加工肉や赤肉は本当に体に悪いのか。ハーバード大学診療所で治療に携わった精神科医のジョージア・イード氏は「加工肉を食べすぎるとがんになる、腎機能に悪影響が出るなど肉食を巡る害悪論は多い。
しかしその多くは誤解に基づいたものだ」という――。
※本稿は、ジョージア・イード著、大田直子訳『ハーバード式脳を最適化する食事法』(朝日新聞出版)の一部を抜粋・再編集したものです。
■植物性食品にも発がん物質は含まれている
赤肉※に対する抗議との争いはモグラたたきゲームのようだ。でっち上げをひとつたたいて穴に引っ込ませるとすぐに、別のでっち上げが出てくる。わりと一般的なものをいくつかさっと見直してみよう。
※肉そのものを表す「Red Meat」の日本語訳
虚像1 ヘム鉄が癌を引き起こす
動物の生態に欠かせない役割に加えて、ヘム鉄は赤肉にその特徴的な色と風味を与える。だからこそ、植物由来の「肉」のメーカーは7500万ドルという大金を、遺伝子組み換えされた「レグヘモグロビン」――大豆の根にあるヘモグロビンの一種――の大量生産と、それをパテに挿入することにつぎ込んだのだ(39)。
※参照文献については、朝日新聞出版公式書籍紹介ページ「原著の原注(Notes)」第10章を参照

https://publications.asahi.com/design_items/pc/pdf/product/25421/notes.pdf
では、ヘム鉄は赤肉のなか……そして偽ハンバーグのなかに潜む、癌を引き起こす犯人の可能性があるのか? デヴィッド・クラーフェルド博士によって書かれた2015年の主張によると、そうではない。彼はUSDAの国家栄養プログラムリーダーであり、WHO報告書の著者の一人である。「ヒトの腸における正常濃度のヘムが害をおよぼすというデータはない(40)」
虚像2 焦げた肉は癌を引き起こす
肉を焦がしたり燻したりすると、多環芳香族炭化水素(PAH)と複素環アミン(HCA)が生成される。どちらも実験動物で癌を引き起こすことが示されている。動物で癌を引き起こすこれらの化合物の投与量は、ヒトの食品に含まれる量の100から10万倍である(41)。
ヒトでの研究は疫学研究に限定され、そうした研究でさえ結論にいたっていない(42)。
HCAは赤肉だけでなく、魚や鳥肉を含めたタンパク質の多い食品でもできる可能性がある。PAHは燻す、焼く、揚げるといった、高熱処理をされたあらゆる植物性物質および動物性物質にできる。さまざまな食品に見つかるものであり、野菜のグリル、カカオ製品、粉ミルクなどもそうだが、とくに極端に多いのは小麦粉、シリアル、パンであり、加熱調理された肉の1000倍以上の濃度である(43)。
■肉がダメならホウレンソウもダメ
虚像3 加工食品中の硝酸塩と亜硝酸塩が癌を引き起こす
硝酸塩と亜硝酸塩は、ベーコン、サラミ、ハムのような加工肉の生産に使われる。しかし、多くの植物性食品にも自然な状態でたいていは大量に見つかる(44)。硝酸塩と亜硝酸塩そのものが癌を引き起こすことは示されていないが、ほかのタンパク質小片と反応して「ニトロソアミン」を形成する可能性がある(45)。この化学物質は実験動物で癌を引き起こす場合がある。
典型的な西洋式食事に含まれる硝酸塩の大半は野菜由来なので、硝酸塩と亜硝酸塩がたしかに癌のリスクを高めるのなら、加工肉の摂取量を限定するだけでなく、ホウレンソウやセロリのような硝酸塩を多く含む野菜の摂取量も限定するべきである。1グラム当たりで考えると、ホウレンソウはホットドッグの80倍以上の硝酸塩を含む。セロリパウダーは硝酸塩に富んでいるので、メーカーは加工肉をつくるのに使い、自社製品には「セロリパウダーに自然に含まれるもの以外、硝酸塩も亜硝酸塩も添加されていない」と誇らしげに宣伝している。
虚像4 肉は便秘を引き起こす
肉は最も消化しやすい食品である。
胃酸、腸内酵素、そして胆汁が、肉のタンパク質を個々のアミノ酸に、脂肪を脂肪酸に効率よく分解し、血流中への吸収はほぼ完璧で、排泄されるべき老廃物はほとんど、またはまったく残らない(46)。疑念があるなら、ただ自問してほしい。まず、未消化の肉か脂肪のかけらが体を出ていくのを見たことがある? 次に、ブロッコリー、木の実、種子、豆、トウモロコシのような植物性食品のかけらが未消化で体から出ていくのを見たことがある?
■バーベキューソースをつけたら太るけど
虚像5 肉は肥満を引き起こす
肥満が蔓延するようになったのは比較的最近だが、肉は大昔からある食品だ。高インスリン濃度が脂肪貯蔵のスイッチを入れ、低インスリン濃度はそのスイッチを切る。頻繁にインスリン濃度が高くなりすぎる食生活はすべて、望まれない脂肪増加につながりかねず、最も強力なインスドウ糖反応は、検査された38の食品すべてのうちダントツで最低だった。問題が起こる可能性があるのは、衣をつけて揚げる、糖分の多いバーベキューソースにつける、またはサンドイッチの具にするときだ。
虚像6 肉は糖尿病を引き起こす
2型糖尿病は持続的な高血糖が特徴の疾患だ。肉は炭水化物が極端に少ないので、血糖の不健康な上昇を引き起こすことはできない。前述のものと同じ1997年の研究で、牛肉に対するブドウ糖反応は、検査された38の食品すべてのうちダントツで最低だった。問題が起こる可能性があるのは、衣をつけて揚げる、糖分の多いバーベキューソースにつける、またはサンドイッチの具にするときだ。
虚像7 肉は高血圧を引き起こす
2020年に行なわれた36件のRCT※のメタ分析で、ほかのタンパク質源と比較して赤肉は血圧になんの影響もおよぼさないことがわかった(48)。デイヴィッド・アンウィン医師らによる最近の研究で、(肉を許容する)低炭水化物食を処方された患者に血圧の大幅な低下が見られ、降圧薬の必要性が小さくなることがわかった(49)。
インスリン濃度が高いと血圧が上がり、腎臓がナトリウムをためるようになるので、炭水化物摂取量を減らすことによってインスリン濃度を下げることが、こうしたメリットにつながるのだ。
※無作為化比較試験のこと
■肉をたくさん食べているボディービルダーも腎機能は正常
虚像8 肉は腎臓病を引き起こす
腎不全のリスク因子第1位は高血糖、第2位は高血圧である(50)。健康な腎臓はタンパク質が非常に多い食事に安全に対処することができる。腎臓が設計上対処できないのは高血糖と高血圧だ。肉だけの食事をまる1年とった2人の男性に関する1930年の研究は、腎臓の問題の兆候をまったく示していない(51)。最近のボディービルダーについての研究では、1日に体重1キロ当たり2.2~3グラム(推奨されている量のおよそ3倍)のタンパク質を数カ月連続で食べても、腎臓機は正常のままだった(52)。
虚像9 肉は痛風を引き起こす
痛風は一種の関節炎で、「尿酸」と呼ばれる代謝老廃物の血中濃度が高くなることが多い。尿酸は関節内で結晶化して痛みを引き起こすおそれがあるのだ。かつて「王様の病気」と呼ばれていたのは、患者はおもに豪勢な食事をとれる余裕のある人だったからだが、現在世界中で4000万の一般人が患っている(53)。何世紀ものあいだ、痛風は肉の摂取量が多いことによって引き起こされると信じられていたが、これを示す実験的証拠はない。最近明らかになったことだが、ほかの多くの慢性疾患と同様、痛風の根源はインスリン抵抗性にあり、それが尿酸を排出する体の能力を阻害しているのである(54)。
■「肉は健康を害する」は結局、感情論なのか
虚像10 肉は炎症を引き起こす
炎症を引き起こすと非難される赤肉中の分子は、飽和脂肪から多価不飽和脂肪(動物性食物にのみ含まれるオメガ6のアラキドン酸)、そしてヘム鉄、哺乳類の肉にのみ含まれる信号伝達分子のNeu5Gcまで、さまざまである。
しかし2020年に行なわれたヒトのRCT24件のメタ分析が、赤肉は炎症の血液マーカーに影響しないと結論を下している一方(55)、高血糖が全身の炎症につながることは実証されている(55)。
肉はヒトの健康にとって危険だという仮説は、肉に不利な証拠を長いあいだ熱心に探し回っているが、いまのところ成果は上がっていない。しかし調査が行き詰まっていることを認めるのではなく、この仮説は生き残り続けているどころか、勢いを増し続けている――その根拠が事実ではなく感情にある可能性がはるかに高いことがうかがえる。
精神科医として私は感情というものに健全な敬意を抱き、私たち人間はとりわけ重要な決定を理性ではなく感情で下すことがあると理解している。しかし私は、誰もが事実を知らされて、それを感情と天秤にかけ、いちばん大事なことにもとづいて自分自身の決断を下せるようになるべきだとも思う。

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ジョージア・イード
精神科医

ハーバード大学で研鑽を積んだ栄養・代謝精神医学を専門とする精神科医。医学部進学前はボストンのジョスリン糖尿病センター、ミュンヘンの糖尿病研究所ほか生化学、免疫学、および代謝分野の学術研究所に勤務。20年にわたる精神科の臨床経験があり、そのうち12年間はスミス・カレッジおよびハーバード大学診療所でメンタルヘルス専門家として学生を診療。精神科薬に代わるものとして初めて、栄養学にもとづく治療を提案した。『サイコロジー・トゥデイ』誌および自身のウェブサイト「Diagnosis:Diet」に食品と脳に関する記事を執筆するほか、栄養科学、栄養政策改革および精神疾患への栄養的アプローチについて、世界を舞台に10年以上講演を続けている。

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(精神科医 ジョージア・イード)
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