戦後80年となる2025年夏。今年実施された世論調査で米国成人のうち原爆投下を「正当化できる」は35%、「正当化できない」は31%だった。
広島・長崎への原爆投下に対する米国人の正当性意識は大きく後退し、数字が僅差となったのはなぜか。統計データ分析家の本川裕さんは「米国人にもやっと反省のこころが芽生え、人類的な見地に立つようになったと見る向きもあるが、それ以外の要素も大きい」という――。
■米国で「原爆投下は正当化できない」派が激増の背景
「広島、長崎への原爆投下を例として使いたくない。しかし、本質的には同じだ。戦争を終わらせた」
トランプ大統領は今年の6月、イラン核施設に対する空爆に言及する中でこのように発言した。この物言いに日本では大きな反発・批判が起きたが、米国では原爆投下への肯定的意見は立場を超えてなお支配的だ。
しかし、米国も世論はかなり変化している。終戦直後の1945年8月に調査機関ギャラップが実施した調査では、「原爆投下支持」は85%で、「不支持」は10%にとどまっていた。
ところが、調査機関ピューリサーチセンター(以下、ピュー社)が今年行った世論調査によると、米国成人のうち原爆投下を「正当化できる」は35%だったのに対し、「正当化できない」は31%となったことが報じられ、米国人の意識変化をあらわすものとして大きな関心を呼んだ。
原爆投下から80年目に当たり、日本人としては、米国人にもやっと反省のこころが芽生え、人類的な見地に立つようになったととらえたいところであるが、果たしてそうなのだろうか。ここでは、ピュー社が行った世論調査結果などをデータに即して検証し、どんな事情がこうした意識変化をもたらしているのか、探ってみよう。
今回、結果が報じられ、反響を呼んだピュー社の世論調査結果を図表1に掲げた。

米国成人のうち35%が広島・長崎への原爆投下は「正当化できる」と答えており、「正当化できない」の31%を4%ポイント上回っていたが、差はあまり大きくない。
男女、年齢別など属性別の結果を見てみると、「女性」や「50歳未満層」、「民主党支持層」では、「正当化できない」が「正当化できる」より多くなっているのが目立っている。米国はまったく一枚岩というにはほど遠い階層差の社会だということが改めて分かる。
さらに、同じピュー社が10年前の2015年に行った同様の世論調査結果と比較してみよう(図表2参照)。
2015年の調査は2025年の調査と異なり「分からない」という選択肢がなかったため、単純に値を比べることはできない。そこで、「正当化される」の割合を「正当化されない」の割合で割った比率を算出してみると、2025年が1.13であるのに対して2015年は1.65だったので、両者の差が大きく縮まったことが明らかである。
この10年で原爆投下は「正当化される」という意識が大きく弱まったことは確かであろう。
属性別の結果は両年とも同じ傾向を示しているが、2015年の段階では、女性や若年層、民主党支持層でも「正当化される」がまだ少数ではなかったと見られるので、この10年の変化は属性別でも大きかったといえよう。
■日本の若者ではやや異なる傾向も
ピュー社の2015年調査では原爆投下の正当性について米国人と日本人の比較が可能となっている。「正当化されない」が米国人の34%に対して日本人は79%と圧倒的に多くなっている。当然の結果といえるが、日本人でも「正当化される」と14%が回答している点には留意が必要であろう。
最新に近い時点での日米の意識比較が分かる国際調査がないか探してみると、政府の研究所である統計数理研究所が2022年に行った核軍縮問題に関する国際世論調査のなかで原爆投下の正当性について調べている(図表3)。
ただし「正当化される」に当たる選択肢の表現は日本の調査では「正当だった」、米国の調査では“Approve”(承認する)であり、「正当化される」とは少し異なっている。
こちらの調査でも「正当」との回答は米国が52.1%と日本の9.2%を大きく上回っている。
この調査では、男女別、年齢別の結果も得られる。男女別では日米ともに女性は「正当」との回答は少なく、男女差は日米ともにかなり大きい。年齢別には、米国は70歳以上の高齢者で「正当」が多いのを除くと2025年のピュー社調査と異なり、年齢の差は余りない。「正当」をApproveという用語であらわしているためだろうと思われる。
日本の場合、「正当」とする回答がそう多いレベルではないが、高齢層と比較して若い世代ほど多い点には要注目だ。「正当」率が50~70代以上が5%前後、30~40代が11~12%台であるのに対し、20代は20%を超えている。「正当」でなかったとしたなら、数多くの原爆の被害者は浮かばれないという気持ちのあらわれではないかと思われる。
■「正当化されない」と思う米国人が増えた理由は
広島・長崎への原爆投下を「正当化されない」と考える米国人が増えた理由としては、「戦争を終結させるのに原爆は必要なかった」という歴史家の見解に光が当たり始めたためという説もあるが、それが米国人全体の意識を変えるほどのものとは思えない。現実的には、意識変化の要因としては以下の3つの可能性があろう。
米国人の意識変化の要因

① 原爆投下の意思決定についての当事者意識

② 広島・長崎被爆者への共感あるいは罪悪感

③ 核兵器使用へのおそれ

「正当化される」という回答が米国人の中でも高齢者で多い理由としては、原爆投下の意思決定について少しでも当事者意識のある者ほど、あれは正しかったと思わないではいられないからであろう。
言い換えれば、良い悪いの判断以前に、決断を下したからには間違っていたとはいえないという気持ちがあるからだろう。男女差や支持政党差にもそうした意識が反映しているとも考えられよう。
年月が経つにつれて当事者意識をもつ米国人は減っていくのでこの傾向は今後も続くと見てよかろう。
2つ目の要因としては、日本の被爆者への共感、あるいは罪悪感が米国人の間で高まっているからという可能性もあろう。米国の世論の転換点として2016年5月27日のオバマ大統領の広島訪問をあげる論者もいる。
しかし、米国人の間で昨年のノーベル平和賞を被団協が受賞したことを知らない者が他国よりも多いというデータ(図表4参照)を見るとオバマ効果が大きな理由となっているとは言えないと思う。
■なぜ核兵器使用へのおそれが高まっているのか
3つ目の要因としては核兵器使用へのおそれが高まっている影響が考えられる。「核が再び落とされるかもしれない」。そうした米国人のおそれの淵源となっているのが、「米国人自身が人類初の原爆を使用した」という事実だろう。そのため、広島・長崎への原爆投下は「正当化されない」と考えざるを得ないのである。
図表5に示したのは「今後10年間に核兵器が再び使用されるおそれがある」と回答した者の比率であるが、各国でそうしたおそれを抱く者が多くなっていることが分かる。技術進歩や核保有国の増加によってテロ組織が核兵器を入手し使用することが以前より容易になっていること、ウクライナ戦争で場合によっては核兵器使用を辞さないとロシアが表明していることなどが影響していよう。
午前0時を人類滅亡の時刻に見立てた世界終末時計も今年1月には1秒減って残り1分29秒となり、1947年の公表開始後、最も短くなった。
核兵器使用のおそれをもっとも多く抱いているのはロシア人の69.2%であるが、米国人も47.5%とロシアに次いで多くなっている。
ピュー社調査で広島・長崎への原爆投下を「正当化されない」と考える米国人が増えたことを報じた時事通信は、この記事内で以下のような米国人若者の事例を紹介している。
カリフォルニア州バーバンクの高校生エディー・レシェは2023年に「核戦争のリスクに関する講演を聞き、怖くなったのがきっかけ」に学校で核廃絶運動をはじめ、当時の市長に核廃絶を目指す宣言を出させることに成功。これがきっかけで設立された学生団体が、全米12支部に広がり、参加者は高校・大学生ら約500人に膨らんだ。レシェ氏は「将来何をやりたいかを考えていた。しかし、核戦争が起きたら全てが失われると感じた」という(時事通信、2025年8月7日)。
米国の連続テレビドラマでは、しばしば、米国内でテロリストによって核攻撃被害を受ける(受けそうになる)エピソードが描かれる。例えば、「24 -TWENTY FOUR-」(2001年~)、「マダム・セクレタリー」(2014年~)、「フィアー・ザ・ウォーキング・デッド」(2015年~)などは国内外で人気を博し、シリーズ化された。こうしたドラマを見るにつけ、米国が原爆投下したことにより、80年後の現在も、他国やテロリストから核攻撃を受けるかもしれないという潜在的な強い恐怖を抱いていると感じざるを得ないのである。
若年層や女性層で「正当化されない」という意見が特に多くなっている背景にはこうした脈絡が大きく作用していると感じられる。
核兵器を使ったという過去がなければ、核軍縮や核拡散、過激派の無惨なテロに対して米国はもっと毅然と対処できているはずである。
核使用へのおそれの元凶というそしりとともに米国は「原爆投下のツケ」を払い続けているといえよう。
まとめると、私見では、原爆投下を「正当化されない」と思う米国人が増えた理由としては「当事者意識の後退」が最も大きく、「核攻撃へのおそれの増大」がそれに次いで大きいと考えている。理由はともかく、そうした動きが世界的な核廃絶へ向けたうねりを引き起こすきっかけになればと願わざるを得ない。

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本川 裕(ほんかわ・ゆたか)

統計探偵/統計データ分析家

東京大学農学部卒。国民経済研究協会研究部長、常務理事を経て現在、アルファ社会科学主席研究員。暮らしから国際問題まで幅広いデータ満載のサイト「社会実情データ図録」を運営しながらネット連載や書籍を執筆。近著は『統計で問い直す はずれ値だらけの日本人』(星海社新書)。

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(統計探偵/統計データ分析家 本川 裕)
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