■自己流の株式投資で「痛い」失敗をした経験
私は会社員だった30代、バブルの絶頂の1987年に投資を始めて以来、リーマンショックまで約25年、完璧な自己流で株式投資を行っていたが、かなりの損を出し、実質的に投資を中断していた。その後、ファイナンシャル・プランナー(上位資格CFP)の資格を取得、投資を再開したのが2019年「つみたてNISA」による先進国インデックスファンドの買い付けだった。投資を積み立て方式に切り替えてからは、成果を出してきた。
そのような失敗だらけの私の投資歴ではあるが、その間に身に染みたのは「きちんとしたセオリー(戦術、理論)を持つこと。平常心を失った状態で売買をしてはいけない。感情は投資の敵」ということだ。
投資は買いも難しいが、それ以上に売りが難しい。
簡単に言えば、「相場が上がるともっと上がると思って買いたくなる。相場が下がるともっと下がると思って売りたくなる」ということだ。これは欲得にとらわれているからだ。「投資は儲かるもの」と思って投資をすると、上がって利益が出ても、もっと上がるので売るのは惜しいと思う、自分の願望と相場の動きを混同してしまい、自分の願望に従って株価が上下すると思い投資をしてしまうのだ。
■株価が落ちるとショックで手放してしまう
欲得にとらわれた結果が高値の時にさらに買い増す、安値の時に売ってしまうということだ。
後者は特に株価の暴落時には、「狼狽(ろうばい)売り」という形で現れる。
私も投資開始直後の1987年のブラックマンデーによる急落で狼狽売りをしたことがある。
もうすでに40年近く前のことになる。当時株式市場は上昇傾向にあったが、金融工学の発達により、プログラム売買やデリバティブ取引が盛んになり、「売りが売りを呼ぶ」危険性があった。当時アメリカFRB(連邦準備制度理事会)が金利を引き上げる可能性があるとの情報が引き金となり10月19日に米国市場で20%以上の株価暴落が起った。幸い、FRBが市場へ資金供給を絶やさなかったことにより、株価は一定の期間をおいて回復した。
その概要は図表1の比較チャート、図表2の表を見ていただけるとお分かりになると思う。
■「株をやれば誰でも儲かる」という風潮に…
これで私は暴落当日に株を売ってしまった。ろくに勉強することもなく、バブル全盛当時の「株をやれば誰でも儲かる」という風潮に乗って投資したのが仇(あだ)となった。今から思うと危機管理ができていなかったことが原因である。
実際の株価は日経平均では1.6カ月、アメリカのS&P500で約1年9カ月で暴落前の高値を回復した。
当時はアメリカより日本の方が株価に勢いがあったので、日本の方が早く回復している。当時私は日本株に投資していたので、株価は1.6カ月で回復している。「株価は塩漬けすればいつかは戻る」と考え、売らずに静観すれば、短期間で株価は再び上昇軌道に戻ったことだろう。
S&P500に投資していたら1年9カ月もかかったので少し我慢する必要があったが、それでも「じっと待てば株価は回復する」というセオリーは生きていた。
この時の反省は、きちんとしたセオリーを身に付けていなかったから、不安になり、それが狼狽売りにつながったというものである。
■トランプショックでNISAを「狼狽売り」
これと同じことはその後も何度か繰り返されている。記憶に新しいところだけでも次の暴落がある。
2020年3月のコロナショックによる暴落
2024年8月5日の日銀総裁発言による暴落
2025年4月のトランプショックによる暴落
これらすべての暴落についても、その後遅かれ早かれ株価は回復している。
最近では、トランプショックの暴落で狼狽売りをしてしまった人もいるかもしれない。
トランプショックとは、トランプ大統領が全ての貿易国を相手に関税をかけると言い出し、2025年4月、それを実行に移したとたんに株価が暴落したことを指す。
トランプ大統領が強引に権力を振り回し世界経済をめちゃめちゃにするのではないかと懸念して、4月3日、4月4日に合わせて株価は10%以上下落した。
ところが、トランプ大統領も株価下落は避けたかったようで、4月9日には報復関税を課さない国には相互関税は90日猶予するなどの緩和策を打ち出したため株価は下げ止まった。
図表3、図表4をみるとわかるが、トランプショックは世界恐慌にはつながらず、一時的な下落にとどまった。チャートをみると鋭く深い谷ができているが、これは株価下落がすぐに回復したことを示すものだ。
■暴落からわずか4カ月で最高値を更新した
トランプ大統領がやろうとしているのは、世界経済の秩序を変えようとすることだが、いったん高い関税を掲げたものの、すぐに、それを緩和したため、「トランプは株価が低迷するようなことはやらない」と市場が評価したのだ。その後、株価は下げ止まり、むしろ上昇している。(2025年6月30日にはトランプショック前の高値を更新)
結果論ではあるが、このトランプショックで株を売らなければ株価は順調に上がり続け、トランプショックなど、実質的になかったことになる。投資においては、それが正解だったということだ。
新NISAの枠でこの1~2年の間に投資を始めた人など、トランプショックでも狼狽売りをしたケースがあると聞く。この場合は言うまでもなく、かなりの損失を出しているはずだ。
例えば、最悪のケースを想定すると、トランプショック以前の最高値を付けた2025年2月19日に6144.15ドルでS&P500を買い、最安値をつけた2025年4月8日に4982.77ドルで売ったとする。
500万円を投資したとして、株価下落率は19%なので損失は95万円だ。(500万円×19%=95万円)
それが、同じ2025年2月19日にS&P500を買い、トランプショック後の最高値を付けた2025年8月14日に6468.54ドルで売ったとしたら、500万円×5%=25万円の利益となる。
上記2ケースでは損益が120万円も違う。
■狼狽売りしなければ8月には5%の利益が出た
これは極端な例だが、狼狽売りをするとそれだけの損をする可能性があるということだ。
狼狽売りをした直後は株価が上がりだしたとしても、また下がるのではないかと疑心暗鬼になり再投資はなかなかできないだろう。理詰めで行動して失敗したのではなく、恐怖に駆られて売ったから回復が利かないのだ。
私自身の経験から言っても狼狽売りした直後は、自分の判断力に自信を失っているので、株価が上がっても冷静な判断はできなかった。
逆に、狼狽売りをした人の収穫は、その失敗を生かして次には狼狽売りをしないことだ。失敗は何よりも貴重な教訓なのだ。セオリーは本を読んでも身につくものではない。自分自身の身に染みた経験から身につくのだ。私はそのことが、実際に損をしてわかった気がする。
■「狼狽売り」しないための投資セオリーとは?
狼狽売りをしないため、すなわち、感情に左右されて行動しないようにするためには、投資において次の点を守る必要がある
1)余裕資金で投資をすること
資金的に余裕があり、例えば100万円であれば万が一ゼロになっても生活には影響ないと思うことができれば、余裕をもって投資ができ、株が下落しても動揺することは少ない。
2)株は塩漬けすればたとえ長い期間かかってもいつかは戻るので、相場急落時には売らないこと
トランプショックのような短期間の下落でなくとも、2007年に起きたリーマンショックでも5年たてば株価は戻った。
株価が下落しても5年、10年待って回復すればいいという長期的な視野と余裕を持てば、慌てて売って損をすることは減る。
また、長期間保有を可能にするためには保有期間に応じてかかる信託報酬手数料などが低い商品に投資する必要がある。
■積み立ては自分の感情が入り込まないからいい
ある時、70歳のAさんから相談を受けた。
「私は20年来、株式投資をやっているが、どうも儲かりません。通算すると損をしていると思います。株価が上がると、つられて買ってしまい、下がると買い増しをしますが、さらに下がると怖くなって、買うのをやめているうちに、株価が上がってしまいます。そして次に株価が下がると慌てて売ってしまうのです。自分は株式投資に向かないのではないかと悩んでいます。」との内容だった。
私は「実は私もそうだったのです」と言いたくなるのを抑えて、次の通り回答した。
「それが株式投資の難しいところですね。自分の気持ちを優先すると株価の動きに左右されて一喜一憂し、思った通りの結果にならず、後悔が残ります。
『つみたてNISA』をやってみたらいかがでしょうか? 70歳からでも始められます、政府が勧める低コストの投資信託に毎月少しづつ積み立てを行い一生涯継続することができます。
何よりもいいのは、毎月機械的に購入することで、自分自身の判断や欲が入り込まないことです。長期にわたってまんべんなく投資をするので、高値で買ってもしばらくすると安値で買えます」
■長期積み立てで株価の変動が吸収される
その人には「つみたてNISA」をお勧めしたが、ここにも先ほど説明したセオリーに通じる考え方がある。
1)長期積み立てをすることで、時間とともに変動する株価のリスクを低減
10年から20年間の長期にわたり、毎月一定金額の株を買えば、高いときも安いときも休まずに株を買うことになるので、時間による株価の変動が吸収され、投資に失敗するリスクが減る。これは安定性を目指す上で欠かせない要素である。
2)相場が下がっているときでも、積み立てだと不安をやわらげる
今まで説明してきたように、株式投資には感情に左右される要素が多く、株価が暴落したときにも、平然として、冷静に判断できる人は少ない。感情に打ち勝つことができるかどうかで投資の成功が決まるといっても過言ではない。
長期に積み立てを行うことのメリットは、相場の下落時にも、それほど大きなストレスを感じずに済むことだ。毎月少しずつの投資なので、「間違っても致命傷にはならない」「最悪、積み立てを中断して様子を見ることもできる」という余裕を持つことができ、比較的冷静に積み立てを続けることができる。これは狼狽売りを防ぐ要素といえるだろう。
■トランプショックで狼狽売りした人がすべきこと
NISAなどで投資を始めていたのに、今年のトランプ相互関税ショックで狼狽売りしてしまったという人はどうすればいいのだろうか。
売却せずに続けていれば、前述のように5%以上の利益が出た可能性があるが、元値割れの局面で解約し、利益を得られなかったとしても失敗ではない。再びNISAを始め、価値が下がる時期があっても、今度こそ、自分の感情に振り回されないようにして長期投資へとつなげていけばいい。
そのためには、投資再開の時には積み立て投資に切り替えることだ。積み立て投資なら、高値掴みのリスクはなくなる。株価が下がるたびにいくら損をしたと計算しなくても済む。むしろ株価が下がるたびに安い株価で買うことができ、平均購入株価は下がっていくので、心は平静を保つことができるのだ。
NISAには1800万円までという「生涯投資枠(非課税保有限度額)」があり、いったん解約した分は再び枠内の金額としてリセットされる。再スタートもしやすい。
私自身の経験からいっても、二度目の投資は成果を出しやすいものだ。一度、失敗したからといって、資産を増やす機会を見逃さないようにしてほしい。
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浦上 登(うらかみ・のぼる)
コンサルタント
早稲田大学政治経済学部を卒業後、三菱重工業に入社、海外向け発電プラントの仕事に携わる。ベネズエラ駐在、米国ロサンゼルス営業所長などを歴任後、三菱重工グループの保険代理店に移り、取締役東京支店長。2009年にはファイナンシャル・プランナーの上位資格CFPを取得。2017年にサマーアロー・コンサルティングを設立、著書に『70歳現役FPが教える 60歳からの「働き方」と「お金」の正解』(PHP研究所)がある。
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(コンサルタント 浦上 登)