※本稿は、エミン・ユルマズ『エミン流「会社四季報」最強の読み方』(東洋経済新報社)の一部を再編集したものです。
■慎重な声が上がる日本株の先行き
日本の株式市場に追い風が吹いているのは間違いない。個別企業の利益率が上がってきたことに加え、ROEもだいぶ改善されてきた。
そのうえ、多くの企業が配当性向を30%、あるいは40%に引き上げてきたことによって、配当利回りの改善も顕著だ。「記念配当」といったワードも、会社四季報で頻繁に目に留まるようになってきた。企業が株主を重視するスタンスを、より鮮明にしつつあるのだ。
ただ、一方では日本の株価の先行きについて、慎重な声があるのも事実だ。そして、その一番の根拠として、米国の株価が割高水準にあることを指摘している。つまり、割高な水準にある米国の株価が下落すれば、日本株もそれに連れて下げるリスクがあるから、株価の先行きを慎重に見たほうが良いという意見だ。
よく「米国がくしゃみをすると、日本が風邪をひく」などと言われる。経済もそうだが、たとえば米国の株価が下げると、日本の株価は米国の株価以上に下げる恐れがあることを、この言葉は意味している。
■米国株と一緒に下落するとは限らない
確かに、短期的にはその傾向があると言えなくもない。S&P500が100ポイント下げた時、日経平均株価が400円下げたとしよう。指数の種類が違うのでS&P500と日経平均を単純比較できないが、ダウと日経平均を比較するより実態を表している気がするので、ここではその二指標で比較する。このように、短期的に似たような動きをすることはあるが、よく考えてみて欲しい。果たしてS&P500と日経平均株価は同率の下げだろうか。
決してそのようなことにはならない。米国の株価と日本の株価が同時に下げたとしても、下げ率には多少なりとも差が生じている。この差が時間の経過とともに徐々に蓄積されていき、長期で比較した時、米国の株価と日本の株価にはトレンドの違いが生じてくるのである。
つまり長期的に見れば、米国と日本の株価は違う動きになるのだ。実際問題、本当に米国の株価と日本の株価が連動するのであれば、なぜこの30年間、日本株はほとんど上昇しなかったのだろうか。
■日本株と米国株のサイクルは違う
1989年12月末のS&P500は353.40ポイントで、2024年6月14日時点のそれは5432.39ポイントだから、この34年と約半年の間に、同指数は1537.20%の上昇率を記録している。
対して日経225平均株価はどうだったか。
このことからも、米国の株価と日本の株価は決して連動などしていないことが、おわかりいただけるだろう。これをマイナスに捉える必要はなくて、戦後に米株がほとんど動いていないのに日本株がぐんぐん上がった時期もあるので両国の株価サイクルは違うと思ったほうがいい。
では、米国の株価はどの程度、割高なのだろうか。
■米国株はバブル化している
正直な考えを言うと、これはもう実質的にバブル化している。まず間違いないと言っても良いだろう。根拠はいくつかあるが、計量的に言えば、米国株式市場の時価総額だ。2024年2月2日時点の数字で51兆ドルもあるが、米国のGDPは2023年末時点で27兆ドルなので、ざっと株式市場の時価総額がGDPの2倍近くあることになる。
GDPは国内総生産で、1年のうちに米国内で生み出された経済的付加価値の総額だから、こうした実体経済の規模を測る数字に対して2倍もの規模を、米国の株式市場は有していることになる。
「バフェット指数」を計算しても、この状況は完全に米国の株式市場が過熱していることを示している。バフェット指数とは、著名投資家であるウォーレン・バフェット氏が相場の過熱感を見るのに利用しているもので、次の計算式で求められる。
バフェット指数(%)=株式市場の時価総額÷名目GDP×100
以上の計算式で求められた数字が次のようになった時、過熱かどうかを判断する。
80%以下……大幅に過小評価されている。
80%超103%以下……過小評価されている。
103%超126%以下……平均的な適正水準
126%超149%以下……過大評価されている
149%超……大幅に過大評価されている
米国の株式市場の時価総額が51兆ドルで、GDPの名目値が27兆ドルだから、既出の計算式に当てはめると、
51兆ドル÷27兆ドル=1.889×100=188.9%
だとすると、すでに「大幅に過大評価されている」となる149%超を、大幅に上回っていることになる。
■あきらかにおかしいアップルの時価総額
また、2024年6月13日の米国株式市場では、アップルの時価総額が終値でマイクロソフトを抜いた話がニュースになった。この時の時価総額は3兆2851ドル(約515兆円)とされているが、これは英国の名目GDPである3兆890億ドルを上回っている。
あれだけ長い歴史を持ち、さまざまな知的財産をたくさん持っている国のGDPよりも、アップルの時価総額が大きいのは、感覚的にもおかしい。正直、株式市場の価格形成メカニズムが壊れているか、お金そのものに価値がなくなっているかのいずれかとしか、言いようがない。
こうした現実から見て、米国の株式市場がバブル化しているのは、まず間違いないだろう。エヌビディアの時価総額が一時的に世界一になったことが話題になったりもしているが、同社が主戦場にしている生成AIの分野は、極めて競争の激しいレッドオーシャンなので、3年後、5年後にどうなっているのかは、誰にもわからない。
そうであるにもかかわらず、何年も先の利益を織り込んで見積もった株価を算出し、株価がどんどん値上がりするのは、いかにもやりすぎだ。
■“株価暴落”という価格調整は避けられない
テスラも同様だと考えている。
歴史を見ると、バブルはほぼ確実に崩壊する。1637年のオランダでのチューリップ・バブル、1719年のフランスにおけるミシシッピ計画、1720年のイギリスにおける南海泡沫事件、1890年代の自転車バブル、1920年代の家電バブル、1970年代の半導体バブル、1980年代の日本における不動産バブル、1990年代のインターネットバブル、2000年代の米国での不動産バブルなど例をあげたらキリがないが、いずれも投資対象の大幅な値上がりの後、暴落が生じている。
バブルの調整は、日柄調整と価格調整のいずれかによって行われる。米国の株価がこれから先、20年、30年という長期にわたって横ばいとなり、その間に米国のGDPが、株式市場の時価総額に追い付くというのが日柄調整だ。
理論的にその可能性はなきにしもあらず、だが、過去の歴史を振り返った時、日柄でバブルが調整されるケースを、私は見たことがない。したがって米国株のバブルも日柄調整ではなく、株価が暴落するという価格調整によって、終わりを告げることになるだろう。
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エミン・ユルマズ(えみん・ゆるまず)
エコノミスト
トルコ・イスタンブール出身。2004年に東京大学工学部を卒業。
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(エコノミスト エミン・ユルマズ)