積立投資において気を付けることは何か。ファイナンシャルプランナーの横田健一さんは「資産形成のための投資は、ほったらかしが基本だ。
利益確定していいタイミングは限られている」という――。
■積立投資はいつ「利益確定」すべきなのか
NISA(少額投資非課税制度)やiDeCo(個人型確定拠出年金)の普及により、資産形成に積極的に取り組む人が増えていますが、投資信託への積立投資を継続していくと、通常は、ある時期から含み益(未実現益)が膨らんでいきます。
そうなってくると、いったん売却して含み益(未実現益)を実現益にする「利益確定」をしておいた方がよいのではないか、と考える方もいるのではないでしょうか。
本記事では、資産形成において「利益確定」の最適なタイミングは、ライフイベントなどでお金を使う時を除き、売却して利益確定すべきではないことについて解説します。
投資の格言と呼ばれるものの中には「利食い千人力」「利食い千両」などと、一定の利益が出てきたら一度売却して利益を確定しておくことが大切であると説いているものがあります。
確かに個別株への投資においては、「成長が鈍化するかもしれない」「業績が悪化するかもしれない」「不祥事が発覚するかもしれない」、結果として「株価が急落するかもしれない」といった懸念から、ある程度の利益が出てきたら、一度売却して利益確定しておくことも大切かもしれません。
一方、資産形成を目的として、いわゆるオルカンなどの全世界株式インデックスファンドなどに積立投資をしている場合には、こういった利益確定はまったく不要で、売却するのはライフイベントなどでお金を使う時のみにするべきだと考えています。以下、具体的にご説明します。
■「余計な行動」で大きな損
米国の個人投資家を対象とした投資行動に関する興味深い調査結果をご紹介しましょう。次のグラフ(図表1)は米国ダルバー社による調査で、1984年1月から2013年12月までの30年間についての株式や債券のインデックスと、投資信託の平均リターンを比較したものです。
この30年間で米国株式の代表的なインデックスであるS&P500の平均リターン(年率)は11.11%でしたが、株式を対象とした投資信託を購入していた個人投資家全体の平均リターンは3.69%だったのです。
つまり、S&P500に連動するインデックスファンドを購入してほったらかしていたら、信託報酬などの手数料を考慮しても、年率11%近くのリターンが得られていたはずなのですが、個人投資家は平均的にインデックスよりも7.42%も低い、3.69%のリターンしか得られなかったのです。

この傾向は債券についても同様で、債券インデックス(バークレイズ・アグリゲート・ボンド・インデックス)の平均リターン7.67%に対して、債券を対象とした投資信託を購入していた個人投資家全体の平均リターンは0.70%と、6.97%も低い水準にとどまっていました。
ダルバー社はこのインデックスのリターンと投資信託全体のリターンの差を「行動ギャップ」と呼び、個人投資家が「余計な行動」を取ることによって発生したと説明しています。
■インデックスファンドは「ほったからかし」
上のグラフ(図表1)は投資期間が30年の場合でしたが、5年、10年、20年のそれぞれの期間においても、同様の傾向があることが確認されています。
株式、債券ともに、期間が長くなるほど行動ギャップは大きくなる傾向が見られ、長期になるほど個人投資家は余計な行動が多くなってしまうと言えるようです。
株式にしても、債券にしても、インデックスファンドを購入して、とにかくほったらかして保有を継続していたら一定のリターンが生まれるのに、個人投資家は余計な行動を取ってしまうため、リターンが大きく低下してしまうのです。
■個人投資家の相場観は当たらない
「余計な行動」によって、なぜリターンが低下してしまうのでしょうか。大きく3つのポイントが考えられます。
1つ目は、不必要な取引を行うことによって、金融機関により多くの手数料を支払ってしまうことです。投資信託を購入する際には購入時手数料を、売却する時には信託財産留保額/解約手数料などを負担します。最初に購入後、さらに売買しなければ、こういった手数料は不要です。また、保有期間中に負担する信託報酬などのコスト分もリターンの低下要因になります。
2つ目は、利益が出たタイミングで売却、つまり利益確定することで課税されてしまうことです。
売却して税金を支払えば、再度投資する時の投資資金が税額分だけ減少してしまいます。そのため、結果的に複利効果も下がってしまい、リターンの低下要因になります。
最後3つ目は、個人投資家の相場観は当たらないということです。株価が上昇したから一度利益確定しておこう、下落したからナンピン買いしておこう、など個人投資家は自分の相場観に基づいて売買します。しかし、そういった相場観が常に当たる人はほとんどおらず、結果的には利益確定した後も上昇が続いてしまった、ナンピン買いした後も下がり続けてしまった、といったことが当たり前のように起こるのです。
こういったことから、資産形成のために投資を行うなら、「ほったらかし“で”いい」というより、むしろ「ほったらかし“が”いい」のです。
■もう前の状態には戻れない
全世界株式インデックスファンドなどに長期間積立投資をしていくと、ある時期から含み益が大きく膨らんできます。
例えば、毎月1万円、30年間の積立投資を継続して、含み益が640万円、累計投資元本360万円と合計して1000万円になったと仮定します(利回り6%程度)。
これがNISA口座で非課税なら一度売却して利益確定することで1000万円の現金にする、つまり状態1から状態2に移行することができます(図表4)。ここでご留意いただきたいのは、手元に1000万円があったとしても、状態2から状態1へ逆戻りすることはできない、つまり、状態1から状態2へは片道切符になるということです。
ここで利益確定して状態1から状態2へ移行したとしても、ライフイベントなどで使う予定がないのであれば、そのまま預金などの形で寝かせておくのはもったいないことになります。ということで、再度、手元にある1000万円を全額投資したら、右側の状態2になります。

■大暴落が起きてもある程度安心
投資対象はまったく同じ全世界株式インデックスファンドだったとして、状態1と状態2ではどちらが心穏やかでいられるでしょうか。いつまた暴落するかわからないので含み益をいったん実現益にして利益確定した状態2でしょうか。それとも暴落したとしても含み益が残りやすい状態1でしょうか。
筆者は長期的に投資を継続していくなら、状態1の方が心穏やかに、つまりウェルビーイングに投資を継続していけると考えています。仮に、リーマンショックのような暴落で50%下落し、1000万円から500万円になった場合、状態1ならまだ含み益が140万円残っていますが、状態2では含み損が500万円ある状態になるのです。
筆者は状態1の方が精神衛生上よいと考えていますが、いかがでしょうか。
長期間にわたる投資信託の積立投資を経験したことがない人は、そんな簡単に含み益が出るものではないだろう、と思われるかもしれません。実際に積立投資をしていくと、含み益がどのくらい出るのか試算してみましょう。
■480万円が2500万円になる可能性
次のグラフ(図表6)は、毎月1万円を積立投資し、利回りが0%、3%、5%、7%だった場合にいくらになるかを試算したものです。
便宜上利回りは確定しているとして計算していますが、実際には上がったり、下がったりを繰り返しながら上昇していきますので、リスク性資産の場合、このようなきれいな右肩上がりのグラフになることはありません。
しかし、20~40年など、ある程度長期の積立投資であれば、結果的に振り返ってみると、平均利回りが5%だった、7%だった、ということは十分現実的です。
投資期間20年、30年、40年の各時点において、累計投資元本と、利回りが3%、5%、7%だった場合にいくらになっていたか(評価額)、そして含み益の金額と、含み益が累計投資元本の何倍になったか(含み益倍率)を試算すると次のようになります(図表7)。

20年で利回りが7%と高い場合に累計投資元本240万円に対して、含み益が270万円と元本を上回る水準になっています。さらに投資期間が30年、40年と長くなると、含み益倍率が2~4倍といったことも十分現実的な水準と言えます。
筆者の実体験になりますが、前職の会社員時代の2002年から確定拠出年金(2018年に企業型から個人型へ移換)で積立投資を行っており、2025年8月時点で含み益倍率は約4.4倍となっています。これだけ含み益があると、含み損に陥る可能性は極めて低く、心穏やかに投資を継続できると感じています。
■いつ売却するのがいいのか
価格が上昇し含み益が出てきても売却すべきではないなら、どんな時に売却すべきでしょうか。簡単な答えとしては、実際にお金を使いたくなった時です。
例えば、マイホームの購入で頭金としてまとまったお金が必要になった、子どもが高校、大学と進学していき教育費が毎年大きくなってきたなど、ライフイベントに応じてお金を使いたくなった時に売却して使っていくのがよいでしょう。
マーケットの動向を見ながら売却の判断をするのではなく、あくまでご自身のライフプラン、ライフイベントに応じて必要になった時に売却して使っていくのです。
また、セカンドライフに入り、年金だけでは生活費が足りないというステージでは、毎月もしくは毎年など定期的に売却しながら取り崩して使っていきます。老後の生活で苦労しないために資産形成に取り組まれてきたのですから、今使わずしていつ使う?ということになります。
お金は使ってこそ価値があります。今後の人生を見据えてお金を上手に使っていくためには、ライフプランを作りながら、ある程度計画的に使っていくことが大切です。
資産形成を目的として投資をしていくなら、利益確定はしない、不必要な売買はしない、ということを貫いていくことをおすすめします。

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横田 健一(よこた・けんいち)

ファイナンシャルプランナー

1976年生まれ。東京大学理学部物理学科卒業、同大学院修士課程修了。マンチェスター・ビジネススクール経営学修士(MBA)。野村證券でデリバティブ商品の開発やトレーディング、フィンテックの企画・調査などを経験後独立。情報サイト「資産形成ハンドブック」やYouTubeなどで情報発信しながら、個人の資産形成をサポート。CFP®、ウェルビーイング学会会員(ファイナンシャル・ウェルビーイング分科会所属)。「ファイナンシャル・ウェルビーイング検定」監修。著書に『新しいNISA かんたん最強のお金づくり』(河出書房新社)、『増やしながらしっかり使う 60歳からの賢い「お金の回し方」』(KADOKAWA)がある。

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(ファイナンシャルプランナー 横田 健一)
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