー)と契約。スティーヴン・スピルバーグ、J・J・エイブラムス、トム・クルーズ、ブラッド・ピット、トム・ハンクス、キアヌ・リーヴスといった大物監督・俳優たちを顧客に持つエージェンシーで、22年のアカデミー賞で国際長編映画賞を獲得した『ドライブ・マイ・カー』に主演した西島秀俊も契約している。今回の契約により、山崎監督がハリウッド大作を手がけるチャンスの扉がまた一つ開いたことになる。