■ギコギコ動画が275万回再生、尖った企画への挑戦に不安とウキウキ
今年6月2日、『糸ようじ』公式Xと小林製薬のYouTubeで、動画『糸ようじスルッと入るタイプWEB「最狂ギコギコRemix」篇』が公開された。ニコニコ動画を彷彿とさせる“音MAD風”の強烈な内容に、度肝を抜かれた人も多かったことだろう。公開1週間で10万を超えるいいねが集まり、動画の再生数は275万回(8月20日時点)と、大きな反響を呼んだ。
「我々にとっても新しいチャレンジでした。最初はどう受け止められるのか不安もありましたが、結果的にたくさんの皆さんにご覧いただくことができました。好意的なお声をたくさんいただき、率直に良かったと思いました」(ブランドマネージャー・来福七央人さん/以下同)
昨今では、こうした面白系の企業CMやWEB動画も見かけるが、この動画は最初から“バズを狙おう”という発想だけではなかったという。
「製品の価値やメッセージを誰に伝えるべきなのかを追求し、その人たちに“最も届きやすい方法は何だろう?”と突き詰めたマーケティングをしています。今回のCMも『ギコギコはしません』というフレーズと、スルッと入るという製品特性を伝えるという視点で考えました」
最終決裁の場では、動画をプレゼンした来福さんと上長、本部長の3人が大真面目にギコギコ動画を見つめ、無事に承認。しかも、この動画のために新たに『糸ようじ』のXアカウントを開設したというから、かなりの力の入れようだ。長く愛される老舗ブランドでありながら、このような柔軟で挑戦的なプロモーションができること自体が特筆すべきところだろう。
「振り返ってみると、尖った企画のわりに会社側から反対された記憶がないんですよ(笑)。
この動画は主に若い人たちをターゲットにしたそうだが、今回ここまで振り切ったのは、“ある危機感”があったからだという。
現在、歯間ブラシやデンタルフロスなどを使った歯間ケアは生活に定着しつつあるが、年齢別に見ると40~70代女性は7割近くが実践(※1)している反面、20~30代の若い層は「痛そう」「自分にはまだ早い」と心理的ハードルを感じる傾向にあるという。
「歳を重ねるとお口のトラブルが出やすくなりケア意識も向上しますが、若い方はトラブルが少なく、歯ブラシにプラスして歯間ケアをすることを億劫に感じやすいのだと思います。ですが、将来的な歯周病予防などを考えると、若いうちの習慣化が非常に重要です」
■歯ブラシだけでは歯間汚れが4割残る…歯周病や口臭に影響
「毎日歯磨きしているから大丈夫」と思うかもしれないが、歯と歯の間は歯ブラシでは届きにくく、歯垢や食べかすなどの汚れの約6割しか取れない(※2)という。
「残りの4割が毎日蓄積されていくと考えると怖いですよね。しかし、歯間ブラシやフロスで歯間清掃をすると、9割方は取れる(※2)と言われています。実際、歯ブラシ後に試しに糸ようじを使ったら、『信じられないくらい取れた』という話をよく聞きます」
さらに、蓄積された歯間の汚れは口臭にも影響するという。数日ぶりに歯間清掃をして、糸やフロスについた汚れのニオイを嗅いでみると「すごく臭い」…。そんな経験をしたことがある人もいるのではないだろうか。海外ではフロスなどによる歯間清掃は常識だが、前述のとおり日本ではまだ浸透しきっていない。それが、「日本人は口臭がキツい」と言われる原因になってしまっているのだろう。
■来年40周年の『糸ようじ』、CMにクレームが入った過去も
来年、発売40周年を迎える『糸ようじ』の誕生(1987年)も、“海外”がきっかけであった。当時、小林製薬の開発担当者が新幹線に乗車したところ、隣り合わせた外国人がフロスで歯間清掃している姿を発見。「何だこれは!?」と驚いたことが、『糸ようじ』開発につながったという。
「ちょうど歯医者さんでも歯間清掃が指導され始めていた時期で、『お客様のお口の健康を守るためにも普及させたい』と製品化へ向けた動きが始まりました」
作り上げたのは、“フロスの糸”とお馴染みの“爪楊枝”を合体させた『糸ようじ』。小林製薬らしい、わかりやすく秀逸なネーミングであったものの、歯ブラシ一択だった当時の生活者に新しい習慣を根付かせることにはかなり苦労した。
「初期に流したCMが、大きい口の模型に糸ようじをスコスコ入れて汚れを取る、という内容でした。ところが視聴者の方から『汚い』『止めてほしい』といったお声が届き、一旦CMを流すのをやめた時期もありました」
それでも、「広めることが大事」という信念で啓蒙活動を続け、同時に使いやすさを追い求めて改良を続けた。最初は1本の糸を張ったものから、超極細糸を200本張ったものに、そして最終的には特殊加工を施した6本糸に最適化。さらに、「ただでさえ面倒な歯間ケアを、少しでもストレスなくできるように」との願いを込め、ヘッドや柄の部分の形状にもとことんこだわった。
「『糸ようじ』はヘッドから柄の部分がストレートになっています。柄が斜めの他社商品もありますが、それだと下の歯の間に糸を入れた時に上の歯に当たってしまい、口を大きく開けなければいけなくなるのです。実は柄をストレートにすることでコストは上がってしまうのですが、お客様の使いやすさを求めて、そこはこだわっていますね。
■オーラルケア意識の高まりで競合続々、老舗ブランドはどう立ち向かう?
『糸ようじ』の発売当初の売上は約5億円(小林製薬出荷金額ベース)。以降、おおむね右肩上がりで成長を続け、直近の2025年には前年比113%と伸長している。特に2022年、岸田文雄首相(当時)が「国民皆歯科検診」の導入を発表した際、人々のオーラルケア意識が向上して市場全体が大きく伸びたという。
ただ、それだけに他メーカーからも歯間ケア商品は数多く発売され、いまやドラッグストア等でも多種多様な商品がズラリと並ぶ。ユーザーとしてはつい目新しい商品に手が伸びがちだが、多くの競合の中で“老舗ブランド”はどのように生き残っているのだろうか。
「実は『糸ようじ』は非常にリピート率が高い商品であり、お客様から『糸ようじ以外考えられない』『安心して使える』というお声をよくいただきます。少し価格は高めですが、何より糸や柄の形状にこだわり、使いやすさに特化している点で選ばれているのだと思います」
早くからオーラルケアの啓蒙を行ってきた小林製薬だが、今後もさらにそれを推し進めていきたいという。
「特別なケアではなく、毎日行うことを当たり前にしていただけたらと思います。だからこそ私たちは、ストレスなく手軽に使えて、しっかり汚れを落とせる点を重視しています。取り残される人がいないように、大きく言えば”国民全員が歯間ケアを当たり前に行えるようにしたい”というのが、我々の目指すところです」
『糸ようじ』は現時点ですでに完成されているようにも思うが、「チャレンジを止めないことが大事」と意欲を見せる来福さん。40周年を控え、さらなる進化に期待したいところだ。
※1 出典:令和6年歯科疾患実態調査
※2 出典:山本昇ほか 日本歯周病学会誌1975
(文:水野幸則)
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