中国の国家主席、習近平はどれほどの資産を築いているのか。イギリスのジャーナリストのマイケル・シェリダンさんは「一族の保有資産は10億ドルを超えているかもしれない」という。
※本稿は、マイケル・シェリダン(著)、田口 未和(訳)『紅い皇帝 習近平』(草思社)の一部を再編集したものです。
■習近平の家族はエリートのなかでもとくに強欲
「紅い家族」がどれほど裕福なのか、大部分の中国人には見当もつかなかった。
中国の大衆(「老百姓」)は、不平を言いながら日々を過ごしていた。現在は過去よりましになり、将来は現在よりもっとよくなるだろう。そう思わせることが、共産党による大衆の導き方だった。
しかし、社会の上層部には多くの特権的な家族がいて、彼らは将来が訪れるのをじっと待ってはいられなかった。富と贅沢への飢えが野心を駆り立て、良心は捨て去られ、見苦しい欲の世界が創出されて、浴槽の黄金の蛇口に赤い旗が飾られた。
警察国家は富の蓄積を大衆の目からうまく隠す。国民はときおり詳細に報道される贈収賄の裁判を通して、それを垣間見るだけだ。そうした不正はいつも、無私無欲の規範からの逸脱行為として説明された。しかし真実は、エリート層が支配権を握っていたということだ。
習近平の家族はエリートのなかでもとくに強欲な層に含まれた。彼が2012年に権力を掌握するまでに、姉の斉橋橋(せい・きょうきょう)(1949年生まれ)とその夫の鄧家貴、娘の張燕南は、中国と香港に2億7200万ドルを超える投資と不動産を蓄積していた。彼らの富の源泉ははっきりしないが、習近平が昇進を続けていた時期に資産は何倍にも増えた。
現在、中国を率いるこの一族の保有資産は10億ドルを超えているかもしれない。
■出所不明の美談が広まる
強大な権力を持つ支配者層の家族は、自分たちが免責されていると自信を持つあまり、行動を隠すことすらほとんどせず、はっきりした記録を残した。
アメリカの金融ニュース通信社「ブルームバーグ・ニュース」の報道チームが調査にとりかかった。チームを率いた元海軍士官のマイケル・フォーサイスは、「ドキュメント・ガイ」と自称するのを好んだ人物だ。チームは2012年6月に、習一族の蓄財について広範囲におよぶ調査に基づいた記事を発表した。
ブルームバーグの記事が出ると、習近平のプロパガンダ機関はすぐさま行動に移った。習が自分の身内に資産の売却を命じたという噂が――噂の出所はわからないまま――広まった。香港の金融業界では、ファーストファミリーがその考えに同意を示したという話で持ち切りだった。
人々は点心を食べながら訳知り顔でうなずき、習が腐敗にうんざりして中国の汚れを取り除いているという話を繰り返した。女家長の斉心が子供たちを集め、一族は高潔で健全でなければならないと諭したという話も、自信たっぷりに言いふらされた。
■虚構の「資産売却」と報道への報復
しかし、それはまったくの戯言だった。家族の富が減ることはなく、うまく隠されただけで、習近平が中国最高指導者の地位に生涯とどまるための画策をしているあいだに飛躍的に増加した。
マフィアのゴッドファーザーと同様に、習近平はほころびをきれいに繕うことを好んだ。報復の最初の標的となったのはブルームバーグ・ニュースだ。この企業の中国語と英語のニュースサイトは、中国の銀行家やトレーダーが必要とする金融取引の端末を除き、中国国内でのアクセスを遮断された。
最後には、ブルームバーグの重役たちが北京に巡礼し、ウェブサービスは再開された。マイケル・フォーサイスはブルームバーグから『ニューヨーク・タイムズ』紙に移り、そこで中国のファーストファミリーの資産についての調査を続けた。
しかし、話はそれで終わりではない。そこからは、国家による典型的なギャング行為の話に変わる。
■習の出世と歩調を合わせた資産の急増
しかし、その筋書きを明らかにするためには、少しばかり時間を巻き戻さなければならない。
学士号を取得した北京の清華大学のウェブサイトに掲載されたインタビューによれば、政界を引退して何かと問題を抱えた父親の世話をするために彼女は仕事を辞め、父の死後にビジネスの世界に進んだ。
夫の活動はさらに不明なところが多いが、中国が1990年代に長期的な都市化計画と持ち家所有の促進に乗り出したときに、不動産で儲けたらしい。有力な開発業者は地元の共産党の役人や政策立案者と密接な関係を築いた。
政治的つながりはあらゆるところにあった。党の実力者との関係は利益を上げるための堅実な基礎となる。斉橋橋は起業家としての最初の10年で多くを成し遂げた。習近平が上海で党トップの地位に就き、全国的な政治の舞台に進む準備を整えていたころ、橋橋は夫とともに蓄財の拠点となる投資会社を設立した。
2007年に「北京秦川大地投資有限公司」として登記されたその会社の資本は270万ドルだった。事業内容は不動産と鉱山への投資としていたが、漠然としていた。ブルームバーグのジャーナリストたちが4年後に投資関連の資料を調査するころには、資産は1億5600万ドルになっていた。
■レアアース利権で数億ドルの利益を獲得
夫妻は抜け目ない投資をした。たとえば、江西稀有稀土金属業集団(レアアース&レアメタル・タングステングループ)の株を保有した。この企業の市場価値は21億ドルで、彼らの保有する株の評価額は約3億8000万ドルになった。
江西のような企業は、レアメタルの需要が爆発的に増加するのを見て、採掘と精製事業に乗り出した。レアメタルは触媒コンバーターからシリコンチップ、高性能の軍装備品まで、現代の経済で重要なあらゆるものを製造するために欠かせない。
この分野は中国では最も利益性の高い産業のひとつで、レアアースに関してはほとんど中国の独占状態という恵まれた状況にある。21世紀の最初の10年に、国が製造と輸出を統制し、世界経済の拡大とともに価格をつり上げた。
川を挟んで香港と向き合う南部の新興都市深圳は、夫妻の主要資産のひとつである深圳市遠為投資有限公司の拠点だった。多くの企業に投資する不動産・持株会社である。彼らの遠為の株だけでも3億ドルを超える価値があった。
夫妻の娘、張燕南は別の種類の外国投資をしていた。
ヒコニクスの劉錦成会長は、斉橋橋が清華大学でMBA課程にいたとき、同じ大学にいた。他の多くの起業家と同じように、彼が海岸部でひと儲けしようと歩みはじめたとき、人脈の広い投資家たちを一緒に連れていった。
■資産隠しの舞台は香港
習一族は財産を安全でよく規制された香港の金融センターにとどめておくことを好んだ。
1990年代の香港はまだ司法権と裁判所が独立して機能していたため評価が高かった。2013年に投資先としてよさそうな土地を見てまわった結果、彼らは香港島のブレーマーヒル(宝馬山)の風の強い高台の土地にたどり着く。
そこにある高級マンションからは、ヤシの木で縁取られたスイミングプール越しに九龍半島を見渡せた。不動産エージェントたちはそこを、「すばらしく洗練された」土地と表現したが、その所有者については話したがらなかった。
娘の張燕南名義で所有するもうひとつの不動産は、香港島のケネディロードにあるリージェント・オン・ザ・パークと呼ばれる高層ツインタワーマンションの一室で、その高い窓からはヴィクトリア湾の見事な景色を眺めることができた。すぐ近くには中国外交部が入る近代的なオフィスビルもあった。そのマンションは600万ドルを超える価値があった。
張燕南は若くして資産家となった。所有者として登記されている不動産には、かつては植民地の高官たちが好む居留地だった浅水湾の邸宅がある。また、ウォーターフロントの住居とオフィスの複合施設で、コンベンションセンターの隣にあるコンベンション・プラザに四室を所有していた。
■香港の高級不動産が安全な隠れ家
コンベンションセンターは、1997年6月30日にイギリスから中国への引き継ぎの行事が行なわれた場所である。安全な投資先として香港に民間資本が流れるようになったことで、香港の高級不動産の約3分の1は、中国本土の人々によって買い上げられた。
共産党のエリート家族が注意を引かなかったと言うのは、控えめにすぎるだろう。香港の第一級の不動産の本当の所有者は、しばしば偽名、持株会社、そして「念入りな」配慮を通して自分の身元を隠し、したがって表向きの所有者は家族の会社の従業員か中国内陸部にいる遠い親類の名前になった。
しかし、香港の法律は、所有者に個人の身元を証明できる書類を記録に残すことを義務づけていた。したがって、調べようと思えば、本当の所有者を追跡することができた。あるケースでは、斉橋橋が偽名の柴林馨を使い、イギリスのヴァージン諸島にある企業の独占所有権を得たことを突き止めた。
柴林馨の名前と1998年11月19日の日付が入った書類が、モサック・フォンセカという法律事務所から流出した、いわゆる「パナマ文書」のなかに含まれていた。中国本土の資産についても同じだった。
夫妻の蓄財の中心だった秦川大地公司の登記簿からは彼らの名前が消えて、所有者の名義は徐再勝に書き換えられた。徐は古くから夫妻に仕えるスタッフのひとりだった。「ブルームバーグ」と『ニューヨーク・タイムズ』紙により企業の再編が報じられると、中国の追いつめられた反体制派の多くは、彼ら高潔な納税者は何を隠さなければならなかったのか、と問いかけた。
■通信利権で儲け、株は家族の名義に
習一族は、時代遅れの国営産業の廃墟から現れた新しい経済機会に触手を伸ばした。習近平のすぐ上の姉の安安(あんあん)と結婚した呉龍は、新郵通信設備有限公司という電気通信企業の代表だった。彼の利益は、弟の妻の家族名義の不明瞭な一連の株式取得を通して隠されていた。
中国のインターネット検閲は意図的に、新郵通の所有者に関連したウェブサイトを閉鎖した。しかし、国が3Gの標準装備を規定したことにより、このどこからともなく現れた企業が非常に利益を上げているという事実は隠せなくなった。
この設備を導入する中国移動通信(チャイナ・モバイル)は、21世紀の最初の10年にこの国の電気通信産業の巨人になった。
アメリカの多国籍企業で中国への大々的な進出を目指していたモトローラの重役たちは、新郵通が携帯電話機の入札を勝ちとったことに困惑した。モトローラの携帯電話部門の災難は、結果的に同社を二つに分割させることにつながる。その後は勢いを取り戻せないまま、ほぼ1世紀にわたり電気通信産業を牽引したモトローラが、中国の大手企業レノボに買収された。
斉安安と呉龍の起業家精神は、娘の呉雅凝にも引き継がれたようだ。ユニバーシティ・カレッジ・ロンドンで学んだ呉雅凝は、新郵通に就職した。彼女は早い段階で中国のグリーン産業に目をつけ、アメリカ企業のハドソン・クリーン・エネルギー・パートナーズとの提携を進めた。ハドソン社は10億ドル以上の資金を適切なプロジェクトに投資した。
■慈善事業を資産の「隠れ蓑」に
斉安安のソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS)上のプロフィールには、「北京で活動する社会起業家……中国における持続可能性と社会的責任に関する対話の熱心な支持者」と書いてある。
彼女は「社会的企業、持続可能なイノベーション、草の根のプロジェクト、地方の開発を、平和的でクリーンな、透明性があり、公正で社会的責任を果たす幸せな世界への調和的移行を奨励するツールとしてうまく使った」というが、これを平易な言葉で表現すれば、どのような意味になるかははっきりしない。
呉雅凝は慈善活動のゲームにも素早く足を踏み入れた。それは自分たちの富を美徳に変えようと望む裕福な中国の家族にとっては優れた隠れ蓑になった。彼女は自らを中国の大手オンライン寄付サイト「51Give」の共同設立者と表現した。
習一族としては珍しく、彼女はイギリス人男性のダニエル・フォアと結婚した。フォアは2005年に中国へ移住し、ビジネス機会をうかがっていた。2007年、二人はフェアクリマ・キャピタルという「クリーンエネルギー」企業を設立する。彼らの事業はほとんど注意を引かなかったが、2012年に習近平が中国の最高指導者になると、その姪の夫であるフォアもニュースで取り上げられた。
「北京の薄汚れた外国人向けバーに入り浸っていた男が、いまや天安門広場の人民大会堂で世界のリーダーやCEOをもてなしている」。『アトランティック』紙は彼をそう紹介した。
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マイケル・シェリダン
ジャーナリスト
1989年6月に香港と中国から最初のレポートを送り、その後は『サンデー・タイムズ』紙の極東特派員を20年間続け、中国の興隆、1997年の香港返還と香港民主化運動を報じた。それ以前にはロイター通信、ITN、『インディペンデント』紙などで、中東の戦争、国際外交とヨーロッパの政治などを、ローマ、ベイルート、エルサレムを拠点に報道した。『スペクテイター』、『タブレット』、『ヴァニティフェア』、香港の『信報財經新聞』などにも寄稿している。2021年に香港の歴史を批判的に描いた『The Gate to China』を出版した。
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(ジャーナリスト マイケル・シェリダン)
著書『紅い皇帝 習近平』(草思社)より紹介する――。(第2回)
※本稿は、マイケル・シェリダン(著)、田口 未和(訳)『紅い皇帝 習近平』(草思社)の一部を再編集したものです。
■習近平の家族はエリートのなかでもとくに強欲
「紅い家族」がどれほど裕福なのか、大部分の中国人には見当もつかなかった。
中国の大衆(「老百姓」)は、不平を言いながら日々を過ごしていた。現在は過去よりましになり、将来は現在よりもっとよくなるだろう。そう思わせることが、共産党による大衆の導き方だった。
しかし、社会の上層部には多くの特権的な家族がいて、彼らは将来が訪れるのをじっと待ってはいられなかった。富と贅沢への飢えが野心を駆り立て、良心は捨て去られ、見苦しい欲の世界が創出されて、浴槽の黄金の蛇口に赤い旗が飾られた。
警察国家は富の蓄積を大衆の目からうまく隠す。国民はときおり詳細に報道される贈収賄の裁判を通して、それを垣間見るだけだ。そうした不正はいつも、無私無欲の規範からの逸脱行為として説明された。しかし真実は、エリート層が支配権を握っていたということだ。
彼らは権力、強要、暴力の脅しを使い、欲しいものを手に入れた。
習近平の家族はエリートのなかでもとくに強欲な層に含まれた。彼が2012年に権力を掌握するまでに、姉の斉橋橋(せい・きょうきょう)(1949年生まれ)とその夫の鄧家貴、娘の張燕南は、中国と香港に2億7200万ドルを超える投資と不動産を蓄積していた。彼らの富の源泉ははっきりしないが、習近平が昇進を続けていた時期に資産は何倍にも増えた。
現在、中国を率いるこの一族の保有資産は10億ドルを超えているかもしれない。
■出所不明の美談が広まる
強大な権力を持つ支配者層の家族は、自分たちが免責されていると自信を持つあまり、行動を隠すことすらほとんどせず、はっきりした記録を残した。
アメリカの金融ニュース通信社「ブルームバーグ・ニュース」の報道チームが調査にとりかかった。チームを率いた元海軍士官のマイケル・フォーサイスは、「ドキュメント・ガイ」と自称するのを好んだ人物だ。チームは2012年6月に、習一族の蓄財について広範囲におよぶ調査に基づいた記事を発表した。
ブルームバーグの記事が出ると、習近平のプロパガンダ機関はすぐさま行動に移った。習が自分の身内に資産の売却を命じたという噂が――噂の出所はわからないまま――広まった。香港の金融業界では、ファーストファミリーがその考えに同意を示したという話で持ち切りだった。
人々は点心を食べながら訳知り顔でうなずき、習が腐敗にうんざりして中国の汚れを取り除いているという話を繰り返した。女家長の斉心が子供たちを集め、一族は高潔で健全でなければならないと諭したという話も、自信たっぷりに言いふらされた。
■虚構の「資産売却」と報道への報復
しかし、それはまったくの戯言だった。家族の富が減ることはなく、うまく隠されただけで、習近平が中国最高指導者の地位に生涯とどまるための画策をしているあいだに飛躍的に増加した。
マフィアのゴッドファーザーと同様に、習近平はほころびをきれいに繕うことを好んだ。報復の最初の標的となったのはブルームバーグ・ニュースだ。この企業の中国語と英語のニュースサイトは、中国の銀行家やトレーダーが必要とする金融取引の端末を除き、中国国内でのアクセスを遮断された。
最後には、ブルームバーグの重役たちが北京に巡礼し、ウェブサービスは再開された。マイケル・フォーサイスはブルームバーグから『ニューヨーク・タイムズ』紙に移り、そこで中国のファーストファミリーの資産についての調査を続けた。
しかし、話はそれで終わりではない。そこからは、国家による典型的なギャング行為の話に変わる。
■習の出世と歩調を合わせた資産の急増
しかし、その筋書きを明らかにするためには、少しばかり時間を巻き戻さなければならない。
習近平の姉の斉橋橋は、人民武装警察(武警)の低給の職員にすぎなかったが、2002年に年収1500ドルの副局長となり、そのころにビジネススクールに行くと決めた。彼女は当時50歳だった。
学士号を取得した北京の清華大学のウェブサイトに掲載されたインタビューによれば、政界を引退して何かと問題を抱えた父親の世話をするために彼女は仕事を辞め、父の死後にビジネスの世界に進んだ。
夫の活動はさらに不明なところが多いが、中国が1990年代に長期的な都市化計画と持ち家所有の促進に乗り出したときに、不動産で儲けたらしい。有力な開発業者は地元の共産党の役人や政策立案者と密接な関係を築いた。
政治的つながりはあらゆるところにあった。党の実力者との関係は利益を上げるための堅実な基礎となる。斉橋橋は起業家としての最初の10年で多くを成し遂げた。習近平が上海で党トップの地位に就き、全国的な政治の舞台に進む準備を整えていたころ、橋橋は夫とともに蓄財の拠点となる投資会社を設立した。
2007年に「北京秦川大地投資有限公司」として登記されたその会社の資本は270万ドルだった。事業内容は不動産と鉱山への投資としていたが、漠然としていた。ブルームバーグのジャーナリストたちが4年後に投資関連の資料を調査するころには、資産は1億5600万ドルになっていた。
当局はすぐに、そうしたファイルへのアクセスを遮断した。
■レアアース利権で数億ドルの利益を獲得
夫妻は抜け目ない投資をした。たとえば、江西稀有稀土金属業集団(レアアース&レアメタル・タングステングループ)の株を保有した。この企業の市場価値は21億ドルで、彼らの保有する株の評価額は約3億8000万ドルになった。
江西のような企業は、レアメタルの需要が爆発的に増加するのを見て、採掘と精製事業に乗り出した。レアメタルは触媒コンバーターからシリコンチップ、高性能の軍装備品まで、現代の経済で重要なあらゆるものを製造するために欠かせない。
この分野は中国では最も利益性の高い産業のひとつで、レアアースに関してはほとんど中国の独占状態という恵まれた状況にある。21世紀の最初の10年に、国が製造と輸出を統制し、世界経済の拡大とともに価格をつり上げた。
川を挟んで香港と向き合う南部の新興都市深圳は、夫妻の主要資産のひとつである深圳市遠為投資有限公司の拠点だった。多くの企業に投資する不動産・持株会社である。彼らの遠為の株だけでも3億ドルを超える価値があった。
夫妻の娘、張燕南は別の種類の外国投資をしていた。
ハイテク企業のヒコニクス・ドライブ・テクノロジーは、深圳株式市場に上場していた。ブルームバーグのチームの計算によれば、2009年から12年のあいだに株価は40倍になった。
ヒコニクスの劉錦成会長は、斉橋橋が清華大学でMBA課程にいたとき、同じ大学にいた。他の多くの起業家と同じように、彼が海岸部でひと儲けしようと歩みはじめたとき、人脈の広い投資家たちを一緒に連れていった。
■資産隠しの舞台は香港
習一族は財産を安全でよく規制された香港の金融センターにとどめておくことを好んだ。
1990年代の香港はまだ司法権と裁判所が独立して機能していたため評価が高かった。2013年に投資先としてよさそうな土地を見てまわった結果、彼らは香港島のブレーマーヒル(宝馬山)の風の強い高台の土地にたどり着く。
そこにある高級マンションからは、ヤシの木で縁取られたスイミングプール越しに九龍半島を見渡せた。不動産エージェントたちはそこを、「すばらしく洗練された」土地と表現したが、その所有者については話したがらなかった。
娘の張燕南名義で所有するもうひとつの不動産は、香港島のケネディロードにあるリージェント・オン・ザ・パークと呼ばれる高層ツインタワーマンションの一室で、その高い窓からはヴィクトリア湾の見事な景色を眺めることができた。すぐ近くには中国外交部が入る近代的なオフィスビルもあった。そのマンションは600万ドルを超える価値があった。
張燕南は若くして資産家となった。所有者として登記されている不動産には、かつては植民地の高官たちが好む居留地だった浅水湾の邸宅がある。また、ウォーターフロントの住居とオフィスの複合施設で、コンベンションセンターの隣にあるコンベンション・プラザに四室を所有していた。
■香港の高級不動産が安全な隠れ家
コンベンションセンターは、1997年6月30日にイギリスから中国への引き継ぎの行事が行なわれた場所である。安全な投資先として香港に民間資本が流れるようになったことで、香港の高級不動産の約3分の1は、中国本土の人々によって買い上げられた。
共産党のエリート家族が注意を引かなかったと言うのは、控えめにすぎるだろう。香港の第一級の不動産の本当の所有者は、しばしば偽名、持株会社、そして「念入りな」配慮を通して自分の身元を隠し、したがって表向きの所有者は家族の会社の従業員か中国内陸部にいる遠い親類の名前になった。
しかし、香港の法律は、所有者に個人の身元を証明できる書類を記録に残すことを義務づけていた。したがって、調べようと思えば、本当の所有者を追跡することができた。あるケースでは、斉橋橋が偽名の柴林馨を使い、イギリスのヴァージン諸島にある企業の独占所有権を得たことを突き止めた。
柴林馨の名前と1998年11月19日の日付が入った書類が、モサック・フォンセカという法律事務所から流出した、いわゆる「パナマ文書」のなかに含まれていた。中国本土の資産についても同じだった。
夫妻の蓄財の中心だった秦川大地公司の登記簿からは彼らの名前が消えて、所有者の名義は徐再勝に書き換えられた。徐は古くから夫妻に仕えるスタッフのひとりだった。「ブルームバーグ」と『ニューヨーク・タイムズ』紙により企業の再編が報じられると、中国の追いつめられた反体制派の多くは、彼ら高潔な納税者は何を隠さなければならなかったのか、と問いかけた。
■通信利権で儲け、株は家族の名義に
習一族は、時代遅れの国営産業の廃墟から現れた新しい経済機会に触手を伸ばした。習近平のすぐ上の姉の安安(あんあん)と結婚した呉龍は、新郵通信設備有限公司という電気通信企業の代表だった。彼の利益は、弟の妻の家族名義の不明瞭な一連の株式取得を通して隠されていた。
中国のインターネット検閲は意図的に、新郵通の所有者に関連したウェブサイトを閉鎖した。しかし、国が3Gの標準装備を規定したことにより、このどこからともなく現れた企業が非常に利益を上げているという事実は隠せなくなった。
この設備を導入する中国移動通信(チャイナ・モバイル)は、21世紀の最初の10年にこの国の電気通信産業の巨人になった。
アメリカの多国籍企業で中国への大々的な進出を目指していたモトローラの重役たちは、新郵通が携帯電話機の入札を勝ちとったことに困惑した。モトローラの携帯電話部門の災難は、結果的に同社を二つに分割させることにつながる。その後は勢いを取り戻せないまま、ほぼ1世紀にわたり電気通信産業を牽引したモトローラが、中国の大手企業レノボに買収された。
斉安安と呉龍の起業家精神は、娘の呉雅凝にも引き継がれたようだ。ユニバーシティ・カレッジ・ロンドンで学んだ呉雅凝は、新郵通に就職した。彼女は早い段階で中国のグリーン産業に目をつけ、アメリカ企業のハドソン・クリーン・エネルギー・パートナーズとの提携を進めた。ハドソン社は10億ドル以上の資金を適切なプロジェクトに投資した。
■慈善事業を資産の「隠れ蓑」に
斉安安のソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS)上のプロフィールには、「北京で活動する社会起業家……中国における持続可能性と社会的責任に関する対話の熱心な支持者」と書いてある。
彼女は「社会的企業、持続可能なイノベーション、草の根のプロジェクト、地方の開発を、平和的でクリーンな、透明性があり、公正で社会的責任を果たす幸せな世界への調和的移行を奨励するツールとしてうまく使った」というが、これを平易な言葉で表現すれば、どのような意味になるかははっきりしない。
呉雅凝は慈善活動のゲームにも素早く足を踏み入れた。それは自分たちの富を美徳に変えようと望む裕福な中国の家族にとっては優れた隠れ蓑になった。彼女は自らを中国の大手オンライン寄付サイト「51Give」の共同設立者と表現した。
習一族としては珍しく、彼女はイギリス人男性のダニエル・フォアと結婚した。フォアは2005年に中国へ移住し、ビジネス機会をうかがっていた。2007年、二人はフェアクリマ・キャピタルという「クリーンエネルギー」企業を設立する。彼らの事業はほとんど注意を引かなかったが、2012年に習近平が中国の最高指導者になると、その姪の夫であるフォアもニュースで取り上げられた。
「北京の薄汚れた外国人向けバーに入り浸っていた男が、いまや天安門広場の人民大会堂で世界のリーダーやCEOをもてなしている」。『アトランティック』紙は彼をそう紹介した。
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マイケル・シェリダン
ジャーナリスト
1989年6月に香港と中国から最初のレポートを送り、その後は『サンデー・タイムズ』紙の極東特派員を20年間続け、中国の興隆、1997年の香港返還と香港民主化運動を報じた。それ以前にはロイター通信、ITN、『インディペンデント』紙などで、中東の戦争、国際外交とヨーロッパの政治などを、ローマ、ベイルート、エルサレムを拠点に報道した。『スペクテイター』、『タブレット』、『ヴァニティフェア』、香港の『信報財經新聞』などにも寄稿している。2021年に香港の歴史を批判的に描いた『The Gate to China』を出版した。
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(ジャーナリスト マイケル・シェリダン)
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