■トヨタは1兆4000億円の減益予想
トランプ関税で揺れた日本の自動車業界ですが、自動車関税は暫定的に設定されてきた27.5%を15%に下げることで決着したようです。まだ実行時期が決まっていないなど若干の不安要素が残りますが、直近の情報をもとにこの決定で日本の自動車業界がこれからどうなりそうなのか予測してみたいと思います。
最初に自動車各社の決算発表を整理しましょう。自動車7社の2025年4~6月決算は営業利益、純利益ともに全社が減益で、日産とマツダは赤字転落しました。アメリカで四輪事業を行っていないスズキを除く各社は決算で今後の関税の影響予測を発表しました。トランプ関税の影響は6社合計で約2兆6000億円の利益減を見込んでいます。
影響が一番大きいトヨタはトランプ関税によって1兆4000億円の減益予想です。これ以外に今期は為替でも7250億円の利益減を見込んでいる等の影響があり、通期の純利益は2兆6600億円と前年比で44%減少の想定です。
後でもう少し詳しく分析しますので、記憶にとどめておいていただきたいポイントがあります。トヨタは年間の販売台数は変わらず、コストだけがトランプ関税の影響を受ける計画になっています。トヨタはこれまでも高関税にもかかわらず価格を据え置いてきましたが、今後もトランプ関税のコスト増を企業努力で吸収する前提で計画しているということです。
■輸出の多いメーカーにとっては死活問題
関税の営業利益への影響割合は各社で異なります。
さて、ここで根本的な部分について解説します。高関税は経済にどのような影響をもたらすのかを整理してみましょう。
トランプ関税が打ち出された4月頃のニュースではよく、専門家が、
「関税を払うのはアメリカの消費者だから本当は困るのはアメリカ経済だ」
と主張していました。これは実は正確な情報ではありません。
本来トランプ関税がやろうとしていることは、外国製の商品がアメリカの消費者にとって割高になることで、消費者が国産品を買うように行動を変えることです。
日本の高関税商品で考えるとこのメカニズムは理解しやすいと思います。たとえばカリフォルニア米には、ミニマムアクセスなどの諸条件を織り込んだうえで平均すると230%程度の高関税がかかっています。言い換えると輸入原価の3.3倍に仕入れ原価が跳ね上がる仕組みになっています。
■バターが品薄で高い本当の理由
日本ではコメ不足で国産ブランド米が5kg4500円ぐらいの高価格で売られるようになりました。
同じことがバターでも行われています。バターはここ10年くらいの間で常に品薄の状態が続いています。以前は200gのバターは298円で買えた記憶がありますが、最近では500円ぐらいとかなり高くなってきています。フランスの高級な発酵バターのエシレバターは100g1600円ぐらいの小売価格とかなり割高です。
バターは関税に加えて輸入枠とそれを超えた場合の高額な追加費用で国内産の製品を守っています。実はエシレバターは本国のフランスで買えば日本のバターと同じか、むしろ安く買える庶民向けの製品です。それが安く日本に入ってくると国内の酪農農家が大打撃を受けるため、価格が高くなるようにしているのです。
■日本車の価格が高くなればアメリカ車が売れるという考え
ここが是非覚えておいていただきたいポイントです。トランプ関税はアメリカ国内の製造業や農業の競争力を高める目的で打ち出された政策です。ですから交渉当初、トランプ大統領は日本に対してコメをもっと買え、アメリカ車をもっと買えと要求していたのです。そして買わないならアメリカで日本車が売れないようにするぞ、その税率が25%だと主張していたわけです。
アメリカが競争力を回復させたい象徴の分野が鉄鋼と銅で、どちらも世界中の国からの輸入すべてに50%の関税をかけるぞとトランプ大統領が息巻いたわけです。そうすればメキシコ産やブラジル産、韓国産などの鉄鋼が1.5倍の仕入れ値になります。そんな割高の鉄鋼を使うぐらいならアメリカ産を買おうということになり、競争力が落ちたアメリカの鉄鋼業界が復活するという考えです。
自動車も同じです。カリフォルニア米が日本で3.3倍になるよりはやさしいとはいえ、日本車の価格が1.25倍になればそれなりにアメリカの消費者は日本車を敬遠するようになるでしょう。これが今回の交渉の初期条件でした。
日本車の価格が1.25倍や(関税決着後の15%で)1.15倍になれば、それだけ日本車の売れ行きが落ちるのが自然です。ですから多くの消費者は割高になった外国車ではなく、それと比べればマイルドな割高感のアメリカ車に流れることが期待できます。
■「関税よりも投資」という交渉カード
安い外国製品がどんどん国内に流入していたときと比べれば、国内で販売される商品は高くなるのでインフレが起き、景気も減速するはずです。つまりアメリカの消費者は関税をたくさん払うのではなく、割高なアメリカ製品にお金を払う予定だったのです。
さて、ここで日本政府はアメリカの思惑とは別のカードを出して交渉を始めました。
「関税よりも投資」
というのが石破首相、赤澤特命大臣の主張だったのです。この交渉カードがうまく働いて、日本は無事、25%ではなく15%の相互関税で交渉を決着することができ、自動車もあわせて15%と比較的低い関税率に抑えることができたのでした。これが直近の情勢です。
ところがこの決着は、日米間に火種を残してしまっていることにお気づきでしょうか?
実はアメリカの自動車メーカーも今回のトランプ関税で大きな損失を見込んでいます。というのもカナダやメキシコの工場から輸入する完成車や部品、そして海外から輸入する鋼板には高い関税率が設定されているのです。
その損失についてGMは40億~50億ドル(約5900億円~7400億円)、フォードは30億ドル(約4400億円)の利益圧迫要因だと試算しています。これはトヨタよりは影響が小さいけれども他の日本車メーカーよりも大きな影響です。
■関税を自社で吸収する構えのトヨタ
それに加えて、先述したようにトヨタは関税を負担して価格を据え置いています。関税について「アメリカの消費者が負担するものだ」という専門家の意見があると言いましたが、もうひとつの可能性は「メーカーが負担する」ことも選べます。
トヨタは今後関税を価格転嫁する可能性がないかという質問に対しては「顧客に受け入れてもらえる適切なタイミングがあればさせてもらう」と消極的な発言しかしていません。なぜコストを吸収できるのかというと、関税でコストが1.15倍になるというのは、為替に換算すれば1ドル=148円の現状から、仮に1ドル=129円の円高が起きたときの影響と同じだからです。
トヨタはこれまで1ドル=80円の超円高の時期にも企業努力で輸出価格増を乗り切ってきました。それと比べれば15%の関税は十分に耐えられる水準です。だから関税を自社で吸収することで販売台数を維持しようと計画しているのです。
■アメリカの自動車製造業従事者には不満が残ったまま
では何が問題なのでしょうか? 最大の問題は政治問題です。この決着は、アメリカの自動車メーカーにとっては4月時点でトランプ大統領が問題視していた問題について、何ら解決につながっていません。つまりトランプ政権の共和党を支持するアメリカの自動車製造業従事者にとっては、不満が残ったままだということです。
もともとトランプ大統領が問題視していたのは、日本には非関税障壁があって、そのことにより日本人はアメリカ車をほとんど買っていないということでした。もっとアメリカ車を買えと主張していたのが出発点です。
ところが日本は今回、アメリカ車を買う約束をしていない様子です。
■中間選挙に向けて「蒸し返す」火種が残っている
そして最大の問題は、そのような不満がくすぶった状況の中で来年、アメリカでは中間選挙が行われるということです。トランプ政権としては上院、下院双方で共和党が過半数を取れる状況を確保しなければなりません。そのときにアメリカの製造業従事者からの得票は「アメリカを再び偉大な国に」と叫ぶトランプ政権にとっては重要事項になります。
つまり、この先、もう一度2026年の中間選挙に向けてトランプ大統領が自動車業界に対する交渉を何らかの形で蒸し返してくるだけの火種が残っているのです。
日本はこれからどうすればいいのでしょうか。それほど大きなマイナスの影響がないけれども日本車メーカーにとって大きなプラスを生む政策がふたつあります。
■日本車メーカーにプラスになる「2つの政策」
ひとつはアメリカ車に対する非関税障壁をわかりやすい形で撤廃することです。これまでアメリカ車は日本に輸入する際に、日本の法律に合わせて改造が必要でした。このコスト増はそれなりにGMやフォードを苦しめてきたのです。日本で一番売れる可能性があるアメリカ車はテスラですが、そのテスラ方式の充電設備も日本の高速道路からは締め出されています。
こういった非関税障壁を「きめ細かく撤廃しましたよ」と主張することが重要です。もともとアメリカ車は日本市場では競争力はありませんから、ハンディをなくしても日本車には大きな影響はありません。競争条件を同じにしたのにアメリカ車が日本市場で売れなければ、それはアメリカのメーカーの販売努力が足りないからだと主張できます。
もうひとつはトランプ在任期間だけでも構わないので、これから購入する日本の自治体の公用車すべてをアメリカ製にすると「言う」ことです。民間はともかく政府や自治体がこれだけアメリカ車を導入する努力をしているのだから文句を言うなと主張できるようにすることです。
幸いなことに、アメリカの中間選挙までまだ一年の時間的猶予があります。関税率が比較的低く抑えられたと安心するのではなく、いまのうちに将来の火種を消すために努力をしておくことは、来期の業績を考えるとかなり重要なことなのではないでしょうか? 日本の自動車業界はまだまだ安心はできません。
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鈴木 貴博(すずき・たかひろ)
経済評論家
経済評論家。未来予測を得意とする。経済クイズ本『戦略思考トレーニング』の著者としても有名。元地下クイズ王としての幅広い経済知識から、広く深い洞察力で企業や経済を分析する独自のスタイルが特徴。テレビ出演などメディア経験も多数。
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(経済評論家 鈴木 貴博)