井伏鱒二の名作『黒い雨』が、俳優・渡辺謙の朗読でオーディオブックおよび音声コンテンツ制作・配信サービス「Amazonオーディブル(Audible)」にて配信されている。

 『黒い雨』は、原爆投下直後の広島を舞台に、被爆という未曾有の体験が人々の暮らしにどのような影を落としたのかを、静かな筆致で描いた戦後日本文学の大作。爆心地から離れた地域に降り注いだ放射性物質を含む「黒い雨」を浴びたことで被爆者と見なされた主人公・重松とその姪・矢須子が、病や偏見に不安を抱えながらも日々を生き抜く姿が、淡々とした語りの中に深く刻まれている。日常生活の中に「被爆」という歴史的事象を定着させた、戦争文学の金字塔とも評される一冊だ。

 2025年は、終戦から80年の節目を迎える年。戦争を直接体験した世代が少なくなる中で、原爆がもたらした惨禍をいかに語り継ぎ、未来へと伝えるかが問われている。本作品は、音声メディアを通じて反戦・反核への想いを次世代へとつなぐ取り組みでもある。

 ナレーターを務めた渡辺は、映画『ゴジラ』や『硫黄島からの手紙』など、反戦や原爆をテーマにした作品に数多く出演しており、新聞への寄稿やSNSを通じて、その強い想いを一貫して発信してきた。今回の朗読では、広島弁の演技指導を受けて臨み、卓越した表現力によって戦後直後の広島の情景を鮮やかに描き出している。“朗読”という語り継ぎの手段が持つ力を、あらためて実感させてくれる仕上がりだ。

■渡辺謙のコメント

 小説『黒い雨』の朗読は、俳優としての表現を超え、歴史の記憶と向き合う機会となりました。

 声に出すことで、文字を読む以上に情景や感情が立ち上がり、聴く人の心に深く届く力を実感しています。

 被爆体験を語り継ぐ声が減るなか、Audibleというプラットフォームを通じて、世代や国境を越えてこの物語が届くことに大きな意義を感じています。本作が、戦争の現実と命の重みを“自分ごと”として捉えるきっかけとなることを願っております。

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