万が一を考え、脳や心臓などのドック検査を受けるべきなのか。医師の谷本哲也さんは「脳ドックを受け、脳動脈瘤が偶然発見されることもある。
早期発見・治療につながるケースもあるが、いつ破裂するのかと極度の不安症状に陥ってしまうケースも少なくない」という――。
■100人中約3人にある脳動脈瘤…できやすい人の共通点
脳ドックなどの検査結果説明で「脳動脈瘤があります」と医師から伝えられると、少し驚かれる方が少なくありません。普段通りの日常の中で思いがけずそんな話を聞くと、誰でも少し戸惑うのは当然です。しかし、まずは深呼吸してください。この病名は確かに恐ろしく聞こえますが、実際はみなさんが想像するほど深刻ではないケースがほとんどなのです。
脳動脈瘤とは、脳の血管の壁にできる小さな膨らみ。例えるなら、庭のホースに水圧がかかって弱い部分が膨らんだような状況です。
研究によると、健康で無症状でも100人中約3人と意外に多くの方が脳動脈瘤を持っています。学校の1クラス33人とすれば、その中に1人はいる計算。けっこうな高い数字ですが、自覚症状がなく、気づかずに平穏に生活している人がほとんど、と聞くと少し安心できるかもしれません。
発見される経緯で多いのは、MRI検査などの画像検査です。「認知症が心配で脳ドックを受けた」「慢性的な頭痛の原因を調べるため」あるいは「交通事故などで頭部の打撲後」で脳のスキャンをすると、たまたま見つかったというケースです。

■脳動脈瘤のリスク要因
「なぜ自分が脳動脈瘤になったのか」と診断を受けた人はそんな思いを抱きます。
脳動脈瘤の発生には、ある程度のパターンがあります。
喫煙は、最も重要な危険因子の一つです。たばこを吸うたびに血管の壁が傷つき、脳動脈瘤ができやすい状態になります。また、高血圧も大きな要因で、血管壁に常に強い圧力がかかることで、血管が弱くなって脳動脈瘤になりやすい。過度の飲酒も血管を劣化させ、同様の症状を招く可能性が高まります。
生まれ持った体質によるリスクも無視できません。家族に脳動脈瘤や脳出血を患った人がいる場合に遺伝的にリスクが高くなるほか、稀ですが、特定の遺伝的疾患(多発性嚢胞腎、エーラス・ダンロス症候群、モヤモヤ病など)によって、動脈瘤ができやすくなってしまう方もいます。
全般的に、女性は男性の2倍発症しやすく、特に50歳を過ぎるとリスクが高まります。年齢とともにリスクは上昇し、50代から60代でピークを迎えます。
こうしたリスクがある一方、定期的な運動やコレステロールを下げるスタチン系薬剤などの服用が脳動脈瘤の予防につながる可能性があるという報告もあります。
■意外に気づかれない脳動脈瘤
脳動脈瘤の大部分は「未破裂」です。
つまり、破れることなく、そのままの状態で問題を起こしません。そしてその未破裂脳動脈瘤のほとんどは無症状です。頭痛やめまいなどの症状を起こすことなく、いつのまにか脳の中にできているのです。
症状が出るとすれば、視覚障害、物が二重に見える、顔の痛みやしびれ、言語障害などで、これは脳動脈瘤が大きくなったり、脳の神経が敏感な部分にできたりすることが要因だと言われています。
これらは生死にすぐさま直結する症状ではありませんが、次のような症状の場合は、即救急車を呼ぶ必要があります。今まで経験したことのない急な激しい頭痛、首が硬くなって動かしづらくなる、急激な視覚の変化、意識を失うなどの症状は、脳動脈瘤が破裂した可能性があります。「バットで殴られたような」、また「ノミを打ち込まれたような激しい頭痛」と表現する方もおり、これらは生命に関わる緊急事態です。
■脳動脈瘤の診断方法と破裂リスク
脳動脈瘤と診断するための検査技術は、大幅に進歩しています。
・MRA(磁気共鳴血管撮影)は、磁場を使って血管の詳細な画像を作成する検査で、放射線被曝の心配がありません。
・CTA(コンピューター断層血管造影撮影)は、X線と造影剤を使って血管を鮮明に映し出します。
・DSA(デジタルサブトラクション血管造影撮影)は血管に細いカテーテルを挿入して造影剤を注入する方法で、最も詳細な画像が得られます。

これらの検査は安全性が高く、医師が動脈瘤の大きさ、形、位置を正確に把握するために欠かせません。
さらに最近では、人間の目で画像写真をみて診断するだけでなく、人工知能(AI)を駆使して見逃しを防ぐ仕組みも導入されています。これらの詳細な情報が、診断後の治療方針を決める重要な材料となります。
■「この動脈瘤はいつ破裂するのだろうか?」
診断を受けた人が最も不安になるのは、「この動脈瘤はいつか破裂するのか?」という点です。前述したように未破裂動脈瘤が破裂する可能性は非常に低いことがわかっています。ただし、下記のようなケースは破裂リスクが高いとされています。
・「7ミリ以上」の動脈瘤

・後交通動脈や脳底動脈など「脳の後方」の特定の部位にある動脈瘤

・「いびつな形」をした動脈瘤

などです。また、以前に動脈瘤が破裂したことがある人、喫煙者、高血圧が管理されていない人、家族歴がある人も要注意です。これらが重なると、破裂の確率は高まります。たとえば、喫煙歴があり高血圧の女性では、非喫煙・正常血圧の女性と比べて破裂リスクが最大7倍にもなると報告されています。
医師は、これらの要因を総合的に判断して、個人ごとに破裂リスクを推定します。
例えば、7ミリ未満の小さな動脈瘤で、非喫煙者、血圧が正常な人の場合、5年間で破裂する確率は1%未満とされています。こうした数値は治療方針を決める際の参考になりますが、最終的な判断は個人ごとの状況や希望を総合的に考慮して行われます。

■未破裂脳動脈瘤の治療選択肢
未破裂脳動脈瘤と診断された場合、実際の治療方針は、動脈瘤の大きさや形、できた場所、患者の年齢や持病の有無、生活スタイル、さらには破裂への不安の度合いなど、非常に多くの要素を総合的に判断して決められます。
動脈瘤が小さく、形状も安定しており、破裂リスクが比較的低いと判断される場合、まず選択されるのが「経過観察」という方法です。積極的な治療を行わず、定期的な画像検査で動脈瘤の変化を見守りながら、生活習慣の改善を中心に破裂リスクを下げる考え方です。
経過観察する際、もし喫煙者なら禁煙が筆頭の予防になります。喫煙をやめることで動脈瘤の成長や破裂のリスクを大きく下げられます。また、血圧をしっかりと管理し、必要であれば降圧薬を使用することも推奨されます。さらに、アルコールの過剰摂取を控え、適度な運動を心がけ、ストレスを溜めすぎないことも日々のケアとして大切です。
6~12カ月ごとにMRAやCTAなどで画像を撮り、動脈瘤が拡大したり、形が変化したりしていないか確認し、0.5ミリ以上大きくなった場合は治療方針の再検討が必要です。
■リスク除去するなら血管内治療や開頭手術
一方、経過観察ではなく、動脈瘤そのものに対する治療法もあります。
その一つが「血管内治療」と呼ばれる、体に負担が少ないカテーテル治療です。これは足の付け根などから細い管を血管内に挿入し、動脈瘤まで誘導して中にプラチナ製のコイルを詰め、血流を遮断するという方法です。最近では、動脈瘤の入口にステントを置いて血流を調整したり、特殊なデバイスを使って内側から動脈瘤を閉塞したりする技術も発達しています。
血管内治療は術後の回復も比較的早いという利点がありますが、動脈瘤が再開通することもあり、治療後も定期的な画像検査で経過を見守る必要があります。
治療法としてもう一つ挙げられるのが「開頭手術(クリッピング)」です。これは頭蓋骨を開け、動脈瘤の根元を金属製のクリップで挟んで血流を遮断する方法で、治療効果が確実な手術です。若くて体力があり、長期的な再発予防を重視する場合や、血管内治療が難しい形状や位置の動脈瘤に対して選ばれることが多くあります。ただし、手術には2週間程度の入院が必要であり、神経障害などのリスクも伴うため、慎重な判断が求められます。
どの治療が最適かは、一人ひとり異なります。医学的なデータや専門的な意見に加えて、「どう生きたいか」という思いや、生活の質(QOL)を大切にした上で決めることになります。自分の体と心の声に耳を傾けながら、信頼できる医療チームとともに納得のいく選択をしていくことが何より大切です。
■脳動脈瘤の心理的影響
脳動脈瘤は、破裂リスクが低い場合が多いのですが、厄介なのは「頭の中にいつ破裂するかわからないものがある」と思うだけで、不安や恐れに苛まれるケースが多いということ。未破裂脳動脈瘤の患者のうち、約3割が不安障害を、2割が抑うつ状態を経験するとされています。
こうした心理的影響に対処するためには、まず自分の感情を否定せず受け入れることが出発点になります。「怖い」「不安だ」という感情は自然なことです。
家族や友人に気持ちを打ち明けたり、医療者に率直に話したりすることで、心の重荷が少しずつ軽くなることもあります。医療機関によっては、臨床心理士やカウンセラーによる相談体制を整えているところもあり、必要であれば遠慮なく利用されるとよいでしょう。
何より、医師と相談の上で生活制限を明確にすれば、「何はOKか、NGか」がわからない状態を回避できます。多くの医師が推奨しているのは、適度な運動。血圧管理やストレス軽減に役立ちます。急激な運動、激しい運動は避けるべきでしょう。入浴や旅行、飛行機の利用、仕事や妊娠などについても、アドバイスを受けておくと安心です。正しい知識と適切なサポート、そして信頼できる医療とのつながりがあれば、多くの方が穏やかな日常を取り戻し、安心して人生を歩んでいくことができます。
■費用は数万円の自費診療「脳ドック」を受けるべき?
以上、脳動脈瘤について概略を説明しましたが、では、脳ドックを受けるべきなのでしょうか。
判断は人それぞれです。脳ドックの費用は、数万円程度で自費診療になることが多く、無症状な方の全員に推奨されるわけではないからです。
ただ、家族に脳動脈瘤やくも膜下出血の既往がある方、喫煙歴がある方、長期間の高血圧を抱えている方、50歳以上の女性などは脳ドックを受ける意義が比較的高いとされています。動脈瘤の早期発見につながる可能性があります。
一方で、若くてリスク因子が少ない方などは、不安の強さだけを理由に過剰に検査を繰り返すことには注意も必要です。なぜなら上記で説明したように、脳動脈瘤が見つかっても多くが治療不要で経過観察となるため、「知る」ことによって不安が増大して日常生活に影を落とすこともあるからです。
医療機関によっては、脳ドックの結果に基づいて過剰な精密検査や治療を勧めるケースもないわけではありません。検査し過ぎの弊害もあるので、検査を受ける際は、信頼できる施設を選び、万一異常が見つかった場合には、神経内科や脳神経外科など専門の医師に相談して冷静に判断することが大切です。脳ドックは安心のきっかけにもなりますが、費用やリスク因子、過剰検査の弊害も踏まえ、自分にとっての必要性を冷静に判断して頂けるとよいでしょう。

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谷本 哲也(たにもと・てつや)

内科医

鳥取県米子市出身。1997年九州大学医学部卒業。医療法人社団鉄医会理事長・ナビタスクリニック川崎院長。日本内科学会認定内科専門医・日本血液学会認定血液専門医・指導医。2012年より医学論文などの勉強会を開催中、その成果を医学専門誌『ランセット』『NEJM(ニューイングランド医学誌)』や『JAMA(米国医師会雑誌)』等で発表している。

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(内科医 谷本 哲也)
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