投資を始めるときは、どのような企業を選ぶといいのか。農林中金バリューインベストメンツ常務取締役兼最高投資責任者の奥野一成さんは「製品やサービスの善し悪しが付加価値を決める時代は終わった。
一方で、なおも成長を続けるアップル、ディズニー、キーエンスの戦略には共通点がある」という――。
※本稿は、奥野一成『武器としての投資 AI時代を生き抜く資産とキャリアの築き方』(KADOKAWA)の一部を再編集したものです。
■「安さ」や「便利さ」では満足できなくなっている
かつての日本経済の成長は、社会全体に蔓延(まんえん)していた「モノ不足」という目に見える顧客課題をいかに安価に解決するかにかかっていました。冷蔵庫、洗濯機、テレビといった三種の神器に象徴されるように、製品を製造すれば確実に需要がありました。この「モノを供給すれば売れる」時代は、やがてモノが充足するにつれ、価格競争へと軸足を移していきます。アジア諸国の安価な人件費を活用し、機能や物量をより低コストで提供することが企業の競争力となったのです。この一連の時代を総括するならば、「目に見える課題を、いかに早く安く解決するか」が付加価値の中心にあったと言えます。
しかし、時代は確実に変わりました。アジア諸国の経済発展による賃金上昇に加え、消費者のニーズも大きく変容しています。すでに機能面や物量面で満たされている現代の消費者に対して、単なる「安さ」や「便利さ」では満足を与えることは難しくなっていますし、それは携帯電話市場におけるアップル社の躍進を見れば明らかです。
■「機能の追加」ではなく「潜在的な課題」を解決した
同社は単なる電話機能を超えた「ライフスタイルの提案」としてiPhoneを位置づけました。音楽、地図、カメラ、SNS……これまで分断されていた日常の行動を、すべてスマートフォン1台でシームレスにつなぐという発想は、単なる「機能の追加」ではなく、顧客が抱える「潜在的な課題」を鮮やかに発見し、解決したのです。
単なるスペック競争ではない、体験そのものをデザインすることで、圧倒的な付加価値を生み出しました。
今、求められているのは、こうした「課題発見型」の付加価値創出です。顕在化したニーズを拾うのではなく、顧客自身がまだ気づいていない本質的な欲求を洞察し、言語化し、形にする。この能力こそが、現代における企業の持続的な成長を支えるものとなっています。
ディズニー社の例も興味深いでしょう。ディズニー社は、単なるアニメーション制作会社を超え、「夢と魔法の体験」を提供することで、世界中の顧客に深い感動をもたらしました。ディズニーランドのコンセプトは「最も幸せな場所」という抽象的な課題を発見し、それを徹底的に体験として具現化したものです。ここには単なる「アトラクションの数」や「施設の豪華さ」といった機能面の競争では説明できない、圧倒的な課題発見力と、それに基づく付加価値創出のストーリーが存在しています。
■キーエンスが圧倒的な結果を出せる理由
このように、課題発見力が企業活動の中核となる時代において、付加価値提供と競争優位性の境界は急速に曖昧(あいまい)になっています。かつては製品やサービスそのものの善し悪しが付加価値を決め、コストや規模が競争力を規定していました。しかし今では、「顧客の潜在課題を発見し、それに応える力」こそが、付加価値と競争優位の両方を生み出す根源となっています。この変化は、極めて自然な帰結です。

たとえば日本企業であるキーエンスは、まさにこの「課題発見型企業」の代表例でしょう。同社は製造現場の潜在的な問題点を先回りして捉え、顧客が自覚する前にソリューションを提供することで、極めて高い利益率と持続的な成長を実現してきました。顧客の声を待つのではなく、課題を発見し、提案型営業で解決策を差し出すこの姿勢こそが、キーエンスの圧倒的な競争優位性の源泉なのです。
構造的に強靭な企業に共通することは、まさにこの「課題発見→価値創造→競争優位」というサイクルを自らの成長エンジンにしている点です。だからこそ、「付加価値のありか」と「競争優位性」を包括的に把握する能力が長期投資家には求められるのです。
■では、どんな企業を選べばいいのか
株式投資家、特に「売買型株式投資」家は企業の成長が大好きです。成長の有無が中短期的な株価の盛衰を決定するからです。しかし長期的な企業価値創造を評価するうえでは、「長期潮流」という要件が、「付加価値」と「参入障壁」という2要件に劣後するものであることをあらためて指摘しておきたいと思っています。言い換えるならば、長期潮流そのものは、単独では持続的な企業価値創出に大きな威力を発揮しないということです。
たとえば、飛行機の発明により、人類は空を飛ぶという長年の夢を実現しました。航空産業はこの技術革新に乗って飛躍的な成長を遂げ、現在でも航空機を利用する人々の数は、世界のGDP成長率を上回るペースで増加しています。この点で、航空産業全体が長期潮流に乗っていることは間違いありません。
しかし、この産業に属する航空オペレーターの多くが厳しい経営環境にさらされてきました。日本航空をはじめとする多くの航空オペレーターが、一度は経営破綻(はたん)を経験している事実は、その象徴的な例と言えるでしょう。
■「長期的な潮流に乗った事業=優良企業」の落とし穴
航空産業は一見すると国内規制によって参入障壁が設けられているように見えますが、実際にはその障壁内で複数のオペレーターが国際的に激しく競合しており、差別化が極めて困難です。特に自由市場が確立している先進国では、価格競争が常態化し、航空券価格は常に市場の圧力にさらされています。その結果、消費者にとっては利便性が向上する一方、固定費の比率の高い航空機オペレーター側にとってはリスクを勘案した資本コストを上回る収益性を持続的に確保することが難しく、持続的な企業価値増大が困難だといえるでしょう。
同様のことは、太陽光パネル産業にも見られます。一時期、太陽光エネルギーの普及がブームとなり、多くの企業が参入しました。しかし、この成長市場においても、供給過剰により価格が急激に下落し、多くの企業が倒産の危機に陥ったことは記憶に新しいところです。長期的な潮流に乗った事業であっても、参入障壁がない場合、競争激化によって持続的な企業価値増大に向けたハードルは極めて高いのです。このような事例は、経営者や投資家が学ぶべき重要な教訓を示しています。
■「参入障壁を破壊するリスク」を念頭に置くべき
確かに経営者は、自らの事業が長期潮流に逆行していないことを確認することが必要です。しかし、単に潮流を追い求めることは無意味です。
むしろ、非常に魅力的に見える長期潮流は、多くの参入者を呼び寄せるため、相応の競争優位(=参入障壁)を現時点で有していたとしても、それが長く続くかどうかの判断をする上で、ネガティブな要因になりやすいのです。
更に一歩踏み込んだ言い方をするなら「長期潮流は参入障壁を破壊するリスクを高める可能性がある」という点について、経営者もオーナー型株式投資家も念頭に置く必要があるということです。

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奥野 一成(おくの・かずしげ)

農林中金バリューインベストメンツ(NVIC) 常務取締役兼最高投資責任者(CIO)

投資信託「おおぶね」ファンドマネージャー。京都大学法学部卒、ロンドンビジネススクール・ファイナンス学修士修了。1992年日本長期信用銀行入行。長銀証券、UBS証券を経て2003年に農林中央金庫入庫。2014年から現職。日本における長期厳選投資のパイオニアであり、バフェット流の投資を行う数少ないファンドマネージャー。個人向けにも「おおぶね」ファンドシリーズ展開。著書に『教養としての投資』(ダイヤモンド社)、『武器としての投資 AI時代を生き抜く資産とキャリアの築き方』(KADOKAWA)など。

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(農林中金バリューインベストメンツ(NVIC) 常務取締役兼最高投資責任者(CIO) 奥野 一成)
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