※本稿は、三谷宏治『経営戦略全史〔完全版〕』(日経ビジネス人文庫)の一部を再編集したものです。
■「大繁栄」していた恐竜の「大絶滅」
地球生命史上まれに見る大発展を見せていた「恐竜」は、約6550万年前、他の多くの生命種とともに姿を消しました。
それは数千種に及ぶ、恐竜類、翼竜類、首長竜類、魚竜類(その総称が恐竜)の全てを巻き込んで、ほぼ完全な絶滅でした。この大絶滅のナゾが、解かれつつあります。
大絶滅の主要因は直径10kmの小惑星の衝突です。その時解放されたエネルギーは、なんと広島型原爆10億個分。マグニチュード11以上の地震と高さ300メートルの津波が起きました。
想像を絶する爆発とともに大量の粉塵が世界を覆い、太陽光を遮(さえ)ぎり、地球は急速に寒冷化しました。植物が枯れ、草食獣が倒れ、肉食獣が飢え、結果、全生命種の75%が絶滅しました。いわゆる「K-Pg絶滅」です。恐竜は、小惑星衝突による地球規模での環境悪化(寒冷化)によって滅んだのです。
でも解明すべきはそれだけでしょうか。
「絶滅」のナゾだけでなく、「繁栄」のナゾも解かねば。なぜに恐竜は、小惑星に阻まれるまで2億年以上にわたる永き大繁栄を享受できたのでしょうか。
■“自然環境の悪化”により恐竜たちの天国が誕生
その答えもまた“自然環境の悪化”です。
2億5000万年前、全ての大陸が1つに集まり(パンゲア超大陸)、それが巨大マグマ上昇を引き起こし、地球規模での巨大噴火が発生しました。
この超巨大な焚き火によって、大気中の酸素の大幅な減少とともに、放出された大量の二酸化炭素による超温暖化や、強烈な海洋汚染が引き起こされたと考えられています。生命は史上最大の痛手を受け、全体の95%もの種が絶滅に追い込まれました。
仮にこの超温暖化をくぐり抜けても、多くの種はその後2000万年も続いた極端な酸素欠乏(スーパーアノキシア)に耐えられなかったからです。これがいわゆる「ペルム紀末の大絶滅」です。
恐竜はその直後に生まれ、スーパーアノキシアを生き延びました。生き残った生命のほとんどいない地球上は、恐竜たちの天国でした。
■低酸素状態でも平気な呼吸システム
恐竜は、空気中から酸素を効率よく吸収できる「気嚢システム」を持っています。
そのお陰でスーパーアノキシア後さらに1億年も続いた低酸素(今の半分)状態でも平気でした。
当時、他に哺乳類の祖先たちもいましたが、そういった呼吸器官を持っていたのは、恐竜だけだったのです。
競争相手の激減と二酸化炭素上昇による裸子植物(巨大なソテツ等=草食竜のエサ)の大繁栄もあいまって、恐竜は未曾有の発展を遂げました。
「恐竜『だけ』が気嚢システムを持っていたから」それが恐竜「大繁栄」のナゾへの答えです。他の生命種より、圧倒的に多様にかつ数多く生息していた理由です。
かつそれは、生命の持つケイパビリティの中でも、外見や筋力とかの「外部構造」ではなく、特別な酸素吸収システムを持つという、「内部構造の勝利」でした。
そもそも、生命種を大きく「分ける」ものはなんでしょう。それは実は外見でなく、内部の構造・仕組みです。背骨を持つのか持たないのか、肺で呼吸するのかエラ呼吸か、卵生か胎生か。これらは長い生命の進化の過程でも、なかなか変わりません。
外形はちょっと変えても(爪や角が長いとか)価値があるし邪魔でもありませんが、内部構造はちょっと変わったくらいでは価値がなく、むしろ致死要因になりやすい(から変異が蓄積しにくい)からです。
■体を温め続ける仕組みがないため「大型化」
一方、恐竜の内部構造上の弱点は「変温性」でした。
もともと爬虫類の一種なので体を常に温め続ける仕組みを持っていません。寒いと動けないので、日中しか行動できませんし、寒冷地には進出できません。
それを克服するために、恐竜の多くが大型化の道をたどりました。大きくなれば、体重あたりの表面積が小さくなり保温が効くからです。
1.5億年前には最大体重50トンとも言われる草食のスーパーサウルス(全長33メートル)などが栄え、末期には有名なティラノサウルス・レックス(暴君竜 T・Rex 全長15メートル)が地上を支配しました。
ティラノサウルスの生態はまだまだ謎に包まれていますが、アゴの力は3トン以上、つまりトラックや鉄格子をかみ砕けるレベルだったと推定されています。この破壊力は、まさに大型化のお陰でした。
■大きいからこそ生き残れなかった
ではなぜ恐竜「だけ」が全種絶滅の憂目にあったのでしょう。両生類も一部の爬虫類(ワニやヘビ)も、もちろん哺乳類も生き残ったのに。
その理由こそが、恐竜の「大型化」だったのです。
自然環境の急激な変化があったとき、小型の方が少ない資源で個体が生存でき、種として生き延びやすいのです。
それゆえに哺乳類(の大部分)は大災厄を生き延び、次の繁栄への入り口に立てたのです。たとえそこで待っていたのが、隕石落下後の紅蓮地獄だったとしても。
■内部構造を変え続けられる者のみが生き残る
ヒトや組織は、そもそも自身の発展の理由をちゃんとは自覚していません。成功しているときには全てが成功理由に見えますし、周りも誉めるばかりで、まじめに反省する気にならないからです。でも成功には必ず大きな「理由」があります。
自らを取り巻く環境が大きく変わり、それにヒトや組織の「内部構造」(持っている力や能力、仕組みや文化)がうまく適応したとき、ヒトや組織は大きく発展するのです。これをまず自覚することです。
しかし、そこに頼った瞬間、それは来るべき絶滅への入り口となってしまいます。
内部構造は変えにくいので、ヒトや組織は環境変化に対して「外形変化」で耐えようとします。大きくなったり、角を生やしたり……。
ヒトや組織も同じです。自らの内部構造を変え続ける力を持つもののみが、生き残れるのです。
----------
三谷 宏治(みたに・こうじ)
KIT(金沢工業大学)虎ノ門大学院 教授
東京大学理学部卒業。BCG、アクセンチュアを経て現職。INSEAD MBA修了。早稲田大学ビジネススクール・女子栄養大学 客員教授。著書に『新しい経営学』『経営戦略全史』『ビジネスモデル全史』『戦略子育て』『お手伝い至上主義!』など。
----------
(KIT(金沢工業大学)虎ノ門大学院 教授 三谷 宏治)