これまで一貫して「トンネル工事で汚染土壌は出ない」としていたJR東海が、一転して汚染土壌が発生する可能性があることを間接的に認めた。ジャーナリストの小林一哉さんは「2021年の熱海の土石流災害を機に作られた盛り土条例がなければこうはならなかっただろう。
過去のJRの調査は『手抜き』と言わざるを得ない」という――。
■「汚染土壌」の発生についてJR東海が方針転換
JR東海は7月28日、リニア南アルプストンネル静岡工区の工事で発生する大量の土砂の処理について、2022年にできた静岡県の盛土環境条例の「適用除外」とするよう県に文書で伝えた。
今回JR東海が提出した文書には、JRがこれまで主張してきた「土の安全性」と大きく矛盾する内容が含まれていた。
文書には、JR東海がこれまで「発生しない」としていたヒ素などを含む汚染土壌を処理する要対策土施設「藤島発生土置き場」(以降「藤島」)の存在が含まれていたのだ。汚染土壌が出ないのであれば要対策土施設など必要ないわけだから、これは過去のJR東海の主張と矛盾する。
JR東海はその上で、「藤島」が全国新幹線鉄道整備法(全幹法)の工事実施計画に基づいて行う事業であり、静岡県の盛土環境条例の適用除外に当たるとして「藤島」を認めてもらえるのかどうかの確認を求めた。
■11年前の環境アセスでは「発生しない」としていた
今回の文書で最も重要な点は、JR東海が2014年8月に国土交通大臣に送付した環境影響評価書(環境アセス)が全くの手抜きだったことを図らずも明らかにしてしまったことだ。
2014年の環境アセスでは「リニア静岡工区では汚染土壌が発生する可能性はない」とする見解を示していた。
これに対して、静岡県は汚染土壌の発生を危惧した知事意見書を送ったが、JR東海は「評価書に記載した通り、環境基準を超過する可能性はない。工事中に想定とは異なる地質が見られた場合は適切に対応する」などと頭から否定していた。
環境アセスで「汚染土壌は発生しない」としていたから、リニア静岡工区では要対策土施設など検討もしていなかった。
国は工事実施計画を認可し、最初のリニア工事は2014年12月にスタートした。
静岡工区でも2017年12月には着工する予定になっていた。
もともとしっかりと環境アセスをやっていれば、「汚染土壌は発生しない」という無責任な見解にはならなかったはずである。
いったい、なぜ、いまごろになって、JR東海は環境アセスがいい加減だったことを認める文書を送付してまで、要対策土施設「藤島」を静岡県に認めてもらおうとしているのかを明らかにしていく。
■熱海土石流災害で厳しい盛り土条例ができた
JR東海は、県の設置した専門部会で、環境アセスに基づいて汚染土壌が発生する可能性は非常に低く、もし発生した場合には具体的な対策方法は静岡市と調整するなどとして、静岡県の関与まで否定していた。
背景には、トンネル工事に伴う発生土は土壌汚染対策法の対象外であり、当時それを規制する法律等もなかったことである。
実際には、南アルプス周辺は重金属の含有が想定される地質を有しているため、トンネル工事の発生土の一部は汚染土壌である可能性を専門家らは指摘していた。
それでも静岡県には汚染土壌を規制する条例等がなかったため、JR東海が「リニア静岡工区で汚染土壌は発生しない」と主張しても何ら問題はなかったのである。
ところが、2021年7月、28人もの犠牲を出した熱海市の大規模な土石流災害の発生で風向きが変わった。静岡県は翌2022年7月、自然由来の重金属など汚染土壌の盛り土を原則禁止する厳しい条例を施行した。
当然、南アルプスのリニア静岡工区も条例の対象となった。
もし汚染土壌があれば、環境アセスなどで示したようにただ適切に処理するだけでは済まされなくなった。
汚染土壌の発生をちゃんと想定した上で、要対策土の発生土置き場を決めて、適切な処理方法を示すことで、静岡県の許可を得なければならなくなったのだ。

つまり、盛土環境条例をクリアしなければ、JR東海は静岡工区のトンネル工事に入ることができなくなってしまったのだ。
■環境アセスの結論を見直す必要が生じた理由
そうなると、JR東海はこれまでのように「汚染土壌は出ない」などと言っていられなくなった。
JR東海は約10万立方メートルの盛り土を処理できる「藤島」を要対策土の発生置き場施設として静岡県の許可を得ようとした。
これに対して当時の川勝平太知事は、南アルプスのリニア計画地にある発生土置き場は、全幹法の事業区域内ではないから、条例の適用除外の要件に合致しないと突っぱねた。
川勝知事は「リニア計画時にこのような厳しい条例は制定されていなかったが、新たな条例に書かれている通り、要対策土の盛り土は認められない。藤島は適用除外にならないこともはっきりしている」と退けた。
このため、JR東海は適用除外の要件を何とか見つけなければならなくなった。それで「汚染土壌は出ない」とした2014年当時の環境アセスが手抜きであり、いい加減なものだったことを認めることから始めなければならなくなったのだ。
それが7月28日にJR東海が提出した文書である。
■最大7万立方メートルの汚染土壌が発生する想定
川勝知事の退場後、何とか適用除外としてもらえるよう静岡県と水面下で交渉してきた。
その結果、当初の環境アセスが関係した2017年の事業着工時の計画ではなく、その後の環境調査で汚染土壌が出ることを想定して、2023年12月の変更認可を受けた事業計画に、要対策土施設「藤島」を登場させたのである。
ただ変更認可申請時のJR東海の発表資料には「藤島」の文言はなく、今回の文書で初めて「藤島」に触れている。

変更認可は品川―名古屋間の工事費約5.5兆円を1.5兆円増額の約7兆円にしたことに伴うもので、その増額分に「藤島」の運搬費、設計費、整備費、環境調査費などを計上したという。
2014年の環境アセスでは「汚染土壌は発生しない」としていたが、ことし8月になってようやく、JR東海は5万~7万立方メートルもの汚染土壌が発生することを想定していると発表したのだ。
8月4日に開かれた静岡工区のリニアトンネル工事の影響を話し合う静岡県の専門部会で、平木省副知事は、「藤島」について「条例の適用除外になりうる」との見解を示した。
つまり、7月28日付文書によるJR東海の求めに対して、「藤島」を認める柔軟な姿勢を見せたのだ。
■川勝知事は「適用除外にはならない」と発言
ただこれでは川勝前知事や森貴志・前副知事らの発言とは整合性が取れないことになる。
2023年2月14日に開かれた国の有識者会議で、森副知事は「工事を行っている事業区域の土を、その区域内に盛り土する場合は条例の適用除外に該当するが、それ以外のものは該当しない。実際に藤島は南アルプストンネルとかけ離れた場所にあり、藤島は条例の適用除外の規定に該当しない」と述べている。
また同年6月県議会で、リニア担当部長が「本条例の許認可等の手続きにおいて認められる事業の区域とは、南アルプス工事で言うと、全幹法の認可を受けた工事計画の区域となる」と回答している。
全幹法の認可を受けた工事計画の区域とは、線路・トンネルなど施設、駅などの施設、車両基地施設など全幹法の認可を受けた整備計画に基づく事業区域を指している。
ふつうに考えれば、単なる要対策土施設の「藤島」は全幹法の認可を受けた工事計画の区域には当たらない。だから、森副知事はわざわざ「藤島は南アルプストンネルとかけ離れた場所にある」と断っているのである。
■JR東海の「生活に支障が出ない措置」が好感か
8月4日の専門部会で、国の担当者は「藤島」について、「国交大臣が認可した工事実施計画に基づき行われる工事である」とする解釈を示した。

これは南アルプストンネル施設の建設に伴うその他工事の実施に関して必要な事業を指すことであり、事業区域を指しているわけではないだろう。
それでは、なぜ、平木副知事は「条例の適用除外の対象となりうる」との見解を示したのか?
適用除外となるのは、生活環境上の支障を防止するための措置を知事が適切と認めた上で行う盛り土としている。
それに対して、JR東海は「二重遮水シートによる封じ込め対策を行い、遮水型として要対策土対策を取る。近くには井戸水等の利水状況がないこと、河川からの高さ(約20メートル)が十分あり、大井川の増水による影響が極めて小さく、排水管理が十分実施できる計画」などの万全の対策を取るとしている。
つまり、「生活環境上の支障を防止するための措置」は知事が適切と認める上で、何らの問題もない。
また7月28日付文書で、JR東海は「藤島」では将来にわたって責任をもって管理するなど法律等にのっとって行っていくことも明らかにしている。
■もともと集落からは離れた場所にある
「要対策土を同一事業区域内で処理する」とする要件については、国が「工事実施計画に基づき行われる工事である」と示したことを受けて、平木副知事は条例の解釈、運用で「適用除外の対象となりうる」と考えているようだ。
条例を所管する県が、個々の事例に沿って独自に解釈、運用することに口をはさむことはできない。
もともと熱海土石流災害を受けて施行した県の盛土環境条例は、市街地の地域住民に被害を及ぼさないことを想定している。
「藤島」からいちばん近い集落は静岡市井川地区になるが、それでも約30キロも離れた地域であり、「生活環境上の支障を防止するための措置」が将来にわたって遂行できれば、何らかの被害が出ることは考えられないかもしれない。
ただ平木副知事が実際に「藤島」を条例の適用除外と解釈、運用するのであれば、それなりの説明が必要になるだろう。
■手抜きをした環境アセスのつけが回ってきた
JR東海は2014年の環境アセスに基づいて、汚染土壌に関する発生土置き場について静岡市の環境影響評価審査会で安全性等の了解を得ている。

その了解を基に、2017年12月、2018年8月の2回にわたって、地元である静岡市井川地区の住民を対象にしたリニア説明会を開いている。
当時は環境アセスに基づいていたから、「リニア静岡工区では汚染土壌は発生しない」と説明していたはずである。
当然、2014年当時の環境アセスの見解を変えて、「藤島」を要対策土の施設にすることは井川地区の住民に全く説明していない。
万全の管理体制を取るとしているならば、まずは井川地区の住民たちの理解を得なければならない。
当初は「汚染土壌は発生しない」としていたのに、2023年12月までに、汚染土壌の発生を認め、要対策土施設を国交大臣の変更認可に含めてもらった。それで何とか「藤島」を全幹法の工事実施計画の事業であるというつじつま合わせをした。
その結果、さまざまな手続き、作業が必要となっている。
7月24日公開の記事(川勝知事がいなくても「リニア2027年開業」は無理だった…「10年遅れでもなぜか急がない」JRのずさんな工事計画)で、JR東海のリニア計画のずさんさや見通しの甘さを指摘した。
今回、JR東海は環境アセスの手抜きを自ら明かした。
これでは、川勝知事が止めていなくても、2027年開業など全くムリだったことがはっきりとわかるだろう。

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小林 一哉(こばやし・かずや)

ジャーナリスト

ウェブ静岡経済新聞、雑誌静岡人編集長。リニアなど主に静岡県の問題を追っている。
著書に『食考 浜名湖の恵み』『静岡県で大往生しよう』『ふじの国の修行僧』(いずれも静岡新聞社)、『世界でいちばん良い医者で出会う「患者学」』(河出書房新社)、『家康、真骨頂 狸おやじのすすめ』(平凡社)、『知事失格 リニアを遅らせた川勝平太「命の水」の嘘』(飛鳥新社)などがある。

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(ジャーナリスト 小林 一哉)
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