中学受験失敗がきっかけで子どもに教育虐待をするようになる人がいる。離婚や男女問題に詳しい弁護士の堀井亜生さんは「極端なケースでは、子どもを留学などで遠くに追いやろうとし、夫婦で意見が食い違って離婚の危機に陥ることもある」という――。
※本原稿で挙げる事例は、実際にあった事例を守秘義務とプライバシーに配慮して修正したものです。
■「超難関校合格は当然」と信じていたのに
A子さん(仮名)は、30代の主婦で、夫と息子と3人で都内のタワーマンションで暮らしていました。
中学受験を控えた息子は非常に成績優秀で、A子さんにとって自慢の子どもでした。
有名塾では常に上位クラスをキープして、模試では合格圏内。同じタワマン、同じ塾のママ友たちにはいつもうらやましがられ、A子さんは息子が超難関校に合格するのは当然と信じていました。
しかし、本番での結果は想像していたものとは大きく異なりました。息子はほとんどの学校に不合格となったのです。
唯一受かったのは、塾の勧めで練習のために受けた中高一貫校だけ。息子は当初その学校に行くつもりは全くありませんでしたが、公立中学に行くよりはとそこに通うと言いました。
しかしA子さんはその結果を受け入れられず、息子に対して怒りと失望を募らせました。もし息子がそこに通ったら、難関校に不合格になったから滑り止めの学校に通っているということが周りにもわかってしまう、高校受験で有名校に行けば周りを見返せる、と夫と息子を説得して、公立中学に進学することになりました。
■「塾代を無駄にした」息子を責め続ける妻
ただ、それ以来、A子さんはことあるごとに中学受験について息子に「謝ってよ」と言うようになりました。
模試では良い成績だったのに、本番では失敗したことを何度も持ち出し、息子が「本番では頭が真っ白になって何もわからなくなった」と泣きながら謝ると、A子さんは「努力が足りなかった、何のために勉強をしてきたのか」「謝って済む話じゃない」とさらに激高します。
「塾代を無駄にした」「マンションの中で笑われている、買い物にも行けない」「あんたなんて私の子どもじゃない」――春休みの間中、A子さんは息子を責めて怒鳴り続けました。
春になり、息子は公立中学で新しい学校生活を始めましたが、A子さんは息子の門出を祝うことはありませんでした。
入学式にもA子さんだけ出席せず、行事のたびに本命だった難関校と比べて、「あっちに受かっていればこんなことにはならなかった」「ばかな生徒ばっかり」と息子に向かって嫌味を言い続けました。
さらに息子が「友達ができた」「今日学校で楽しいことがあった」と報告しようものなら、「出来の悪い人と友達になると高校受験に悪影響」と非難します。
■「学校の名前すら見たくない」とボイコット
その一方、A子さんは熱心に情報収集を続けて、ある日塾のパンフレットを息子に見せました。いわゆる難関進学校の生徒たちが通う塾で、ここに通えば彼らと同じレベルの勉強ができるというのです。息子は不合格となった学校の生徒たちが通っているので行きたくないと言い、夫も反対したので、A子さんの希望は叶いませんでした。
夫はそんな様子を見かねたのか、土日は息子を連れ出すようになりました。登山に行ったり、一泊旅行に行ったり……。A子さんも誘われましたが、「高校受験でリベンジするんだから出かけている場合じゃない」と断り、息子に勉強するように言いました。夫と息子はそれを無視して、2人で出かけることが多くなりました。
また、A子さんは学校の保護者の集まりをボイコットするので、それも夫が出席するようになりました。学校の名前すら見たくないというため、学校からの連絡メールを受け取るのも夫のみです。
入学して日が経っても、A子さんは全く気が晴れないどころか、さらに不機嫌になっていきました。
■「留学して根性を叩きなおしてもらえ」
そのうち、息子ははっきりとA子さんに反抗するようになりました。A子さんが何かにつけて「そんなことじゃ高校受験でリベンジできないわよ」と説教をするたび、「僕は公立高校でいい」「リベンジしたいわけじゃない。お母さんの言う通りにしたくない」と言うようになったのです。
A子さんはむしゃくしゃするようになり、息子に「そんなにやる気のない子はうちにいさせない。海外に行けばいいじゃない」と言い出しました。海外に留学すればいいというのです。
夫と息子が出かけている間に「留学フェア」といったイベントに足しげく通っては、パンフレットを持ってきます。そして「9月からマレーシアに留学させる」と言い出しましたが、子どもは「今の学校が楽しいから行きたくないし家を出たくない」ときっぱりと言い、夫も反対したため、話は一旦収束しました。
それでもA子さんは、息子が反抗するたびに、「留学して性根を叩き直してもらえば」と、執拗に留学を勧め続けました。
息子はA子さんの留学勧誘から逃げるためか、家の中でさらにA子さんを避けるようになりました。
A子さんはますます機嫌を損ね、食事を作らない、学校の準備もしないと、息子の世話までボイコットするようになりました。
■夫は「もう見ていられない、別居しよう」
すると夏休みに入った頃のある日、夫に「話がある」と切り出されました。
「息子への態度がもう見ていられない。今はこの学校で前向きに頑張っているのだから応援してあげられないか」と言われたのです。
その言葉に、A子さんはこれまでで一番と言っていいほど激高しました。
「本当は本命の学校に受かるはずだったのに、落ちたのはあの子の責任」「留学を嫌がるなんて意識が低い」とまくしたて、最後に「あの子が落ちたのはあんたの遺伝子のせい」と夫をなじりました。
夫は黙ってそれを聞いていましたが、「息子を連れて実家に帰る。別居しよう」と言われました。
これまでの勢いも手伝って、A子さんはすぐさま「さっさと出て行ってよ」と答えました。どうせ口だけだろうと思っていましたが、次の日、夫と息子は本当に荷物をまとめて実家に帰っていってしまいました。
■「離婚調停を申し立てる」弁護士からの書面
夫からは生活費が振り込まれるので、それで生活していました。
数カ月が経ったところで、ある法律事務所から書面が届きました。そこには、夫の代理人になったこと、これから離婚調停を申し立てる予定であることが書いてありました。
A子さんは驚きました。離婚したいわけではなく、そのうち夫と息子はタワマンに戻ってくると思っていたからです。
追って、夫が離婚を希望する理由が書かれた書面が届きました。中学受験の失敗で傷ついている息子に寄り添うどころか責める言葉を言い続け、学校生活を応援することもなく、さらに家のことや息子のことを何もしなくなってしまった。その上、家から追い出そうと留学まで持ちかけた。これでは一緒に息子を育てられない……。
A子さんは友達や実家の家族に相談しました。A子さんが受験に入れあげていたことはみんな知っていたものの、受験に失敗していることは誰にも言えていませんでした。
さらに夫と息子が出ていく事態までなっていると知って、全員が驚きました。
■「本当は帰ってきてほしい…」と吐露
困ったA子さんは、私の法律事務所に相談に来ました。
A子さんはこれまでの経緯を話して、弁護士からの書面も出して、「私は悪くない、離婚される筋合いはない」と言いました。
弁護士の中には、こういう相談を聞いた際に、「不倫をしたり、暴力をふるったりしていないから離婚はされない」とアドバイスをする人もいるようです。
しかし実際は違います。A子さんの息子への暴言の証拠が残っていれば離婚理由になりますし、証拠がなくても、別居から一定期間が経過していたら、裁判で離婚が認められます。
私がそのような見立てを話して、「このままだと離婚されますが、本当にそれでいいですか」と聞くと、A子さんはしばらく沈黙した後、「本当は帰ってきてほしい」と言いました。
息子のためを思っていろいろ言ってきたと思っていたけど、本当は中学受験の失敗のショックを子ども本人に押し付けていただけかもしれない。まだ割り切れていないけど、息子に対して怒りをぶつけるのはもうやめるように努力したい、だからどうか帰ってきてほしい……。
■少しずつ歩む修復の道
A子さんはようやく素直な気持ちを話してくれたので、A子さんから依頼を受けて、謝罪をしたいこと、修復をしたいことを書面で伝えました。
すると、夫の弁護士から、調停の申し立ては見合わせる、しばらく距離を取ってやりとりをしていきたいという連絡が来ました。
別居状態は続いていますが、A子さんは少しずつ息子と会うようになりました。
夫も含めてみんなで旅行に行こうといった話も出ているので、A子さん親子は少しずつ修復の道を歩んでいるといえるでしょう。
■中受失敗から教育虐待
A子さんのケースのように、受験失敗を契機にした教育虐待のケースは多々あります。
特に多いのは中学受験です。中学受験は親の受験と言われているように親の役割の比重が大きい半面、受験結果についても親が子ども以上に影響を受けるケースを多々見てきました。
無事に志望校に合格すればよいのですが、大変なのは不合格になった時です。
子ども本人よりも親が荒れに荒れて、「クラスメートが受験の結果を聞いてきたのはひどい」とか「塾に騙された」「笑われた」など、身の回りのあらゆる人を攻撃するようになります。果ては卒業式や進路調査といった普通の行事や手続きにも後ろ向きになり、不本意な結果に終わった子どもの傷口にさらに塩を塗る……という結果になってしまいます。
■子どもを遠くに追いやろうとすることも
特に極端なケースとして見られるのが、子どもを遠くに追いやろうとする行為です。「受験に失敗したことが恥ずかしい」という気持ちが高じて「この子が家にいるのが恥ずかしい」と感じるようになり、受かった中で一番遠い全寮制の学校に入れる、祖父母の家に預ける、海外留学をさせるといった事例が実際にあります。その結果、夫婦で意見が食い違ってトラブルになり、片方が子どもを連れて別居する……という流れです。
子ども自身は、中学受験の失敗を受け入れて、新しい学校生活になじんでいこうとしているのにもかかわらず、責め続け、さらに子どもの意に反して家庭から遠いところに追いやり、家族と一緒にいられないようにするというのは、立派な教育虐待です。
A子さんは離婚を突き付けられたことを機に反省することができましたが、どんなに配偶者や子どもにつらいと伝えられてもやめられずに自分を正当化し続けると、離婚するしかなくなってしまいます。
受験の失敗はどんな家庭にも起こりえます。家族のけがや病気などと同じく、そんな時こそ家族の絆が試されます。
模試の結果で絶対安泰だからと思わず、万が一の時にも子どもを支えられるように心の準備をしながら受験に臨むようにしましょう。
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堀井 亜生(ほりい・あおい)
弁護士
北海道札幌市出身、中央大学法学部卒。堀井亜生法律事務所代表。第一東京弁護士会所属。離婚問題に特に詳しく、取り扱った離婚事例は2000件超。豊富な経験と事例分析をもとに多くの案件を解決へ導いており、男女問わず全国からの依頼を受けている。また、相続問題、医療問題にも詳しい。「ホンマでっか!?TV」(フジテレビ系)をはじめ、テレビやラジオへの出演も多数。執筆活動も精力的に行っており、著書に『ブラック彼氏』(毎日新聞出版)、『モラハラ夫と食洗機 弁護士が教える15の離婚事例と戦い方』(小学館)など。
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(弁護士 堀井 亜生)
※本原稿で挙げる事例は、実際にあった事例を守秘義務とプライバシーに配慮して修正したものです。
■「超難関校合格は当然」と信じていたのに
A子さん(仮名)は、30代の主婦で、夫と息子と3人で都内のタワーマンションで暮らしていました。
中学受験を控えた息子は非常に成績優秀で、A子さんにとって自慢の子どもでした。
有名塾では常に上位クラスをキープして、模試では合格圏内。同じタワマン、同じ塾のママ友たちにはいつもうらやましがられ、A子さんは息子が超難関校に合格するのは当然と信じていました。
しかし、本番での結果は想像していたものとは大きく異なりました。息子はほとんどの学校に不合格となったのです。
唯一受かったのは、塾の勧めで練習のために受けた中高一貫校だけ。息子は当初その学校に行くつもりは全くありませんでしたが、公立中学に行くよりはとそこに通うと言いました。
しかしA子さんはその結果を受け入れられず、息子に対して怒りと失望を募らせました。もし息子がそこに通ったら、難関校に不合格になったから滑り止めの学校に通っているということが周りにもわかってしまう、高校受験で有名校に行けば周りを見返せる、と夫と息子を説得して、公立中学に進学することになりました。
■「塾代を無駄にした」息子を責め続ける妻
ただ、それ以来、A子さんはことあるごとに中学受験について息子に「謝ってよ」と言うようになりました。
模試では良い成績だったのに、本番では失敗したことを何度も持ち出し、息子が「本番では頭が真っ白になって何もわからなくなった」と泣きながら謝ると、A子さんは「努力が足りなかった、何のために勉強をしてきたのか」「謝って済む話じゃない」とさらに激高します。
「塾代を無駄にした」「マンションの中で笑われている、買い物にも行けない」「あんたなんて私の子どもじゃない」――春休みの間中、A子さんは息子を責めて怒鳴り続けました。
春になり、息子は公立中学で新しい学校生活を始めましたが、A子さんは息子の門出を祝うことはありませんでした。
入学式にもA子さんだけ出席せず、行事のたびに本命だった難関校と比べて、「あっちに受かっていればこんなことにはならなかった」「ばかな生徒ばっかり」と息子に向かって嫌味を言い続けました。
さらに息子が「友達ができた」「今日学校で楽しいことがあった」と報告しようものなら、「出来の悪い人と友達になると高校受験に悪影響」と非難します。
■「学校の名前すら見たくない」とボイコット
その一方、A子さんは熱心に情報収集を続けて、ある日塾のパンフレットを息子に見せました。いわゆる難関進学校の生徒たちが通う塾で、ここに通えば彼らと同じレベルの勉強ができるというのです。息子は不合格となった学校の生徒たちが通っているので行きたくないと言い、夫も反対したので、A子さんの希望は叶いませんでした。
夫はそんな様子を見かねたのか、土日は息子を連れ出すようになりました。登山に行ったり、一泊旅行に行ったり……。A子さんも誘われましたが、「高校受験でリベンジするんだから出かけている場合じゃない」と断り、息子に勉強するように言いました。夫と息子はそれを無視して、2人で出かけることが多くなりました。
また、A子さんは学校の保護者の集まりをボイコットするので、それも夫が出席するようになりました。学校の名前すら見たくないというため、学校からの連絡メールを受け取るのも夫のみです。
入学して日が経っても、A子さんは全く気が晴れないどころか、さらに不機嫌になっていきました。
■「留学して根性を叩きなおしてもらえ」
そのうち、息子ははっきりとA子さんに反抗するようになりました。A子さんが何かにつけて「そんなことじゃ高校受験でリベンジできないわよ」と説教をするたび、「僕は公立高校でいい」「リベンジしたいわけじゃない。お母さんの言う通りにしたくない」と言うようになったのです。
A子さんはむしゃくしゃするようになり、息子に「そんなにやる気のない子はうちにいさせない。海外に行けばいいじゃない」と言い出しました。海外に留学すればいいというのです。
夫と息子が出かけている間に「留学フェア」といったイベントに足しげく通っては、パンフレットを持ってきます。そして「9月からマレーシアに留学させる」と言い出しましたが、子どもは「今の学校が楽しいから行きたくないし家を出たくない」ときっぱりと言い、夫も反対したため、話は一旦収束しました。
それでもA子さんは、息子が反抗するたびに、「留学して性根を叩き直してもらえば」と、執拗に留学を勧め続けました。
息子はA子さんの留学勧誘から逃げるためか、家の中でさらにA子さんを避けるようになりました。
A子さんはますます機嫌を損ね、食事を作らない、学校の準備もしないと、息子の世話までボイコットするようになりました。
■夫は「もう見ていられない、別居しよう」
すると夏休みに入った頃のある日、夫に「話がある」と切り出されました。
「息子への態度がもう見ていられない。今はこの学校で前向きに頑張っているのだから応援してあげられないか」と言われたのです。
その言葉に、A子さんはこれまでで一番と言っていいほど激高しました。
「本当は本命の学校に受かるはずだったのに、落ちたのはあの子の責任」「留学を嫌がるなんて意識が低い」とまくしたて、最後に「あの子が落ちたのはあんたの遺伝子のせい」と夫をなじりました。
夫は黙ってそれを聞いていましたが、「息子を連れて実家に帰る。別居しよう」と言われました。
これまでの勢いも手伝って、A子さんはすぐさま「さっさと出て行ってよ」と答えました。どうせ口だけだろうと思っていましたが、次の日、夫と息子は本当に荷物をまとめて実家に帰っていってしまいました。
■「離婚調停を申し立てる」弁護士からの書面
夫からは生活費が振り込まれるので、それで生活していました。
たびたび夫に「ちゃんとあの子を勉強させているか」「留学する気になったか」とLINEを送りましたが、既読にもなりません。
数カ月が経ったところで、ある法律事務所から書面が届きました。そこには、夫の代理人になったこと、これから離婚調停を申し立てる予定であることが書いてありました。
A子さんは驚きました。離婚したいわけではなく、そのうち夫と息子はタワマンに戻ってくると思っていたからです。
追って、夫が離婚を希望する理由が書かれた書面が届きました。中学受験の失敗で傷ついている息子に寄り添うどころか責める言葉を言い続け、学校生活を応援することもなく、さらに家のことや息子のことを何もしなくなってしまった。その上、家から追い出そうと留学まで持ちかけた。これでは一緒に息子を育てられない……。
A子さんは友達や実家の家族に相談しました。A子さんが受験に入れあげていたことはみんな知っていたものの、受験に失敗していることは誰にも言えていませんでした。
さらに夫と息子が出ていく事態までなっていると知って、全員が驚きました。
そして、「このままだと離婚まっしぐらだと思うから、やりすぎだったと謝った方がいい」「中学受験で離婚なんてやめた方がいい」と口々に言いました。
■「本当は帰ってきてほしい…」と吐露
困ったA子さんは、私の法律事務所に相談に来ました。
A子さんはこれまでの経緯を話して、弁護士からの書面も出して、「私は悪くない、離婚される筋合いはない」と言いました。
弁護士の中には、こういう相談を聞いた際に、「不倫をしたり、暴力をふるったりしていないから離婚はされない」とアドバイスをする人もいるようです。
しかし実際は違います。A子さんの息子への暴言の証拠が残っていれば離婚理由になりますし、証拠がなくても、別居から一定期間が経過していたら、裁判で離婚が認められます。
私がそのような見立てを話して、「このままだと離婚されますが、本当にそれでいいですか」と聞くと、A子さんはしばらく沈黙した後、「本当は帰ってきてほしい」と言いました。
息子のためを思っていろいろ言ってきたと思っていたけど、本当は中学受験の失敗のショックを子ども本人に押し付けていただけかもしれない。まだ割り切れていないけど、息子に対して怒りをぶつけるのはもうやめるように努力したい、だからどうか帰ってきてほしい……。
■少しずつ歩む修復の道
A子さんはようやく素直な気持ちを話してくれたので、A子さんから依頼を受けて、謝罪をしたいこと、修復をしたいことを書面で伝えました。
すると、夫の弁護士から、調停の申し立ては見合わせる、しばらく距離を取ってやりとりをしていきたいという連絡が来ました。
別居状態は続いていますが、A子さんは少しずつ息子と会うようになりました。
タワマンに遊びに来ることもあります。学校の話をA子さんから聞くと怒ってしまいそうになるので、息子が話すことに相槌を打つだけにしています。
夫も含めてみんなで旅行に行こうといった話も出ているので、A子さん親子は少しずつ修復の道を歩んでいるといえるでしょう。
■中受失敗から教育虐待
A子さんのケースのように、受験失敗を契機にした教育虐待のケースは多々あります。
特に多いのは中学受験です。中学受験は親の受験と言われているように親の役割の比重が大きい半面、受験結果についても親が子ども以上に影響を受けるケースを多々見てきました。
無事に志望校に合格すればよいのですが、大変なのは不合格になった時です。
子ども本人よりも親が荒れに荒れて、「クラスメートが受験の結果を聞いてきたのはひどい」とか「塾に騙された」「笑われた」など、身の回りのあらゆる人を攻撃するようになります。果ては卒業式や進路調査といった普通の行事や手続きにも後ろ向きになり、不本意な結果に終わった子どもの傷口にさらに塩を塗る……という結果になってしまいます。
■子どもを遠くに追いやろうとすることも
特に極端なケースとして見られるのが、子どもを遠くに追いやろうとする行為です。「受験に失敗したことが恥ずかしい」という気持ちが高じて「この子が家にいるのが恥ずかしい」と感じるようになり、受かった中で一番遠い全寮制の学校に入れる、祖父母の家に預ける、海外留学をさせるといった事例が実際にあります。その結果、夫婦で意見が食い違ってトラブルになり、片方が子どもを連れて別居する……という流れです。
子ども自身は、中学受験の失敗を受け入れて、新しい学校生活になじんでいこうとしているのにもかかわらず、責め続け、さらに子どもの意に反して家庭から遠いところに追いやり、家族と一緒にいられないようにするというのは、立派な教育虐待です。
A子さんは離婚を突き付けられたことを機に反省することができましたが、どんなに配偶者や子どもにつらいと伝えられてもやめられずに自分を正当化し続けると、離婚するしかなくなってしまいます。
受験の失敗はどんな家庭にも起こりえます。家族のけがや病気などと同じく、そんな時こそ家族の絆が試されます。
模試の結果で絶対安泰だからと思わず、万が一の時にも子どもを支えられるように心の準備をしながら受験に臨むようにしましょう。
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堀井 亜生(ほりい・あおい)
弁護士
北海道札幌市出身、中央大学法学部卒。堀井亜生法律事務所代表。第一東京弁護士会所属。離婚問題に特に詳しく、取り扱った離婚事例は2000件超。豊富な経験と事例分析をもとに多くの案件を解決へ導いており、男女問わず全国からの依頼を受けている。また、相続問題、医療問題にも詳しい。「ホンマでっか!?TV」(フジテレビ系)をはじめ、テレビやラジオへの出演も多数。執筆活動も精力的に行っており、著書に『ブラック彼氏』(毎日新聞出版)、『モラハラ夫と食洗機 弁護士が教える15の離婚事例と戦い方』(小学館)など。
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(弁護士 堀井 亜生)
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