東日本大震災では、「災害関連死」を含めて約2万2000人が犠牲になった。甚大な被害が想定される南海トラフ巨大地震ではどうか。
京都大学名誉教授の鎌田浩毅さんは「最大で死者29万8000人、災害関連死は5万2000人に上ると予想される。しかも、最近の研究では三連動地震が四連動地震になるかもしれないという説が出てきている」という――。
※本稿は、鎌田浩毅『災害列島の正体 地学で解き明かす日本列島の起源』(扶桑社新書)の一部を再編集したものです。
■首都圏から九州までゆさぶる「連動型地震」
じつは、南海トラフで起きる地震は大きく3つの地震に分けられる。政府の地震調査委員会は、今後30年以内で大地震が起きる確率を、各地の地震ごとに予測している。
それによると、今世紀の半ばまでに太平洋岸の海域で、東海地震、東南海地震、南海地震という3つの巨大地震が発生する予測を伝えている。
東海地震とは東海地方から首都圏までを襲う地震であり、東南海地震と南海地震は中部から近隣・四国にかけての広大な地域に被害を及ぼす地震である。
これら3つそれぞれの巨大地震が、これから30年以内に発生する確率として示されているのは、「M8.0の東海地震」が88%「M8.1の東南海地震」が70%、「M8.4の南海地震」が60%である。いずれも高い予測が示されているのだが、これらの数字は毎年更新され、少しずつ上昇している。現在では、M9クラスの巨大地震が30年以内に発生する確率は80%だ。
注目すべきは、東海・東南海・南海の3つで地震が同時発生する「連動型地震」のシナリオが描かれていることだ。その場合、震源域が極めて広く、首都圏から九州までの広域に甚大な被害を与えると想定されている。
しかも、この広域で地震が起きるのは確実と言われているのである。
必ず来ることがわかっている以上、国も国民もただちに被害対策に乗り出さなければならないときを迎えている。
■次の南海地震が起きるのは2038年?
過去の活動期の地震の起こり方のパターンを統計学的に求め、それを最近の地震活動のデータに当てはめてみると、次に来る南海トラフ巨大地震の時期が予測できる。
複数のデータを用いて求められた次の発生時期は、西暦2030年代と予測される。これは前回の南海地震からの休止期間を考えても妥当な時期だ。前回の活動は1946年であり、前々回の1854年から92年後に発生した。したがって、地震活動の統計モデルから予測できる次の南海地震は、2038年頃ということになる。
これまで繰り返し起きた南海地震の間隔は単純平均で約110年なので、それに比べて92年はやや短い。とはいえ、どんなに遅くとも2050年までには次の巨大地震が確実に日本を襲うだろうと地震学者は考えている。
■太平洋ベルト地帯を直撃、被害想定290兆円
ちなみに南海トラフで起きる巨大地震の運動は、2011年の東北地方太平洋沖地震(東日本大震災)が誘発するものではなく、独立して起きる可能性が高い。
というのは、地震を起こした太平洋プレートと、三連動地震を起こすフィリピン海プレートの2つのプレートは別の方向に移動しており、沈み込む速度も異なるからである。
南海トラフ沿いの震源域の近くには、太平洋ベルト地帯という大工業地帯・産業地域があるため、巨大地震が発生すれば日本の産業経済を直撃する。
その経済被害は290兆円を超えると試算されている。
これは東日本大震災の被害総額(約20兆円)の10倍以上である。しかも震源域は極めて広く、首都圏から九州までの広域に甚大な被害を与えると想定されている。
なお、東海地震を予知するために気象庁や静岡県、および産業技術総合研究所などが、南海トラフ沿いに「ひずみ計」を海底に設置している。ひずみ計とは、地下の岩盤の伸び・縮みを非常に高感度で観測できる計測器である。地下の岩盤は、周囲からの力を受けて、ごくわずかだが、伸び縮みする。そのわずかな変化を捉えることができるのだ。
このひずみ計は、ボアホールと呼ばれる直径15センチメートル程度の縦穴を数百メートル掘削し、その底に円筒形の検出部を埋設する、といった形で設置される。
■東日本大震災の「予兆」はつかまえられず
地震学では予知現象のひとつとして、巨大地震の前に少しプレートが滑る現象が知られている。「プレスリップ」と呼ばれるゆっくりとした滑り現象だ。これをつかまえようとひずみ計による観測が日々おこなわれている。
東日本大震災ではM9.0に達する巨大地震が起きたが、プレスリップは確認されなかった。
海溝型の巨大地震の発生前にプレスリップが観測されるかどうかは、現在でも研究中の最先端の課題である。地球科学の専門家には未知の現象が山積みなのである。
南海トラフ巨大地震は東日本大震災とは関係なく、南海トラフ上のスケジュールにしたがって起きるだろうと私は考えている。こうした情報を、次の危機を乗り切るためにぜひ活用していただきたい。
さて、ここまで東海、東南海、南海の巨大地震が一緒に起きる、南海トラフ三連動地震の話をしてきたが、最近の研究ではもうひとつ地震が増える説が出てきている。三連動地震が四連動地震になるかもしれないという予測だ。「西日本大震災」を引き起こすとして我々が警戒している地震の規模が、さらに巨大になるのである。
■四連動地震の振動域は全長700キロメートル
そもそも地震の規模は、震源域の大きさで決まる。たとえば、東日本大震災を引き起こした東北地方太平洋沖地震は、地震予測の根拠となる震源域の面積がかつて想定していないほど大きかったために、被害が予想より甚大になった。
これまで西日本で起きると想定した三連動地震の震源域は、南海トラフ沿いに600キロメートルほどの長さがある。これは、東日本大震災(約500キロメートル)の規模を超える。
こうした長大な震源域で次々と岩盤が滑ると、強い揺れと大きな津波をもたらす。
東日本大震災と同じか、もしくはそれ以上の激甚災害が、次は西日本で起きることになる。
ところが先ほど述べたとおり、もうひとつ西方の震源域が連動する可能性がある、という新しい研究結果が出ている。
1707(宝永4)年、南海トラフ西端で琉球海溝の接続部で大地震が起きていることがわかった。南海地震の震源域の西に位置する日向灘(宮崎県沖)が連動していたことが明らかになったのである。
三連動地震から四連動地震になるかもしれないとなると、震源域の全長は700キロメートルに達し、これまでの想定を超えるM9クラスの「超」巨大地震となる。
■西日本を最大30メートル級の津波が襲う
このような超巨大地震では、津波が特に大きくなる。東日本大震災では、日本海溝沿いの深い場所で地震が起きたあとに、浅い場所でも地震が起こり、巨大な津波が発生した。南海トラフ沿いの巨大地震でも、このような2つのステップの地震発生が起きる可能性がある。すなわち我々が警戒してきた巨大地震の規模は、さらに大きくなるということだ。
もうひとつ触れておかなければならないのは、四連動地震の震源域の太平洋側 (南側)にある、浅い場所でも地震が起き大津波が起きることだ(図表1 海の地震の震源域)。すなわち図表1で「南海トラフ寄りの領域」として示した部分において津波が発生することが見込まれる。
この場合には高さ最大30メートル級の津波も予想されている。
過去に実施してきた防災対策は、すべてこうした連動地震に備えて見直す必要がある。
■「災害関連死」の想定は約13倍
2025年3月31日、政府は南海トラフ巨大地震が発生した場合に想定される被害規模を見直し、新しい予想数値を発表した。それによれば、最大で29万8000人の死者が出るとしている。2012年に発表された被害予想では、想定死者数が32万3000人だった。それから12年あまりがたったいまもわずかな減少にとどまったことで、連日、関連の報道が続いた。
今回の発表では、避難生活などで体調を崩して亡くなる「災害関連死」の推計が初めて発表された。それによると最悪の場合、死者が5万2000人に及ぶとしている。これは東日本大震災のおよそ13倍の数字である。
政府の地震調査委員会は、今後30年以内に南海トラフ巨大地震が発生する確率を「80%程度」、最大でM9クラスとしている。そして、激しい揺れとともに大津波が「超広域」に及ぶと想定している。
特に、大きな揺れが予想される地域は、震度6弱以上が神奈川県から鹿児島県にかけての24府県600市町村。震度7が静岡県から宮崎県にかけての10県149市町村と予想。

津波については、3メートル以上が福島県から沖縄県にかけての25都府県、10メートル以上が関東~九州にかけての13都県と想定されている。高知県と静岡県では、局地的に30メートルを超える恐れがあるとしている。30メートルといったら、7~8階建てのビルの高さだ。
■冬の深夜に発生すると、最悪の被害が出る
今回の推計で政府はさまざまなモデルを想定して被害予想をおこなった。その結果、被害がもっとも多くなるのは、冬の深夜に起きた場合であり、最大で死者29万8000人にのぼる。
そのうち津波によるものがもっとも多く、21万5000人。建物倒壊によるものが、7万3000人。地震火災によるものが9000人としている。
また、建物被害は全壊・消失が最大で235万棟で、前回の238万6000棟から2%程度の減少にとどまった。最初の被害想定からあまり変化がないことについて、政府では計算方法の違いからだと説明している。
推計の精度を増すために計算方法が変化したことで、津波の浸水域が広がったことと、避難が遅れた場合も想定したことで、前回の想定よりも被害の規模が拡大したという。しかし、ここ10年間の取り組みの効果もあり、迅速な避難に向けた取り組みや耐震化などがさらに進めば犠牲者は大幅に減る、としている。
災害関連死の推計はいまも手法が定まっていない。そこで、今回は過去の東日本大震災の岩手県・宮城県や、能登半島地震などの例をもとに「避難者1万人あたり40人~80人」が亡くなるとして試算した結果、最大で5万2000人とした。
■日本の経済も財政も壊滅状態になりかねない
今回の南海トラフ巨大地震による被害想定では、経済被害の推計もおこなわれている。それによると
・建物や施設の復旧にかかる直接的な被害額は最大で、224兆9000億円。

・従業員や企業が被災し生産力が低下した影響を加えると、270兆3000億円
だという。さらに、道路や鉄道、港湾など交通が寸断することによる影響を加えると、292兆円にのぼる。
こうした被害によって、BCP(Business Continuity Plan 事業継続計画)の作成といった事前の対策が進まないまま地震が発生し、その影響が長引いた場合、生産機能の国外流出など国際的な競争力の低下の恐れがあるとも指摘する。
さらに、被災していない地域でも物資不足や価格高騰が続く恐れがあるほか、税収の減少によって国や自治体の財務状態が悪化する可能性もあるとしている。
■気象庁の「臨時情報」に不安を抱いた日々
その後も日本列島では南海トラフ巨大地震を想起させる地震が頻発している。2024年8月8日と2025年1月13日の二度にわたって起きた宮崎日向灘地震は、多くの人にとって記憶に新しいのではないか。
8月に起きた1回目のときは、M7.1、最大震度6弱で、宮崎港では最大50センチの津波が発生した。このとき、気象庁が「南海トラフ巨大地震の臨時情報」(巨大地震注意)を発表したことで、マスメディアが大々的に報じた。
2回目の1月13日は、M6.6(当初は6.9と発表されたが、のちに修正)、最大震度5弱で、宮崎港や日南市油津で最大20センチの津波を観測している。2024年8月の地震とほぼ同じ領域だが、わずかに北側で発生したとされている。
日向灘は南海トラフを構成する区域に含まれているが、2回の地震が直接、南海トラフ巨大地震につながる明確な証拠は、現時点では見られていない。だが、被害想定区域に指定されている地域の住民は、切迫感をより強くしたに違いない。
実際のところ2024年8月の地震以降、日向灘での地震活動は活発化しており、震度3~4程度の地震がいつ起きてもおかしくない状況が続いている。
■三重県南東沖地震の「異常震域」に要警戒
もうひとつ、注目すべき地震がある。2025年2月2日に発生した三重県南東沖地震である。
M5.7、最大震度2(福島県・栃木県)と、大きな揺れはなく被害も少なかったため、もはや記憶にない人も多いかもしれないが、この地震には特筆すべき特徴があった。
それは、震源に近い近畿や東海地方では揺れが観測されなかった一方、震源から遠く離れた東北地方や関東地方の広域で揺れが観測されたことである。これは「異常震域」と呼ばれる現象の典型例である。
異常震域とは、震源に近い場所よりも遠く離れた場所の方が強く揺れる現象である。通常、地震の揺れは震源に近いほど強く、遠いほど弱くなる。ところが、深発地震(震源が数百キロメートル以上の深い場所の地震)では、通常とは異なる揺れが生じることがある。
陸のプレートは地震波が減衰しやすい性質を持ち、反対に海洋プレートは減衰しにくい特性がある。太平洋プレートなどの沈み込んだ海洋プレートを通じて地震波が伝わると、減衰しにくいため、遠方の太平洋側でも比較的強い揺れが観測される。
南海トラフ巨大地震でも震源地の深さや地震波によって、想定をはるかに超えた地域に影響を及ぼす危険性があることを知っておきたい。

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鎌田 浩毅(かまた・ひろき)

京都大学名誉教授

1955年生まれ。東京大学理学部地学科卒業。97年より京都大学大学院人間・環境学研究科教授。2021年から京都大学名誉教授・京都大学レジリエンス実践ユニット特任教授。2023年から京都大学経営管理大学院客員教授、龍谷大学客員教授も兼任。理学博士(東京大学)。専門は火山学、地球科学、科学教育。著書に『地学ノススメ』(ブルーバックス)、『地球の歴史 上中下』(中公新書)、『やりなおし高校地学』(ちくま新書)、『理科系の読書術』(中公新書)、『世界がわかる理系の名著』(文春新書)、『理学博士の本棚』(角川新書)、『座右の古典』『新版 一生モノの勉強法』(ちくま文庫)、『知っておきたい地球科学』(岩波新書)、『富士山噴火と南海トラフ』(ブルーバックス)、『火山噴火』(岩波新書)、『首都直下 南海トラフ地震に備えよ』(SB新書)『M9地震に備えよ 南海トラフ・九州・北海道』(PHP新書)など。YouTubeに鎌田浩毅教授「京都大学最終講義」を公開中。

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(京都大学名誉教授 鎌田 浩毅)
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