不妊治療の実態はどのようなものなのか。43歳で不妊治療を始め、流産も経験し、48歳で第1子を出産した読売新聞記者の遠藤富美子さんは「妊娠しなかったという知らせを受け取り、そのまま職場に戻るのがつらかった。
当時は自費診療で、助成金ももらえず、口座残高がみるみる減っていった」という――。
※本稿は、遠藤富美子『48歳、初産のリアル 仕事そして妊活・子育て・介護』(現代書館)の一部を再編集したものです。本稿の内容は2025年6月末時点のものです。
■不妊治療のステップ
ここでは不妊治療の基本的な部分の用語について、おおまかに説明したい。
不妊治療では多くの人が最初にトライすることが多いのは、医師に排卵日を予測してもらい、女性が最も妊娠しやすい時期に性交渉をする「タイミング法」だ。
次なるステップには、子宮内に直接精子を注入する「人工授精」がある。
これでも妊娠が難しい場合、高度生殖補助医療とされる「体外受精」に進むことが多い。
体外受精では、体外で精子と受精させる前に、多くの卵子を確保することが重要になる。医師は、卵子の入った「卵胞」と呼ばれる袋の大きさを測ったり、血液検査で女性ホルモンの数値を調べたりして、女性に卵子を採取される準備が整っているか確認する。
排卵誘発剤を使って多くの卵胞を育てる「卵巣刺激」を行うクリニックも多い。
■採卵は卵胞に針を刺して卵子を吸い出す
「採卵」の手術では、医師は超音波で卵巣を見ながら、その中にある卵胞に針を刺して卵子を吸い出す。
採卵の痛みへの対応として、各クリニックでは局所麻酔をかけたり、細い針を使い無麻酔で行ったりと様々な対策をとっている。
採卵で採れた卵子は精子をふりかけて受精させるほか、精子の動きが悪い場合などには、精子の中から動きと形の良いものを一つ選んで、顕微鏡を見ながら卵子に精子を直接注入する「顕微授精」も行われる。
受精卵はクリニックで培養させ、胚培養士が細胞分裂の状態を観察する。
採卵の翌日には、正常に受精できたかどうか確認できる。
数日間培養させて細胞分裂が進んだ胚を、採卵と同じ生理周期に子宮に移植する方法を「新鮮胚移植」という。
受精後に細胞分裂が進んだ胚をマイナス200度近い超低温の液体窒素の中で凍結保存し、女性の子宮の状態が良好など、条件が整ったタイミングを見計らって融解して移植する方法もある。これは、「凍結胚移植」と呼ばれる。凍結させると成功率が高くなるとされ、日本では凍結胚移植は広く普及している。
■採卵の鈍い痛みは気が重かった
妊娠したかどうかの判定は、胚の状態によっても異なるが、移植から約10日~2週間後に行われる。妊娠した場合は、赤ちゃんを包む袋「胎嚢」が確認された後、胎児の心拍の確認を経て不妊クリニックを卒業し、産院へと移る。
私の場合、治療開始時期は遅かったため、体外受精へと速やかにステップアップせざるを得なかった。その中でいまも思い出すのは採卵のつらさだ。私は痛みにはわりと強いほうだが、採卵の手術では鈍い痛みを感じることが多く、毎回ちょっと気が重かった。

■2022年から不妊治療は保険適用に
私の頃と違い、不妊治療に現在は公的保険が適用されることについて触れておきたい。
高額な金銭負担は不妊治療に取り組む患者の足かせともなっていたが、2022年4月に公的保険の適用対象となった。それまで一部の検査や治療を除いて自費診療だったが、適用範囲が大幅に広がった。
厚生労働省によると、2022年度に不妊治療で保険適用を受けた人は37万人にのぼった。治療を考えている人たちが取り組みやすくなり、門戸が広がったといえそうだ。
体外受精や顕微授精といった一度に数十万円かかることもある治療について、原則自己負担から3割負担になった。ただし、保険の適用を受けるには、治療開始時の女性の年齢が43歳未満という年齢制限がある。保険適用の回数にも上限があり、体外受精の場合は初めての治療開始時の女性の年齢が40歳未満では子ども一人ごとに通算6回、40歳以上43歳未満は同3回までといった具合だ。
ただ、保険適用ですべての費用が抑えられるかというとそうではないようだ。保険適用の治療に適用外の治療を組み合わせると保険適用の治療までも全額自己負担となってしまう。
保険適用外の治療の中でも、「先進医療」に指定されたオプション治療と組み合わせる場合は、保険診療と併用できる。
保険適用に伴い、これまでの国や自治体の助成事業は廃止された。
ただし、自治体の中には、保険適用後に独自の助成制度を設けているところが増えている。詳しくはお住まいの自治体に確認してみよう。
■不妊治療経験者のブログを読みあさった
保険適用で不妊治療は以前よりも身近になってきたように思える。だが、治療を通じて心身にのしかかる負担は変わらないものがあるだろう。保険適用前の話となるが、私の体験を振り返ってみる。
私は2013年秋に結婚してからほどなく、通勤途中に立ち寄れる不妊治療クリニックで治療するようになった。10年前は、不妊治療の経験について明言する人はごく少数派で、私の周りでは聞かなかった。私はインターネットで「不妊治療」「高齢」「40代」などのキーワードで検索し、治療経験者のブログを読みあさった。クリニックの評判などもこまめに調べた。
当時も不妊治療への公的な助成金はあったが、治療開始時の女性の年齢が43歳未満という年齢制限や所得制限があり、私は最初から助成金の対象外だった。年齢制限は正直ショックだったが、加齢とともに妊娠率が下がり、流産率が高くなることを考えれば「仕方ないのかな」と自分をなぐさめた。
■十数年遅れで「無謀は承知の上」
43歳になってせっぱつまっていた私は「無謀なことは承知の上。
やれることはやらないと後から取り返しのつかない後悔をする」と思った。ほかの人より数年、いや十数年遅れの挑戦だとはわかっていたがトライだけはしたかったのだ。「不妊治療をすぐに始めたいのだけど」と切り出すと、夫も「いいよ」と同意してくれた。夫にも「『不妊治療は自然じゃない』なんて言っていられない年齢だ」との自覚はあった。
まずは様々な検査を受けた。卵管につまりがないか調べる「卵管造影検査」や卵巣に残る卵子数の目安を調べるAMH(抗ミュラー管ホルモン)の血液検査だ。AMHの値は年相応だった。
最初に臨んだタイミング法では1~2回試しても朗報は聞けず、次の人工授精も1回受けた程度で終えた。私の年齢を考慮した医師から「早く治療をステップアップしたほうがいい」と促され、高度な体外受精にさっさと切り替えることにした。
■口座残高はみるみる減っていった
私の独身時代の貯蓄をあてにして始めた治療では、採卵や移植を受けるごとに十数万~二十数万単位でお金が飛んでいった。銀行の口座残高がみるみる目減りしていく。助成金ももらえないため、私はいったん全額自費で支払った後、年度末の確定申告で治療費に対する医療費控除を受けるための申請手続きを行い、いくばくかの還付を受けるしかなかった。

最初の体外受精のとき、私は「何をするのだろう」との好奇心や「最先端の治療だからきっと妊娠する! ビギナーズラックもある!」との期待もあいまって少しワクワクしていた。だが、結果はあえなく撃沈。妊娠していない数値が示された紙を医師から受け取り、口角が下がらないように耐えてクリニックを立ち去るのが精いっぱい。「予想以上に私、ショックを受けている」と思い知った。
■「妊娠せず」の知らせのたびにトイレで泣いた
問題は、このあとそのまま出勤しなくてはならなかったことだ。平時の自分を取り繕うために、会社で心が揺らぐとトイレの個室に入った。一人になると涙がこぼれ、目の赤さが引くまで待った。
いくつもクリニックを転院した。当初は卵巣刺激をあまり行わないクリニックに通ったが、高齢のせいか採卵しても卵子が1個採れるかどうかだったため、卵巣刺激をある程度行って採卵をするクリニックに移った。まれに一度の採卵で4個採れるときもあったが、まったく採れないときもあった。「こんなに多額のお金を費やしたのにまた一からやり直し?」と気持ちがすさんだ。
結果的には3院目で、出産につながる妊娠をすることができた。
このほか、夫側の精子の状態を調べる検査で一時的に通ったクリニックや、妊娠しても流産や死産を繰り返す「不育」の可能性を調べる検査を受けたクリニックなども入れると、全部で七つの医療機関に通ったことになる。東京だけではなく、検査を受けに休みの日に関西の医療機関まで通った時期もあった。
■他人からの卵子提供の説明会にも参加した
治療の一環で、自分で腹部に注射をしていたときもあった。何度やっても手に脂汗がにじむ。皮下脂肪がたくさんあるから平気と思っていたが、「怖い。打てない」と時間がかかり、会社のトイレで自分と格闘した日もあった。
私たち夫婦は顕微授精と凍結胚移植を繰り返したが、良い結果はなかなか得られなかった。治療で成果がでにくい高齢カップルの中には、海外の医療機関で「卵子提供」を受けて妊娠・出産を目指す人たちもいる。若い女性の卵子なら質は良いのではないかとの期待を託しての選択だ。
私も「自分の卵子ではもう無理か」と、卵子提供を手掛ける台湾のクリニックが東京で開いた説明会に行ったことがあった。会場では、このクリニックで卵子提供を受けて無事に出産した幸せそうなご夫婦のビデオが上映された。
■夫との意見の食い違いが怖かった
「ここまでがんばれば可能性が広がるのかも」と感じたが、そこまで挑み続ける気持ちを保てる自信は私になかった。海外の第三者の女性に、自分たちの受精卵を移植して代わりに出産してもらう代理出産という事例もある。当事者の方々は本当に切実な思いからその選択をしただろう。代理出産をめぐっては、出産を代理で行う第三者にリスクを負わせるとして、日本国内の政治や医療の世界では議論が絶えない。
夫と私は、口に出してはっきりとは不妊治療について話し合ってこなかった。不妊治療が保険適用となったいまは、もっと男性側が治療に関わることが重視されているだろう。しかし、保健適用前に通院した私には治療のこまごまとした内容で、夫との意見の食い違いが表面化するのを避けたいという思惑もあった。ただなんとなく、自分たちの卵子、精子でやれる範囲で終わっていいよね、という暗黙の了解はあった。

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遠藤 富美子(えんどう・ふみこ)

読売新聞記者

1995年、読売新聞社に入社し、北海道支社、国際部、マニラ支局、金沢支局、生活部などを経て英字新聞部長兼THE JAPAN NEWS編集長。不妊体験者を支援するNPO法人「Fine」認定の不妊ピア・カウンセラーの資格を持つ。

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(読売新聞記者 遠藤 富美子)
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