■「25mプールに1滴違う成分が入っていても気づける」神の嗅覚
豊かな自然に恵まれた鳥取県・奥大山には、「サントリー天然水」の水源の一つである「奥大山ブナの森工場」がある。この奥大山の地に雨や雪としてもたらされた水は、豊かな土壌に受け止められ、実に20年以上の歳月をかけて大地に染み込んでいく。そして地中深く浸透することで「自然に磨かれた」天然水となっていく。
地下から汲み上げられた天然水は、一度も外気に触れることなく同社工場まで運ばれる。工場では本来のミネラル成分を損なわないように丁寧にろ過され、加熱・殺菌後、清潔な環境でボトリングされて、製品として出荷される。
そうした天然水の味、匂い、見た目などを検査し、品質に異常がないかを調べるのが「官能検査員」だ。「25mサイズのプールに1滴違う成分が入っていても気づける」という特殊技能を持つ官能検査員。まさに”神の舌”によって、製品の品質を守っているのだ。
官能検査は、天然水をボトリングするまでの工程の中で、(1)汲み上げた源水の受け入れ時、(2)ろ過処理後、(3)ボトリングした後の3回実施されるという。
「各工程の中で、通常の味、匂いから逸脱していないか、何か変化や異変がないか、濁りがないかどうか、などを確認しています。微妙な味の違いは機械ではとらえきれず、人間の感覚でしか判断できませんので、私たちが五感を使って判断します。『サントリー天然水』の基準となる味わいや匂いと比較して、わずかでも異変があれば、生産ラインを止めて原因究明を行うこともあります。たとえば他のラインで別の製品を作っている時、その香りが移っていないか。基本、徹底された品質管理を行っているのでそのようなことはないのですが、万が一のことも想定しながら官能検査を行っています」
■極限まで高めた集中力と責任感、厳しい試験を勝ち抜き「雪のにおい」が分かるまでに
奥大山に生まれ、豊かな自然環境中で育ったという筒井さん。子どもの頃から水の味わいや季節の匂いなどに敏感で、「奥大山の水は良い水である」と教えられて育ってきたという。
「もともと、大山で育ってきて“自然の匂い”を感じ取れるポテンシャルは他の人より持っていたと思います。大山の天然水の味は、“やわらかくて甘い”とよく表現されます。その美味しさをそのままお客様にお届けし、製品を通して奥大山の魅力を発信したい。安全・安心なものづくりを保証する一員になりたいと思い、官能検査員を目指しました」
官能検査員を希望する人は、同社内で毎年実施される訓練と認定試験を受ける。そこで合格すれば、晴れて官能検査員になることができる。
「訓練では、私たちが『これは異常だ』と見極めなければならない、代表的な香りサンプルをいくつか使います。これらのサンプルは、人の嗅覚でギリギリ区別できるくらいの、ごくわずかな濃度に調整されています。訓練では、これらをランダムに並べ、『いつもの正常な天然水の香り』と『異なる香り(異常品)』として嗅ぎ分け、正確に判別する能力を磨いています」
試験は、訓練でも実施した特徴的な臭気成分を水に含ませたサンプルをガラスカップに作り、そのサンプルの匂いを嗅ぎ分けるという臭気判定。「におわない時は、全然におわないこともある」というほど厳しい試験だ。
「嗅覚や味覚は、その日の体調によっても違いますし、ストレスなどの影響も受けやすいので、日々の体調管理や生活面で気を付けています。また辛いもの、味や香りの強いものを食べると影響が出ますので、官能検査前は控えるようにしています」
訓練を積むことで官能検査力を高めて合格する場合もあれば、元々嗅覚・味覚が優れている人でも、訓練を積みさらに官能検査力を高めて合格を目指すという。
「優れた嗅覚や味覚を持っていることはもちろん大事です。あとは集中力や、製品の品質を守るという強い責任感、使命感もプラスの要素になると思います」
筒井さんは元々嗅覚に敏感だったというが、大山の四季のにおいをはっきりと感じられるという。たとえば「雪の匂い」。
「口ではうまく説明できませんが、雪独特の匂いがあるんです。ちょっと鼻の奥にほこりっぽさを感じるというか。
この神がかった嗅覚はもともとのポテンシャルもあるが、「官能検査員になって、においを意識し始めたことも大きいのかなと思います」と筒井さん。
「一種の職業病かもしれませんが、特に水の味やにおいには敏感になりました。出張先のホテルでのシャワー、飲食店でいただく水など。すぐにおいを嗅いでしまったり、味を確かめたり、癖になっています(笑)」
■地球上ですぐに使える水は0.01%…使うだけではなく、次世代にいかに繋いでいくか?
『サントリー天然水』が発売された1991年当時は、世間でも「水は買うものではない」という古い考えが残っていた。それが2000年代に入ると、健康意識の高まりや、気候の亜熱帯化などの影響もあって、ミネラルウォーターを求める人が増えていった背景がある。
転機となったのは2011年。東日本震災など自然災害が多数起きたことから、ミネラルウォーターは常備すべきライフラインとして認知されるように。2020年のコロナ禍では「安全・安心なものを飲みたい」という人々の意識からミネラルウォーターの質にもこだわりが求められるようになった。時代に合わせて、ミネラルウォーターの立ち位置は、大きく変わってきている。
現在も「ミネラルウォーターの市場はどんどん拡大しています」という筒井さん。しかし、地球上ですぐ使える水は約0.01%と言われるほど少ないもの。この貴重な水を使っているだけではダメで、いかに未来の水を作って次世代へとつなげていくのかが大きな課題となる。
同社では、製品として天然水を売るだけでなく、地下水を育む森全体を保全・再生し、取水量(使った)以上の水を育む「天然水の森」活動にも取り組んでいる。同社が2003年から20年以上も行ってきている取り組みで、今「天然水の森」は16都道府県26か所以上、12000ha超に広がっている(2024年8月時点)。
「活動として、森林を保護し、土壌に水が染み込むように養い育て、水源を守っていく『水源涵養』を行っています。2019年より国内工場で汲み上げる地下水量の2倍以上の水を涵養する”ウォーター・ポジティブ”を達成しています。これからも、皆様に美味しい『サントリー天然水』をお届けすることはもちろん、100年、200年先にも天然水をつなげていきたいという思いと責任を持って、安全・安心を保ち続けていきたいと考えています」
文:水野幸則