※本稿は、NHK「笑わない数学」制作班編『笑わない数学3』(KADOKAWA)の一部を再編集したものです。
■自然数を足し続けるとマイナスの数になる!?
今回のテーマ、なんと「1+2+3+4+……=-1/12」です。
最初に言っておきますが、この式、インチキですからね! どんどん大きくなる数を次々に足していって、マイナスの数が出てくるわけないじゃないですか! この式は間違いです! 学校のテストでこんな答え書いたらバツですよ。
……でも、です。こんな数式がなぜ今回のテーマなのかというと、どうにも正しいとは思えないこの式が、必ずしも間違いとは言えない、むしろ見方によっては正しいんじゃないか? という、驚くべき話があるからなんです。
いきなりこの式を相手にするのは気が引けるので、次の問題から始めてみましょう。
問題
1+1/2+1/4+1/8+1/16+1/32+……を計算せよ。
最初の数は1。2番目は半分の1/2。3番目はさらに半分の1/4。4番目はそのまた半分の1/8。……と、足される数は順々に半分になっていますね。
それぞれの分数を、小数に直してみましょう。答えに近づくことができるといいのですが……。
う~ん、なかなか大変そうですね。ここでは6番目まで書きましたが、これ以降の数はさらに小さくなっていくので、手計算で足していくのはきりがなさそうです。それに、数は無限個あるので、「頑張ればいつか終わる」というものではありません。
■「正体不明のモンスター数式」と対峙した数学者たち
ところが、数学では、これと同じように「無限個の数を足す」という問題がしょっちゅう現れるのです。例えば、1から始めて、分母が3倍ずつ大きくなっていく数をひたすら足し合わせる
1+1/3+1/9+1/27+1/81+……=?
という問題や、どんどん大きくなる数を交互に足したり引いたりする
1-2+4-8+16-32+……=?
という問題、あるいは自然数をぜ~んぶ足し合わせる
1+2+3+4+5+……=?
という問題まで……。
こういう問題、まるで正体不明のモンスターのようにも感じませんか? 「……」で表しているところとか、なんかごまかしているんじゃないかな? などと思ってしまいます。
でも大丈夫。数学者たちは長い時間をかけて「無限個の数を足すとはどういうことなのか?」を考え、こうしたモンスターをねじ伏せる方法を確立してきたのです。
■いったん100個だけ足してみる
このように無限個の数を足し合わせた形の式を、数学では「無限級数」と呼びます。
モンスターのような無限級数をねじ伏せる方法の基本を、最初に挙げた
1+1/2+1/4+1/8+1/16+1/32+…
で説明しましょう。
しかし、無限個の数をひとつずつ足そうとしてもきりがありません。そこで数学者たちがたどり着いた考え方は、「いきなり無限個足すのではなく、途中までの和を考える」です。
例えば「最初から100番目までの和」や「最初から10000番目までの和」などを計算してみるのです。100個でも10000個でも、途中までなら有限個ですから(時間や労力を気にしなければ)なんとかなります。そうしておいて、この「途中までの和」の動きを観察すれば、モンスターの正体に近づけるだろう、というわけです。
■1+1/2+1/4+1/8+1/16+1/32+…=2になる理由
「最初から100番目までの和」を考えてみます。
詳細は省略しますが、少し工夫して計算すると、最初から100番目までの和は
2-1/2^(100-1)
と求めることができます。では、10000番目までの和はどうでしょうか? こちらも工夫して計算すると
2-1/2^(10000-1)
と求めることができます。どうでしょう? 足す数の個数が増えるにつれてどこが変化するか、見えてきたでしょうか?
では、このモンスターの正体を捕まえましょう。このモンスターの無限番目までの和は
2-1/2^(∞-1)
となるはずです。
分母の2^(∞-1)はものすごーく大きいので、1/2^(∞-1)は限りなく0に近いはずです。つまり、求めたかった無限番目までの和は2、すなわち1+1/2+1/4+1/8+1/16+1/32+……=2ってことになるんです。
■「正の無限大∞」では答えにならない
それでは、次の2つの無限級数は、どう考えたらよいでしょうか?
問題A 1+2+3+4+5+6+……=?
問題B 1-2+4-8+16-32+……=?
問題Aの無限級数は、どんどん大きくなっていく数を足していくのですから、全部足したら無限大になりそうです。
先ほどと同様に途中までの和を考えると、足す数の個数が増えるにつれて際限なく大きくなっていくことがわかります。ですから、「答えは(正の)無限大∞」と言いたいところですが、無限大は「数」とは認められていないので、「この無限級数には『答え』はない(値は決まらない)」として話を終わらせるのが、常識的な態度なのかもしれません。
では、問題Bはどうでしょうか? これも、途中まで足し合わせた部分和を考えてみましょう。
1=1
1-2=-1
1-2+4=3
1-2+4-8=-5
1-2+4-8+16=11
1-2+4-8+16-32=-21
プラスとマイナスが交互に現れ、しかも数の大きさ(絶対値)はだんだん大きくなっています。グラフに描いてみるとジグザク、しかも振れ幅は大きくなっているので、これも「ある値に限りなく近づいていく」という感じではなさそうですね。
つまり、「問題Bの無限級数にも『答え』はない」となりそうです。
■数学にも「答えがない」ものがある
これらのように、無限級数に「答え」がない、値が決まらないことを、数学の言葉では「その無限級数は発散する」といいます。これに対して、無限級数の答えが定まることは「その無限級数は収束する」といいます。相変わらず言葉が難しいですね。
とにかく、無限級数には、答えがあるものと、答えがないものがあるのです。
え? 数学なのに「答えがない」なんて残念だなぁ、ですって?
いえいえ、現代数学の考え方では、発散する無限級数の「答え」を決めようとすると、どこかに無理が生じて困ってしまうのです。
でも! 皆さんが感じた「答えがないなんて残念だなぁ」という気持ちは、とても大切なものです。同じように思って、発散する無限級数の値を探していた数学者もいたのです。
■答えのない問いにも「理屈の通る値」を与えたい
18世紀初頭のイタリアに、ちょっと不思議な数式に夢中になっていた数学者がいました。修道士でもあったその数学者の名は、ルイージ・グイド・グランディ。
グランディがひたすらにらみ続けていたのは、こんな無限級数でした。
1-1+1-1+1-1+1-……
1の足し算と引き算が永遠に続くこの無限級数、これまでと同じように、途中までの和を考えてみると
1, 0, 1, 0, 1, 0, 1, ……
です。奇数番目までの和が1、偶数番目までの和が0ですから、0と1を行ったり来たりするばかりで、どこへも近づいていきません。現代数学の扱いでは、この無限級数は「答えがない」とするしかありません。
しかし、グランディは「何とかこの無限級数の値を求めたい!」と、考え続けたのです。そして、「この無限級数の値は1/2だ!」という結論にたどり着きます。
1710年に発表した著書の中で、グランディはその理由を、こんなたとえ話で説明しています。
ある兄弟が、親から1つの宝石を相続することになった。
遺言で売却を禁じられていたため、2人は交互に宝石を保管することにした。
兄弟はそれぞれ半分の時間だけ宝石を保管しているのだから、これが無限に続くと考えれば、2人とも宝石を1/2ずつ所有していることになるのである。
わかるような、わからないような、なんとも不思議な説明です。しかし、「発散する無限級数にも理屈の通る値を与えたい」というグランディの考え方は、他の数学者たちにも刺激を与えていきました。
■無限級数には「コア」部分があるという考え
そんな刺激を受けた数学者のひとりが、クリスティアン・ヴォルフです。ヴォルフは、グランディの級数や、プラスとマイナスを行き来する次のような無限級数でも、きちんと「値」が決められるのだ! という議論を展開します。
1-2+4-8+16-32+……
ヴォルフは基本に戻って、途中までの和を観察し、この無限級数は足す数の個数を変えても変わらない「コア(核心)」の部分と、足す数の個数の変化に合わせて動く「振動」の部分の2つに分けられると考えたのです。
そして、この無限級数のコアの部分は1/3であることがわかり、1-2+4-8+16-32+……=1/3であると主張したのです。
■他の数学者を驚かせたオイラーの公式
そして18世紀半ば、現代にもつながる、より洗練された議論を展開した数学者がいました。天才数学者レオンハルト・オイラーです。
オイラーが利用したのはこの等式です。
-1<x<1を満たす数xに対し
1+x+x^2+x^3+x^4+……=1/(1-x)
うん。難しいですね。
でもね、この式すごいんですよ。xを1/2に置き換えると、最初に紹介した無限級数1+1/2+1/4+1/8+1/16+1/32+…=2と一致するんです。
この式はいつでも使えるわけではなく、xの値が-1<x<1を満たさないといけないんです(例えば、x=2や、x=-1、x=-2などのときには使えないのです)。
しかし、オイラーはこの等式を、条件の範囲にない実数xに対しても適用することで、発散級数にも「値」が導き出せると主張したのです。
この公式にx=-1を無理やり代入してみましょう。すると
1-1+1-1+1-1+1-…=1/2
となります。グランディが苦労して説明した等式が、見事に現れました!
さらに、これも範囲外であるx=-2を代入すると、
1-2+4-8+16-32+…=1/3
となりますね。これは、ヴォルフが示した等式に他なりません。
オイラーはこの他にもさまざまな公式を導き、自在な計算を駆使してさまざまな無限級数の値を求め、当時の数学者たちを驚かせたのです。
そして、オイラーが導いた無限級数の値から、今回のテーマに掲げた等式
1+2+3+4+……=-1/12
を正当化できる、という議論まで持ち上がりました。
■無限級数の値を考えることに意味はあるのか
ちょっとちょっと!
1+2+3+4+……=-1/12
が正しいかもしれない、ですって?
いやいやいや、そんなわけないじゃないですか! プラスの数を、それもどんどん大きくなっていく数を足していって、その答えがマイナスになるなんて!
それだけでなく、今までに出てきた等式、あれもこれもそれも、みんな間違ってるはずです!
そんなわけで、19世紀に入ると、数学者たちは「発散する無限級数の値を考えることに意味はない」という厳格な考え方を採用するようになりました。
……でも、ですよ。さっき確かに思ったはずです。「数学なのに、答えがないのは残念だな」って。
そう、19世紀の数学者の中にも、同じように無限級数の答えを求めようとする人たちが現れたのです。時代背景を反映して、18世紀よりも厳密な形で、数学者たちは無限級数の「答え」を模索し始めたのです。
■「インドの魔術師」ラマヌジャンが導き出した答え
1890年代のイタリアに、「発散する無限級数でも、答えを導けるものがある!」と挑戦する数学者が現れました。その名はエルネスト・チェザロ。チェザロは、厳密さを増した数学のテクニックを駆使して、答えがないとされた無限級数にも「答え」を計算できる特殊な計算法を編み出したのです。
チェザロは、かつてグランディやヴォルフが展開した議論を、いわば足し算をうまく調整することで復活させようとしたのです。
そして、他の数学者たちにより、さらに多くの発散級数に対して、値が決められるテクニックも考案されました。これらもまた「足し算のやり方をうまい具合に調整する」方法です。
そして、20世紀に入ると、最難問である
1+2+3+4+5+6+……
にすら値を与えられる驚きの計算方法が、「インドの魔術師」と呼ばれた大天才、シュリニヴァーサ・ラマヌジャンにより発表されます。彼が考案した総和法は強力なものでした。
そして、このラマヌジャンの総和法を使うと……
“1+2+3+4+5+6+…”=-1/12
そう、今回のテーマの等式が現れるのです!
■「数学者のただの自己満足」と切り捨てられない理由
やっぱりこんな等式はありえないんじゃない? 「発散する無限級数にも合理的な値を決めたい」という数学者の気持ちはわかるけれど、ちょっと理屈をこねすぎなんじゃないですか?
“1+2+3+4+…”=-1/12
という式にしても、あくまで「普通とは違う、ちょっと変わった意味でなら正しいと言えなくもない」くらいで、やっぱり怪しい気がする……。
そんなふうに思っている方も、まだいらっしゃるかもしれません。あるいは「そもそも、そんな怪しいものを考えて、何かいいことあるの? 数学者の自己満足じゃないの?」なんて声すら、聞こえてきそうです。
ところが、ところがです! この怪しい等式にも、ひょっとしたら大きな意味があるんじゃないか? という、驚くべき事実が見つかっているのです。
■自然法則の中に「“1+2+3+4+……”=-1/12」は存在する
1948年、オランダの物理学者ヘンドリック・カシミールが発表した論文が、大きな議論を巻き起こしました。
「真空中に小さな隙間を隔てて置かれた2枚の金属板の間に、それまで知られていなかった奇妙な引力が働くはずだ」
カシミールはそんな、なんとも謎めいた予言を残しました。この予言の現象は、後に「カシミール効果」と名付けられます。
さらに、本当にその引力が存在するなら、その大きさはこの式
“1+2+3+4+……”=-1/12
を利用して計算できるというのです。
そんな奇妙な引力が、本当に存在するのでしょうか? 多くの物理学者が半信半疑でいた中、1997年、シアトルのワシントン大学の実験において予言通りの引力が観測されたのです。そのニュースは世界中を駆け巡り、多くの物理学者、そして数学者が驚きました。
私たちを取り巻く自然法則の中に、奇妙な等式
“1+2+3+4+……”=-1/12
が利用されているという、何とも不思議な事実が浮かび上がってきたのです。
■「世界は10次元でできている」と説いた超弦理論
そしてさらに、この等式を基礎とする物理学の理論までが登場しています。宇宙のすべてを説明できる可能性を秘めていると言われる「超弦理論」。この理論は、等式
“1+2+3+4+……”=-1/12
に基づいて、「この世界は10次元でできている」と予言します。
皆さん、どうでしょうか? 数学者が机の上で理屈をこねまわして作ったような、なんとも奇妙に思える数式が、現実に宇宙をつかさどる自然法則にも利用されているらしい。このことは、最先端の物理学者にとっても「不思議だなぁ」と感じるものがあるそうです。
無限に続く捉えどころのない数式、それはひょっとしたら、私たちがまったく想像できない世界への、入り口になっているのかもしれません。現代数学とその周辺には、誰もが仰天してしまう話が、まだまだたくさんあるのです。
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NHK「笑わない数学」制作班
パンサー尾形貴弘が難解な数学の世界を大真面目に解説する異色の知的エンターテインメント番組。レギュラー番組としてNHK総合テレビで、シーズン1が2022年7月から9月まで、シーズン2が2023年10月から12月まで放送された。シーズン1はギャラクシー賞テレビ部門の2022年9月度月間賞に選ばれた。過去の番組はNHKオンデマンドやDVDで確認することができる。
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(NHK「笑わない数学」制作班)