■今年の夏は“危険な暑さ”が続いている
みなさん、今年の夏は例年に比べても暑い日が多い印象ですが、いかがお過ごしでしょうか。今回は、暑さも厳しい中でしたので、自宅からリモート取材を受けました。オンラインは不慣れなため接続までに30分以上かかってしまい、大変お手数をお掛けしてしまいましたが、貴重な経験となりました。
さて、話を戻しますが、気象庁の「各地点の観測史上1位の値」(2025年8月21日時点)のランキングを見ると、上位5地点は2025年となっており、今年がいかに暑いかを物語っています。9月、10月と、まだまだ残暑も厳しそうです。
第1位 伊勢崎(群馬県) 41.8度 2025年8月5日
第2位 静岡(静岡県) 41.4度 2025年8月6日
第2位 鳩山(埼玉県) 41.4度 2025年8月5日
第4位 桐生(群馬県) 41.2度 2025年8月5日
第4位 柏原(兵庫県) 41.2度 2025年7月30日
なぜ、各地で最高気温を更新するほどの暑さになっているかは気象の専門家にお任せするとして、私は栄養学の観点から、この暑さにどう対応するのがよいかについて考えてみたいと思います。
暑い夏に注意すべきは「熱中症」です。
■高齢者は熱中症になりやすい
熱中症対策としていの一番に挙がるのは「水分補給」。人間は眠っている間も汗をかくことで水分を体外に放出してしまいますので、就寝前と起床後にはしっかりと水分を摂取することをおすすめします。
熱中症は年齢を問わず発症するため、小さな子どもから大人まで誰もが予防策を講じるべきですが、救急搬送された人数で圧倒的に多いのは高齢者です。昨年2024年の5月から9月にかけて、熱中症で緊急搬送されたのは9万7578人でした。そのうち高齢者(満65歳以上)は5万5966人となっており、全体の6割弱となっています(消防庁「令和6年(5月~9月)の熱中症による救急搬送状況」)。
また、図表1は昨年と今年(速報値)の熱中症が原因で緊急搬送された人数を比較したものになります。ほぼ昨年並みと言ってよいとは思いますが、北海道、青森県、岩手県、宮城県、秋田県、山形県、福島県といった年平均気温が比較的低い地域においては今年のほうが多くなっています。
高齢者が熱中症になりやすいのは体内の水分量の少なさや身体機能の低下などが要因として挙げられます。「自分はまだ若いから大丈夫」とか「自分は我慢強いからエアコンは使わない」と考えずに、しっかりと対策をとることが肝要です。
では、暑い季節には外出するのを控えて、エアコンの効いた部屋でゆっくりするのが正攻法のように思えますが、実はそうとも言い切れないのです。
■暑い環境に体を慣らしてほしい
なぜかというと、エアコンの効いた部屋は涼しくて過ごしやすい一方、快適な暮らしばかりしていると、本来人間に備わっている機能、たとえば汗をかくことで体温を調整する機能等がいつの間にか低下してしまうからです。それを防ぐには、暑い環境に身体を慣れさせる「暑熱順化」を早い段階で行っておくことが有効です。具体的には、気温が上がる前の6月頃からゆっくりと行っていくとよいでしょう。
私自身はといえば、大学が夏休みに入る前は週に二度三度、大学に通っていますので、その間、できるだけ階段を使って少し汗ばむ程度に汗をかいたり、休みの日には自転車に乗って買い物に行ったり、負担にならない程度に庭仕事をしたりと、毎年、夏に向けて暑熱順化を心がけています。
しかし、読者の皆さんの中には、もう本格的な夏が来てしまっているので「今から暑熱順化なんて間に合わないのではないか」と心配されたかたもいるかもしれません。今からでも大丈夫です。ただし、いきなり炎天下で無理に運動すればかえって熱中症を招きますから、まずはショッピングモールや体育館、ジムなどのような涼しい場所で、散歩やウォーキングなど無理のない範囲で体を動かすことから始めてみてください。筋肉を維持することが体内の水分保持につながり、厳しい残暑を乗り切るための有効な対策になるのです。
■運動後の「糖質+たんぱく質」で暑熱耐性が向上する
しかし、ここで食事を怠ると意味がありません。暑さに慣れる体をつくるための栄養素をしっかり摂ってほしいのです。具体的には「糖質」(炭水化物)と「たんぱく質」の摂取です。
図表2にあるように、高齢者の暑熱耐性は運動後に糖質、たんぱく質を摂取することで向上することがわかっています(Okazaki,K et al. J applied Physiol 2016; 107(3):725-733)。人間は年を重ねるごとに筋肉量が減っていきますので、夏の暑さに耐えうる身体を維持するためには、暑さを避けて快適な部屋にこもるだけでなく、積極的に外出して、適度な運動と栄養のある食事を摂ることが必要になるのです。
高齢者でなくても、運動後にエネルギー源である「糖質」を摂取することは疲労回復につながりますし、筋力を強化するためには「たんぱく質」が欠かせません。アスリートが「プロテイン」を摂取するのはそのためです。
その観点でいえば、近年、日本人の1日の歩数の平均値が上昇していないのは憂慮すべきことと言えます(図表3)。
■「冷やし中華」は熱中症対策にピッタリ
厚生労働省が取り組んでいる「健康日本21(第三次)」では、20~64歳の1日の目標を男女ともに「8000歩」、65歳以上は「6000歩」としていますが、現状は次のとおりです。
【令和元年度 1日の歩数の平均値(年齢調整値)】
20~64歳:男性7864歩、女性6685歩
65歳以上:男性5396歩、女性4656歩
(国民健康・栄養調査から)
目標値に肉薄しているようにみえますが、実は2013年から2024年までの第二次の目標では、20~64歳の男性は9000歩、女性は8500歩。65歳以上の男性は7000歩、女性は6000歩でした。第三次は目標が下方修正されていることがわかります。
ですので、まずは第三次の目標を目指しつつも、それが達成できたならば、筋力を維持するためにも第二次の目標を目指していただきたいと思います。
とはいえ、こうも暑い日が続くと、食欲不振となってしまい、1日の歩数目標を達成するどころではないという方もいらっしゃることでしょう。そんなときは、喉越しさわやかな「麺類」などがおすすめです。特に私は「冷やし中華」をぜひおすすめしたいのです。
さっぱりしている冷やし中華は、食欲があまり湧かないときでも比較的食べやすいだけでなく、「糖質」と「たんぱく質」に加え、その他の栄養素もバランスよく摂取することが可能だからです。私自身も、多いときには週に2日か3日くらい食べることもあります。
■バランスのよい食事で、コンビニでも買える
試しに、女子栄養大学の創立者で、私の母である香川綾が考案した、バランスのよい食事を摂る際の指標となる「四群点数表」に当てはめてみましょう。
第1群:卵(錦糸卵やゆで卵)
第2群:魚(ツナ、カニカマ)、肉(鶏ささみ、チャーシュー、ハム)
第3群:野菜(トマト、もやし、紅しょうが、きゅうり)
第4群:麺
いかがでしょうか。第1群の「卵」、第2群の魚や肉には「たんぱく質」が含まれていますし、第4群に分類される「麺」を食べることで「糖質」を摂取することができます。また、トッピングを工夫すれば、第1群から第4群まである程度網羅的に摂取できるのが、「冷やし中華」のいいところです。
さらに良いのが、簡単に手に入るところです。我が家も夫婦ともどもずいぶんと高齢になりましたので、暑い夏、毎食ごとに食事の準備をするのは億劫なこともあります。そうしたときに頼りになるのが、自宅の近くにあるコンビニです。最近のコンビニはバランスよく食事をとるのに十分な品揃えとなっており、季節によって商品も変わりますので、私もよく利用しています。
■“もう一品”加えるとより効果的
たとえば、もう少し野菜を摂りたい方であれば、冷やし中華と一緒にサラダを購入してもいいでしょうし、第2群にもう一品加えるのなら「豆腐」を追加してもいいでしょう。私は「たんぱく質」を多めに摂取するために「チャーシュー」が店頭にあれば購入するようにしています。
「冷やし中華」を家で作ろうとすれば、スーパーで食材を揃え、お湯を沸かして、麺を茹でてと大変です。
もし、それでも「毎日コンビニ食というのは味気ない」とはばかられるのであれば、ご自宅でそうめんを茹でて、お好きな具材を加えれば、冷やし中華と同等の栄養素を摂ることが可能です。試してみてください。
もちろん、毎日冷やし中華ばかりも飽きてしまいますし、1日3食すべてを置き換えてくださいと勧めているわけではありません。私も週に2~3日、昼食で食べているという程度です。あくまでもこの酷暑を乗り切るために体が求めているのは、暑さに体をならす運動に加えて、「糖質」(炭水化物)と「たんぱく質」を適切に摂取することであると認識してもらえたらと思います。
■元気なおかげで大阪・関西万博にも行けた
おかげさまで、こうした習慣を長年意識的に続けてきた結果、先日は大阪・関西万博(2025年日本国際博覧会)にも行くことができました。食の未来に責任を持つ女子栄養大学副学長として、「ミライの食と文化」の展示は、大変興味深く拝見しました。
培養肉を食べようと意気込んで行ったのですが、残念ながら安全性基準が設けられておらず、それは叶いませんでした。ただ、大屋根リングの大きさを目の当たりにしたり、ミャクミャクと記念撮影もすることができ、とても感動しました(写真1)。
また、7月末には上野東京ラインに乗って熱海市を訪れ、厳しい暑さの中ではありましたが、急坂を上って錦ヶ浦の見事な景勝を拝することもできました。
一時は少し暑さが引いたように感じる日もありましたが、まだまだ厳しい暑さが続く可能性もあります。ぜひ本記事を参考に、暑さへの耐性を高めながら健康に過ごしていただければ幸いです。
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香川 靖雄(かがわ・やすお)
女子栄養大学副学長
1932年、東京都生まれ。東京大学医学部医学科卒業、聖路加国際病院、東京大学医学部助手、信州大学医学部教授、米国コーネル大学客員教授、自治医科大学教授、女子栄養大学大学院教授を経て、現在、自治医科大学名誉教授、女子栄養大学副学長。専門は生化学・分子生物学・人体栄養学。著書に『92歳、栄養学者。ただの長生きではありません!』『科学が証明する新・朝食のすすめ』『香川靖雄教授のやさしい栄養学』(以上、女子栄養大学出版部)、『老化と生活習慣』『生活習慣病を防ぐ』(以上、岩波書店)などがある。
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(女子栄養大学副学長 香川 靖雄 構成=池口祥司)