※本稿は、和田秀樹『60歳からこそ人生の本番 永遠の若さを手に入れる恋活入門』(二見書房)の一部を再編集したものです。
■幸せホルモンをつくるのはタンパク質
歳をとると、だんだん食事の量が減り、栄養が不足しがちになります。テストステロンも減少しますが、精神のバランスを保つ働きを持つセロトニンも、年齢を重ねるとともに減少していきます。
脳内の神経伝達物質のセロトニンの不足が、うつ症状を引き起こす要因といわれています。
このセロトニンの材料となるのが、必須アミノ酸の一種のトリプトファンで、トリプトファンの材料となるのが、タンパク質です。
「必須」というのは、体になくてはならない大切な成分ということです。人間の体内ではつくり出せないため、食べ物から補給するしかありません。
トリプトファンは、夜間睡眠を誘う睡眠ホルモンといわれるメラトニンの材料にもなり、感情や精神面など人間の大切な機能に深く関与しています。セロトニンと同様に、トリプトファンも、不足すると不安やうつなどの精神症状を引き起こす原因となります。
タンパク質は、ホルモンの生成に欠かせない栄養素であり、筋肉の成長と修復にも不可欠です。タンパク質をしっかりとることが、セロトニンやメラトニン、テストステロンレベルの維持と増加に重要な役割を果たしているのです。
■1食あたり目安にするべきタンパク質量
では、具体的に、なにを食べたらいいのでしょうか。良質なタンパク質源とされるものは、赤身の肉、鶏肉、魚、卵、乳製品、豆類などです。魚に含まれるオメガ3脂肪酸は、テストステロン生成をサポートするという報告もあります。
1日のタンパク質摂取量として、体重1キログラムあたり1~1.2グラムが推奨されています。体重が50キロの人は、50~60グラム、60キロの人は60~70グラムです。
筋肉を合成するスイッチを入れるなら、1食あたり20グラムのタンパク質が目安です。
なお、動物性タンパク質の肉や魚の含有量は、総重量の20パーセントほどです。次のように覚えておきましょう。
肉は手のひらサイズだと重さは約100グラム。
肉100グラムに含まれるタンパク質は約20グラム。
肉・魚・乳製品には、体になくてはならないアミノ酸がバランスよく含まれています。とくに筋肉の合成スイッチを強く入れる「ロイシン」という必須アミノ酸が、豊富に含まれています。
タンパク質を食事にとり入れるポイントは、まとめてとってもタンパク質は蓄えられないので、毎日きちんと摂取することです。
■タンパク質が不足すると免疫機能も下がる
朝食でタンパク質を摂取すると、1日を通じてテストステロンレベルを安定させる効果があります。すると「さあて、今日は何をしようか」と前向きな感情が溢れてきて、恋活のスイッチが入ります。
タンパク質をとるときは、できれば一緒にオリーブオイルやナッツ類、アボカドなどの質の高い脂質を摂取すると、テストステロン生成に役立ちます。
タンパク質は、筋肉や髪の毛、さまざまな臓器の材料であり、免疫機能を維持する物質の材料にもなっています。
恋活するには、タンパク質はいわば必須栄養素であり、不足すると免疫機能が低下していきます。風邪をこじらせて肺炎で亡くなる高齢者は、食事量が減って栄養が不足し、なかでもタンパク質摂取の不足によって免疫機能が弱っていることが、理由の1つとしてあげられます。
健康で元気に、積極的に恋活を持続させるには、アミノ酸を多く含むタンパク質を摂取することが大事です。そのために私がお勧めしている理想的な食べ物が「肉」です。
元気に長生きして恋活するために、いちばん大事なのは栄養です。戦前から1950年まで、日本人の死因のトップは結核でした。それを救ったのが1945年に米国の進駐軍が入ってきて日本人に配った脱脂粉乳でした。
脱脂粉乳はタンパク質ですから、タンパク質の摂取量が増えて免疫力が上がったことにより、結核の罹患率が下がりました。
■コレステロール値が高い人ほど、がんになりにくい
ストレプトマイシンという、結核に効く抗生物質が市場に出回ったのは1950年くらいからです。すでに1951年の死因のトップは脳卒中(脳血管性疾患)ですから、結核が激減した理由は、抗生物質のおかげではなく、1945年の脱脂粉乳によって栄養状態が良くなったからなのです。
1951年から1980年までの死因のトップは脳卒中です。その後、1981年にがん(悪性新生物)が1位になり、現在にいたります。では、なぜ脳卒中が減ったのでしょうか?
理由は、血圧を下げる薬と減塩運動だと多くの人は信じ込まされていますが、そうではないと私は考えます。これも、栄養状態が良くなったことが理由です。
昭和30年代、40年代の日本人の食事は、肉も食べずに粗食で、血管が弱かったため、血圧が150mmHgくらいでも脳卒中を起こしていました。
その後、栄養状態が良くなり、肉を食べてコレステロールを摂取することによって、血管が丈夫になり、脳出血が激減しました。
がんが死因の1位になった現在においては、もっと栄養をとり、免疫力を高めるために、肉を食べ、コレステロールを増やす必要があります。
コレステロールは悪者扱いされることが多いのですが、ハワイでの住民調査では、コレステロール値が高い人ほど、がんになりにくいというデータがあります。
たとえば、105歳までご存命で100歳以降も医師として医療現場の最前線に立ちつづけた日野原重明さんは肉が好きで、100歳以降も肉を食べていたと聞きます。
また、99歳までご存命だった作家の瀬戸内寂聴さんも、肉好きだったことが知られています。
■死の危機を「無責任楽天主義」で乗り切る
大の肉好きで有名なのは、冒険家でプロスキーヤーの三浦雄一郎さんです。70歳、75歳、80歳でエベレストに3度登頂し、2013年に80歳7カ月で、史上最高齢の登頂記録を打ち立てました。
その後2020年に、三浦さんは、なんらかの原因による出血で、頸髄(けいずい)の硬膜外の血腫が脊髄を圧迫して運動まひや感覚障害が起きる、100万人に1人の難病を発症しました。
札幌市内の自宅でしびれを訴えて救急搬送され、緊急手術を受けたものの、下半身と右半身にまひが残りました。
要介護4と認定され、2カ月間、ほぼ寝たきりでした。しかし、発症前に決まっていた五輪聖火ランナーとして富士山を走るという目標があり、それが三浦さんのリハビリの大きなモチベーションとなりました。
8カ月後に、短い距離を自力歩行できるようになり、2021年6月、息子さんに支えられながら、富士山5合目で無事に聖火を運びました。そのときの三浦さんの年齢は88歳です。
取材で彼は、次のように話しています。
「病気で人生の幅が小さくなってしまったが、あきらめてしまえばそれでおしまいです。希望と夢、目標を持つことで可能性は広がると信じています」
冒険家ですから、それまで頂上付近で体力を使い果たしたり、深い割れ目に落ちたり、雪崩(なだれ)に巻き込まれたりなど、山で何度も、もう助からないという死の瞬間を経験されています。
では、三浦さんはどのようにして、それらを乗り越えたのでしょうか。
ピンチにおちいったとき、不安に駆られて焦って無駄にあがくと、逆に良くない状況をつくると彼はいいます。彼がいう「良くない状況」というのは、いわば死です。
命をつなぎ止めたのは、次のような信念でした。
「何ごとも、なるようになる」
こんなふうに柔軟に、目の前のことを受け止められたことが、自分の命をつなぎ止めたのだといいます。三浦さんは、ご自分のことを「無責任楽天主義」と公言しています。
歳を重ね、さまざまな経験を積んできた幸齢者こそ、長生きの秘訣となるのが、この無責任楽天主義だと私は実感します。
■人生に「もう遅い」はない
みなさんのなかにも、脳梗塞でまひをお持ちの方もいるでしょう。要介護の認定を受けて、歩くのが大変な方もいるでしょう。
でも、あきらめてしまえば、それでおしまいです。
なにごとも、なるようになる。
目の前のできることを、やる。
いってしまえば、あがいても結局、なるようにしかなりません。今の自分をただただ、受け入れるしかないのです。でも、自分を受け入れた瞬間、ふと、気持ちが楽になるはずです。
三浦さんは89歳になったとき、90歳でヨーロッパの最高峰であるエルブルースに登頂し、斜面をスキーで滑りたいという目標を掲げました。
人生に「もう遅い」ということはない。
何歳だろうと、今からできること、これから始められることはある。
そう話しています。
恋活にも「もう遅い」ということはありません。何歳だろうと、今からできる、これから始められるのです。
「そのうち」「いつか」「元気になったら」といっているうち、体力も気力も尽きて、人生は終わってしまいます。
今この瞬間が、いちばん若い。
このことを忘れてはいけません。
三浦さんは、90代になった現在も、よくステーキを食べているそうです。
みなさんも、とりあえず今日のランチをお肉にしてみませんか。
そのタンパク質は、血となり肉となり、あなたをきっと元気にしてくれるはずです。
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和田 秀樹(わだ・ひでき)
精神科医
1960年、大阪府生まれ。東京大学医学部卒業。精神科医。東京大学医学部附属病院精神神経科助手、アメリカ・カール・メニンガー精神医学校国際フェローを経て、現在、和田秀樹こころと体のクリニック院長。国際医療福祉大学教授(医療福祉学研究科臨床心理学専攻)。一橋大学経済学部非常勤講師(医療経済学)。川崎幸病院精神科顧問。高齢者専門の精神科医として、30年以上にわたって高齢者医療の現場に携わっている。2022年総合ベストセラーに輝いた『80歳の壁』(幻冬舎新書)をはじめ、『70歳が老化の分かれ道』(詩想社新書)、『老いの品格』(PHP新書)、『老後は要領』(幻冬舎)、『不安に負けない気持ちの整理術』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)、『どうせ死ぬんだから 好きなことだけやって寿命を使いきる』(SBクリエイティブ)、『60歳を過ぎたらやめるが勝ち 年をとるほどに幸せになる「しなくていい」暮らし』(主婦と生活社)など著書多数。
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(精神科医 和田 秀樹)